第七話 嘘と真 ①

 ——多分、そういう言葉じゃなかった。

 濃淡とか、強弱の違いじゃない。

 根本から違うのだ。

 いいや、嘘じゃない。嘘ではない。

 それでも、真実では無い。


「流れで好きって言っちゃったよ!!」

 親友の私を1人残してさっさとバイトに行ってしまった保科に向かって、叫ぶと露骨に面倒そうな顔をした。

「私今バイト中なんだけど」

「どうせ暇でしょ?あ、紺野さんこんにちはー」

 保科のバイト中に遊びに来すぎたおかげで、彼女とシフトがほぼ同じのパートの紺野さんとも今やすっかり顔馴染みだ。

 人の良さそうな女性だが、最近は彼女の息子が反抗期に入って悩んでいるらしい。あと旦那さんの健康診断の肝臓の結果も悩みのタネだとか。

 いや、紺野さん情報はどうでもいい。

 苦笑いしながら、紺野さんは自然と保科の近くのレジに立つ。

 つまり、少しの間なら店の裏で保科と話してもいいよ、という無言の提案である。

 さすが紺野さん。話が分かる。

 そんな訳で渋々、店の裏手にやって来た保科は嘆息気味に私を見た。

「紺野さんだったから良かったけど、バイトリーダーいたら怒られてるからね?」

「ごめんごめん」

 無論、迷惑掛けてるつもりはある。

 それでも、佐竹と保科、どちらもバイト中なら保科の方が話しやすいのも事実。

 佐竹はバイト先実家だしなぁ。

「で、今度は何?」

 ひたすらに面倒だという態度を隠しもせず、こちらをジトーっと眺める保科。

 あれ?

 最近、私めんどくさい奴って思われてる?

「アンタが面倒なのは、元々でしょ」

 と、私の心の声がダダ漏れだったのか、それとも既に私と保科は以心伝心なのか、保科は苦笑している。

「それよりもさ、私、言っちゃったよ!」

「あーなんかレジ前で騒いでたな。好きって言ったって?星香に?」

 そう!

 と力強く頷くと、クツクツと今度は愉快なジョークを聞いた洋画の外人のように笑った。

「ついに我慢できなくなったのか。モテ過ぎて恋愛の駆け引き一つ知らなかった那月が、ねぇ」

「む、まるで自分は分かってますよ、みたいな言い方」

「少なくとも那月よりはな」

「保科は恋愛ドラマで知ってるだけでしょ?彼氏なんて去年2ヶ月いただけじゃん!」

「う、別にそれはどうでもいいでしょ。で、星香は何て?」

 星香は……。

 そう、あの時はうっかり口走ってしまった言葉に気が動転して、その後は殆ど記憶の彼方に行ってしまったが。

 それでもぼんやりと覚えているのは。

 少し照れたように笑って、「那月先輩、ありがとうございます」と、丁寧な礼を返してくれたことだ。

 そこからどうなったのか覚えてない。


 ただ一つ、教材を間違えた場所に返却してしまって、仕事が二度手間になってしまった。それに気づいた頃には、星香とは既に別れていた。

 要するに、気が動転し過ぎて、星香とその後何を話したのか、何も覚えていないのである。

 で、取り敢えず当番の仕事を終えた私は、すっかり人気の消えた教室を見て、佐竹と保科がバイトなのを思い出したわけだ。


「なるほどねぇ。まぁ、向こうはそういう意味の好きとは思ってないっぽいよね」

「そりゃ、あの文脈じゃ告白にならないよ」

 私もそういうつもりで言った訳じゃないのは確かだし。

「じゃあ、何をそんなに慌てて。わざわざバイトしてる友人を邪魔してまで、さ」

 バイトの邪魔、という言葉の辺りに保科のちょっとした意趣返しが含まれたような語気の強さを感じる。

「嫌そうじゃなかった!」

 そう、嫌そうじゃなかったのである。

 仮に意図の違う好きだとしても、星香は私の言葉に嫌悪感を示さなかった。

 それが重要なのだ。

「え?どういうこと?」

「ふふん、愚者は経験に学べ、だよ」

 どちらかと言うと私は愚者寄りの人間なので経験で学べということだ。

「いやー多分、そういう言葉じゃ無いと思うんだよなぁ……」

「とにかく!私の経験上、その気が無い相手に告白とかじゃない言葉の好きを言われたら、なんか嫌だもん。あ、結局そうなんだって」

「それ、モテ過ぎて大分傲慢になったお前位だからな、そんな感覚」

「いや!あれは勝ち確だね!あの場に居たら保科もそう思ったはずだよ」

 嘘でも無い、それでも真実では無い。

 そんな言葉を星香は受けて、少し照れたのだ。私はそれを見逃さなかった。

「……まーた始まったよ……。まぁ、いいや。で、私に何を相談したいのさ」

「私、星香に告白する。デートの後に、ロマンチックに。それを考えて」

「……大事な部分を放り投げるなよ……。まぁ、いいや、そういうことなら話位聞いてやるよ。バイト上がりの8時にファミレスに集合な。あ、佐竹にも連絡しといて」

「ありがと、保科」

「……まぁ、こんなんでも私の親友だからな」

「ふふん、照れちゃって」

「うるせぇ!バイトに戻るからお前もさっさと帰れ」


 ——多分、そういう言葉じゃなかった。

 濃淡とか、強弱の違いじゃない。

 根本から違うのだ。

 いいや、嘘じゃない。嘘ではない。

 それでも、真実では無い。

 でも今度は、今度こそは。


「本当の好きを伝えるから」

 勿論、喜んで欲しいし、迷うことなく頷いて欲しい。

 それでも、私のこの気持ちを伝えた時の星香の反応。それを見るのが一番の楽しみだった。

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