—第11章:機械技師リオ2

「もっと買ってもいいんだけど、これ以上欲しいものがないのよ。大量に買っても持って帰れないし」


それを聞いて店員はある提案をした。


「そんなに金が余ってるなら、機械オタクのリオのところに行って、何か買ってあげればいい」


「リオ?誰よそれ」


「ずーっと一人でこもってる機械オタクさ。わけのわからない機械をいつも発明しているんだけど、たまに使えそうな発明もするんだ。ただ値段が法外に高かったり、『特許が〜』とかめんどくさいから、結局誰も相手にしてないんだよ」


「へ〜」


正直そこまで機械に興味はないが、暇だし、話を聞く感じでは面白そうだ。少し覗いてみるか。


店員からリオという名の人物の家の場所を教えてもらい、歩いていく。


商店街から外れ、5分ほど坂を登ると、ぽつんと一つだけ建っている家を見つけた。


庭には機械なのかガラクタなのか、よくわからないものが散乱している。


「明らかにあの家ね」


店員から大まかな家の場所を聞き、「あとは見たまんまでわかる」と言われた。


機械に詳しくないのに「見たまんま」とは困ると言ったが、見たまんまでしかないとの返答だった。


その意味が今では完全に理解できた。明らかに他の家とは異様なのだ。庭もそうだが、窓からも何らかの機械が顔を覗かせている。


まさしく「機械の家」といった感じだ。


玄関までたどり着き、ノックする。


反応がない。耳を澄ますとかすかに寝息が聞こえてくる。


—おやすみ中のようですね。しょうがないので出直しましょう。


マリアが言い終わる前に、ヴェルヴェットはダンダンダンと大きな音でノックを始める。


—ちょっと、迷惑ですってやめましょうよ


焦ったマリアがヴェルヴェットを静止しようと声を上げるが、聞く耳を持たない。


さらにドアノブをガチャガチャと回し始め、鍵がかかっていないようなのでズカズカと家の中へと入っていく。


「鍵をかけてないってことは、入ってもいいってことでしょ?」


当然とばかりにヴェルヴェットが言う。聖王国でも民はみんなこうだったのかと、だんだんマリアは自信がなくなってくる。


廊下を進むと、小部屋がいくつもあるが、どの部屋も紙と機械のようなものが散乱している。


とても生活空間とは思えない。いや、汚すぎる。


傭兵稼業は汚いイメージがつきものだが、あたしは割と綺麗好きだ。物が少ないのもあるが、武器や防具の手入れは生死に直結するので怠らない。


野宿することもあるため料理も自然とできるようになり、家事も一通りこなせるので、自分の部屋は小綺麗に保っている。


ズカズカと入ってきたはいいが、見るに耐えない部屋の様子に少し後悔してきた。しかしここまで来たら、会ってしまおう。


一番奥まで行くと、他の部屋より幾分か広い部屋に出た。


この部屋も紙と機械が散乱しているが、中央に机が置かれている点と、端にベッドがある点が他の部屋と異なっていた。


ベッドには毛布がかぶさり、少し膨らみがある。


「ねぇ」


そう声をかけた瞬間、


「さっきからうるさいんだよ!」


怒鳴り声とともに片手が毛布から顔を出し、その手には片手で持つ機械が握られていた。


パンパンと音がし、その瞬間、機械から何か鉛のような球が発射される。


軽く体を捻って球を避ける。機械から発射された球はかなりのスピードだったが、戦場で四方八方から攻撃されるのとは違い、どこから来るかがわかっている攻撃などいくら速くても高が知れている。


