第11話 再会―3

「……私は、ヴァイスブルグの貧民窟の出だ。親の顔も自分の年も知らない。街の治安管理官たちは幼い私を捕え、孤児であり、かつ魔力の素質を有さぬフィグであることから、私を廃棄処分しようとした」

「………」

 廃棄処分という言葉の惨たらしい衝撃に、ラインハルトは黙した。傍らのアドルフが身をこわばらせる気配がした。オイゲンは無感動に、

「だが治安管理官の一人が私の膂力の素質を見出し、利用価値があると言って、竜のあぎとの監視者見習いに任命した。私は廃棄処分を免れ、衣食住と仕事を供されたことから、ヴァイスたちに恩義を感じた。彼らの命令を遂行することは、その恩を返すことになると思った。そして……」

「そして?」

「白い街にフィグたちの救いや幸せはない。あの街で私たちフィグは蔑まれ、利用され、廃棄処分され……いずれにせよ、傷付けられるだけだ。あの街にフィグの居場所はない。私はそのことを身をもって知らされて来た。ヴァイスたちは魔力の素質を持たぬ私を嘲り、膂力の素質故に私を忌避し、利用価値のある道具だと言い、廃棄処分から救ってやったのは自分たちだと言い、……仲間として扱うことをしなかった。だから私はシャッハブレッドの人々を通すまいとした。私のような存在を一人であっても増やしたくないと……そう思っていた。それが私の思いだ」

 オイゲンが形の良い唇を引き締めた。ラインハルトは覚えず身を乗り出し、

「……なんでそれを言わなかった?言ってくれたら私はきっと―――」

「誰が私の話を聞くというのだ。ヴァイスの道具のフィグの話などを、シャッハブレッドの誰が」

 オイゲンが横顔だけを見せて笑った。出会った当初は端正と冷酷が目立っていた面差しだが、横顔に滲む寂寥と柔和の気配に、ラインハルトは気付いた。―――オイゲンは淋しさや優しさを誰にも見せず、一人で淋しい笑いを笑って……。ずっとそうして過ごしてきたのか……。

「馬鹿ですねえ。少なくともわたしは聞いたじゃありませんか。あれは三年前でしたっけ?時節は今時分だったと思うんですがね、オイゲン」

 ヨーゼフの殊更物憂げな言葉に、オイゲンは周章した。

「ヨーゼフ!私は貴方にそれを言って欲しくないと……!」

「カリーン共々ヴァイスブルグを追われたヘルマンを、貴方がわたしのところに連れて来たのは。旅の途上で病を得た、カリーンを治して欲しいと言ってね」

「……!」

 ラインハルトの脳裏に蘇る光景があった。―――そうだった……!何年か前の、今みたいな雨の真夜中、玄関のドアを叩く音がしていたんだ……!

 ―――ヨーゼフは寝ていなさいって私とぽこに言ったけれど、眠れなくて。若い男の人の必死の声が聞こえてきて。誰かを助けて欲しいって、必死で言う声が。あれは、オイゲンの……。ヘルマンがシャッハブレッドに住むようになったのはそれからだった……。

 ヨーゼフは濡れた前髪をかき上げ、

「シャッハブレッドの魔術師とはいえ魔術師なのだから、とは随分な挨拶だと思いましたけど。ですが貴方はそのシャッハブレッドを駆け回ってわたしを探し当てたのだという経緯を、ヘルマンが教えてくれましたからね。ぶっ飛ばすのは止めたんですよ」

「そんなことをヨーゼフに言ったのか。命拾いしたな、貴様」

 真顔で言ったアドルフだったが、ヨーゼフの、

「消し炭になりたいんですか?アドルフ」

 穏やかならぬ言葉に黙った。消し炭になる意志は更にない。オイゲンがヨーゼフの傍らに歩を進めた。

「……そうか。覚えていてくれたのか、ヨーゼフ……」

「依頼人を覚えておくのも、魔術師の大事な仕事ですからね。それに貴方はこう……なんてんですかねえ、なかなか面白い人ですし」

 ヨーゼフの雪白の頬が明らかに赤い。

 なるほど、物憂げな白銀の百合の心をそよがせたのはこの生真面目な男かと、アドルフは思った。が、言うことはしなかった。次は問答無用で消し炭にされる恐れがある。

 オイゲンがまた一歩、ヨーゼフに歩み寄った。

「……貴方はとうに忘れていると思っていた、私のことなど……。覚えていてくれたのか……。私は……」

「馬鹿ですねえ。そんなにわたしを想ってくれていたんですか?会いに来れば良かったでしょうに」

 闇色の双眸がオイゲンを穏やかに見つめる。オイゲンの顔が泣きそうに歪んだ。

「……貴方も私を嫌うと思った。ヴァイスの道具のフィグを。……私は、……貴方に嫌われることが怖かった……」

 オイゲンの白い頬を濡らすものは、氷雨ではない。切れ長の碧眼から溢れ出す、水晶のような雫だ。

「嫌いやしませんよ。わたしはそう、まあ……面白い人が好きなんです。いつだって貴方を歓迎します」

 ヨーゼフの言葉に、オイゲンはその場に膝を付いた。しゃくり上げるオイゲンの頬を、ヨーゼフの指先がそっと拭う。

 二人に当てられた気味のアドルフは大仰な吐息をつき、

「ヨーゼフ、貴様はつくづく意地が悪い。何故その話を俺にしなかった?おかげで俺は要らん用心をする羽目になった」

「心外ですねえ。オイゲンは悪い子じゃないって、昨日も言ったでしょう?そもそもオイゲンは、ヴァイスの道具の自分に助けられたのではヘルマンも具合が悪いだろうと言って、わたしに黙っているよう頼んだんです。依頼人の意向に背くなんて、シャッハブレッドの魔術師ヨーゼフの名折れですよ」

「……要らん用心をする奴ばかりだ」

 アドルフは唸り、やけになったように首筋を掻いた。

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