第三話 星に手を伸ばす ①
「こりゃ勝ったな」
星香が慌ただしく教室を出て行き、紗夜先輩もそこからかなりの長時間(具体的に言うと午後の授業が始まって、物理の教師が紗夜先輩に三年の教室へ帰れと叱るまで)居座った後、戻って行った後。
ようやく授業も終わり、残すは本日最後の数学の授業を残すのみとなった僅かな休み時間の狭間に、私はそう宣言した。
ちなみに物理の授業は新学期早々何を言っているのか理解出来なかったので、ノートを取ることすら諦めて半分午睡の時間になっていた。
その宣言を聞いた佐竹は興味無さげに「へぇ、よかったじゃん」と返したが、一方で保科は呆れる様に私を見ていた。
む、まだ何か文句でもあるのだろうか。
「あのさぁ……アレでどうしたら勝ったと言える訳?」
「ふふん、分かってないなぁ保科。お互い自己紹介もした、顔を合わせて会話もした。学内一のモテ女である私に、星香が惚れない訳無いじゃない!」
そう、物理の公式の如くこれは揺るぎない事実なのだ。いやまぁ、物理の言っていることは理解出来ないんだけど。
「お前……本当に馬鹿だよなぁ。つか、何でこいつがモテてるんだ……?」
「僻みは良くないよ?この美貌、洗練されたスタイル、今まで悩みのタネでしか無かったけど、ようやく真価を発揮しそうだね」
そう、興味の無い男子とか大して知らない男子とかから告白されるだけで、今まで恩恵を感じたことが無かったけど、それも今日で終わり。
ここからは、私の本当の素晴らしい人生が始まるのだ!
「でも、星香、怖がってたよ」
今度は佐竹が紙パックの紅茶を飲みながら、しれーっと指摘する。
まさか、そんな素振りは見えなかった。というより、怖がられた?
今までの人生でそんなこと一度もなかったのに?
「こんなに親しみやすい先輩なのに!?」
「いや、それはどうだろ……。てか普通は知らない先輩に話しかけられてもさ、怖いだけでしょ。美人って、それだけで話しかけ難いところあるし」
「え?それマジで?」
「うん、多分ね」
佐竹が言うのなら間違い無いだろうな。いつも一歩引いて俯瞰して状況を良く見てるような子だし。
私なんかより頭良いし。
「顔見知りになれた——となれば、次はやっぱり親しくなる、だな」
保科は私への対応がめんどくさくなったのが一目で分かるような態度で、結論をまとめる。
なんか最近適当にあしらわれてるなぁ、と不満に思いつつもお互い自己紹介出来たという満足感がその時の私を支配していた。
とまぁ、これが星香と会ってからの出来事のダイジェスト。
その日の夜、私は思った。
(あれ?ここから親しくなるってどうやるの?)
布団の中で星香との輝かしい未来を妄想していると、不意に現実的な問題がもやーっと湧き出てきた。
深夜1時に保科と佐竹の入っているグループチャットにそんな疑問を投げ込んでみるが、既に寝ているのか既読は付かない。
仕方無く、この問題に対して一人で考えてみた結果。
(やっぱ、行動するしか無いよね)
と答えが出たので、朝一番から星香の教室に乗り込んで彼女を呼び出した訳である。
◇
言われてみれば……と言う訳じゃ無いけど、人気の無い階段の踊り場まで来ると手を握ったままだったことに気付いて、慌てて手を離す。
さっきまで握っていた彼女の小さな手。緊張していたせいか、折角の機会だったのに、なんてことだろう、何も感触を覚えていない。
ただ、星香に指摘されるまで手を握っていたことを忘れていたことか、それとも手を握ったこと自体か。妙に気恥ずかしくなって、耳たぶの辺りが熱を持つ。
そんな照れ、と称しても良い熱が波紋のように身体中に伝播していく。
星香をクリクリとした大きな瞳で私を見上げている。
何か言わなければ、と思い始めたところで、親睦を深めると言っても何を話題にするべきなのか考えて来なかった迂闊さに気づく。
こういう時ばかり自分の行動力の高さを恨めしく思う。同じ行動派の人間でも紗夜先輩なんかはある程度考えて行動してるのかもな。
と、思ったり。
(あ、そうだ、紗夜先輩っていう共通の話題があるじゃない)
「ごめんね、朝から急に」
「い、いえ。それで、どうされたんですか?」
「さっきも言ったでしょ?折角知り合ったんだから、もっと仲良くなりたいなって」
それは本心だ。
本音だというのに、言葉の軽さをあえて演出したことで嘘っぽい言葉になってしまう。
それでも、本音を嘘で装飾しないと、やはり何処かお腹の下がキュッとなる程に落ち着かない気分になるのだ。
「あ、ほら、私結構紗夜先輩と仲良いんだけどさ、私のこと聞いてたりした?」
「いえ……姉からは何も」
「そ、そっかぁ〜」
と、乾いた笑いで誤魔化す私。
はい、話題終了。
(どうする私!?)
取り敢えず佐竹の言う、彼女は多少私にビビってる説は外れてないようだ。
だって妙にオドオドしてるもんね。流石の私でも気付いちゃうよ。
「星香ってさ、普段何してるの?」
「え?普段……ですか?」
「そうそう、放課後とかさ」
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。
だとするなら、私は愚者寄りの人間なので経験に学べってことだよね?
という訳で、大して興味のない男子から振られた事のある話題を思い出してみた。
「そうですね……、まだ高校生になって二日目ですから、あの、まだなんとも」
あ、そうだった。
またもやってしまった。
(ああ、このままじゃ、会話がつまらない先輩枠に入ってしまう)
果たして彼女の人間関係のフォルダにそんな枠があるのかは置いておいて。
いや、まだだ。思い出せ、私のこれまでのモテ人生を。男子は私にどんな話題で話しかけてきた?
普段役に立たない記憶細胞なんだから、こういう時くらい役に立ちなさいよ。
と、自分の頭を叱咤激励していると、ゆっくりと星香が言葉を紡ぐ。
「でも、お休みの日とかは……、友達と買い物とかカラオケとか行ったりします」
「あ、そうなんだ!カラオケ好きなの?私も友達と良く行くんだよね。学校の近くに安いカラオケ屋あってさ」
それで、どんな歌を歌うの?
と、聞こうとしたところで予鈴のチャイム。
二日目から彼女を遅刻扱いにさせる訳にはいかない。
けど、こんな程度で仲を深められたと言えるのだろうか。いや、言えない。
「じゃ、あの……これで……」
と、慌てて教室に戻ろうとする星香の背中を見て、私は咄嗟に口を開いた。
「あ、あのさっ!今日の放課後、カラオケ行こう!」
「えっ、あの、えっと、は、はい!」
突然の誘いに彼女は面を食らったようにアワアワとしどろもどろになっていたが、一応承諾を得られた。
あれ?
あれって肯定でいいんだよね?
などとモヤモヤした心境のまま私と教室へと戻る。
取り敢えず昨夜私のチャットに既読を付けなかった保科と佐竹に文句を言おうなんて考えながら。
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