ふっと鼻で笑った瞬間、大きなガシャーンという音が後ろから響いた。


「ああ!」


毛布にくるまっていた人物は、大声とともに飛び起き、大きな音を立てて倒れた機械に駆け寄る。


「うわああ!もうちょっとで完成だったシュピーゲル13世が…」


見ると、長方形の機械の中央に大きな鏡がつけられている機械だった。しかし、鏡のど真ん中に先ほどの球が命中し、プスプスという音と共に煙が出ている。


少し申し訳ない気持ちと同時に、思ったより威力があるんだな、と感じる。自分ではない誰かが食らったらどうなっていたか。


少し訝しげな顔で、その人物に声をかける。


「ねぇ、ちょっと話を聞きたいんだけど」


すると、こちらを振り向いてきた。


彼は明るいオレンジ色のショートヘアで、前髪が少し長めにしてあり、額にかかる部分がある。深い緑色の目をしていた。


ステッチが目立つ白いシャツの上に軽やかな青色のベストを着ている。ベストにはたくさんのポケットがあり、道具やガジェットが入っていた。


ズボンはシンプルなカーキ色のパンツで、動きやすそうだ。手首には機械の腕輪のようなものをつけており、かすかにカチカチと音が鳴っているようだった。


そして、その目には涙が浮かんでいた。


「弁償しろよ」


「は?」


「は?じゃないでしょ!あなたが壊したんだから弁償してよ!」


いや、壊したのは球を撃ってきた自分自身だろう。そう思いつつも、彼が怒り心頭の様子なので話ができそうにない。


「いくらなの?」


「3万ギア」


法外だ。先ほどのポーションはいくつかで30ギアだったので、明らかに法外な値段である。


先ほどの店員の言葉が頭をよぎる。「リオはたまに法外な値段を吹っかけてくる」と。


少し迷ったが、今の自分なら払えないこともない。所詮、自分が稼いだ金ではなく泡銭だ。しかし、金は金だ。


一度渡して話を聞き、もし良さそうな機械があれば、それもこの代金に含んでもらえばいい。


「ほら」


袋から金色の硬貨を1万ギアを3枚取り出す。


「え?」


リオの手を取ってそこに3枚の硬貨を手渡す。


「3万…本物だ…」


リオは窓に近づき、もらった硬貨を日光に当てながらキラキラと輝く硬貨をじっと見つめる。


「これで文句ないでしょ」


やれやれと思いつつ、もう文句を言わないように釘を刺す。


「え、あ、はぁ…」


まさか本当に3万ギアを払うとは思わなかったリオは心の中で驚く。


よく見ると、ヴェルヴェットはかなり上等な服を着ており、容姿も整っている。


そして、ポンと3万ギアを渡せるような人間。間違いなく貴族だ、と。


同時に訝しげな顔でヴェルヴェットを見る。


貴族が一体何の用なのか。街でもリオは「いつも変なものを作っている」と馬鹿にされている。機械を売り込みに行っても大抵は鼻であしらわれ、買ってもらえても小遣い程度の金額でしかない。


本来なら数万ギアしてもいいはずなのに、誰もその価値を理解しないのだ。


過去の思い出が頭をよぎり、いつもならこんなふうに思っていただろう。しかしチラリと手に持っている硬貨を眺めると、それが本物の1万ギア硬貨だと改めて確認した。


この貴族は偏見もなく純粋に自分の発明した機械を買いに来たのだろうか。


そう思った矢先、感動で少し涙が出そうになるのを両手でこすって拭き取った。


「あんた、かなり幼いわね。歳はいくつ?」


「12歳…です」


年齢を答えるとき、貴族に対して生意気な口を叩くと後が面倒になることがわかっているため、言葉を選んでいた。


それを聞いたヴェルヴェットは目を丸くして驚く。


たしかエミールが10歳だった。あれはあれでしっかりとしているが、このリオは見たところ一人で住み、自立して生計を立てているようだ。


あたしも小さいころからそうだったため、小さな子供が一人で生きていく大変さは身に染みて理解している。だから、リオが人一倍一生懸命に生きていることも自然とわかる。


さっき「部屋が汚くて帰ろうか」と思った自分がひどく情けなく感じた。


「あたしの名前はヴェルヴェット。あんたの名前は聞いている、リオでしょ」


「あ、はい。そうです」


「まずは掃除からね」


「え?」


腕まくりをして、強引に散乱した紙や機械をどけ、掃除を始める。


リオは勝手に物を動かされる嫌悪感以上に、貴族が自分の家の掃除を始めたことにひどく困惑していた。

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