第10話 再会―2

 魔杖シュラークから放たれた真白の光輝が、闇と泥濘を裂いた。

「わたしの一番弟子に何してくれてんです。ぶち殺しますよ?」

「……ぶち殺してから言う奴があるか」

 アドルフの言うことにも満更理がなくはない。ともあれ魔物をぶち殺したヨーゼフの関心はラインハルトにしかないようで、

「ライニ!―――ライニ!わたしが分かりますか?痛みはありますか?」

 未だ意識がぼんやりとしているラインハルトに声をかけつつ、傷の有無をてきぱきと見ている。体力回復のための治癒魔法を使い、懐から取り出した小瓶の青い水薬――魔力回復薬だ――をませ、アドルフとぽこには人々に薬草を配って来るように言い……やることはなかなか行き届いている。ラインハルトの手当てが一段落すると、所在なげに佇むオイゲンの様子を診てやっている。

「左腕と左足を鉤爪でやられたようですが……」

「……この傷ならばもう大丈夫だ。ラインハルトが治癒魔法をかけてくれた」

「手足に違和感はありますか?体の疲弊は?」

「……違和感はない。……疲れてはいるが」

「治癒魔法で体力を回復させます。薬草も渡しますから、これを服んで休んでください。朝になったらすっかり良くなっていますから」

「……ああ……」

 ヨーゼフは淡々としているが、オイゲンは何とやら、居心地が悪そうだ。言いたいことを言えずに、躊躇っているように見える。

「う……」

 ラインハルトが小さく呻いた。ヨーゼフはオイゲンに背を向けつつ、

「話はライニが落ち着いてからにしてもらえますか。ヘルマンはいつも、貴方のことを気にしているんです。……それにわたしも、まあ、……貴方が気になっていましたし。オイゲン・ゲオルク」

「……!」

 オイゲンが切れ長の目を見開いた。疲労と緊張で青ざめたその面差しに、ぱっと血の色が差す。ヨーゼフはラインハルトの傍らに膝を付き、愛弟子の小さな背に腕を回した。

「ライニ、目が覚めたんですね。気分はどうですか?」

「…ん。ヨーゼフが手当てをしてくれたから、大分良いけど……。でもまだ怠いし、なんだかぼんやりする……」

「おうちでひと眠りすれば魔力も回復して、体の具合も良くなりますよ」

 ヨーゼフの優しい闇色の双眸がラインハルトを見つめる。だがラインハルトは疲れたように吐息をつき、

「……治癒魔法と防御魔法を使っただけなのに、魔力を使い果たすなんて。私はまだまだだな。……ヨーゼフにもオイゲンにも助けてもらったし」

「ライニは立派に留守を守ってくれました。ヘルマンから聞いたんです。ライニは魔法を使うだけじゃなく、人の心に寄り添うこともしてくれました」

 ヨーゼフのほっそりした手が、ラインハルトの金髪を撫でた。ラインハルトの愛くるしい顔立ちが、ぱっと明るくなる。

「……そ、そうかっ!」

「ええ。ライニはシャッハブレッドの街と、そこに住む人たちの心を守ってくれました。心を守る才能は、魔術の才能より稀有なものです。ライニにはその二つの才能があります。ライニが一人前……いや、それ以上の魔術師になる日も遠くはありませんね」

「……前々から思っていたんだが、ヨーゼフ。貴様は相当なる親ばかだな」

 薬草を配り、人々を落ち着かせたのだろう。アドルフがヨーゼフの傍らに佇んでいた。ぽこはアドルフの腕に抱かれ、うとうとと眠っている。ラインハルトはヨーゼフの胸元から顔を上げ、

「一人前になるのは嬉しいけど……。でもヨーゼフと離れるのは嫌だぞ!あとアドルフやメルヒオールと離れるのもっ」

「………」

「貴方も相当なる親ばかなんじゃないですか、アドルフ」

 赤くなった首筋を無意味に叩くアドルフに、ヨーゼフは皮肉の返礼をした。

「ラインハルト……。ヨーゼフ……」

黙していたオイゲンが、遠慮がちに口を開いた。アドルフは素っ気なく、

「貴様を助けたライニに感謝することだ、あぎとの門番」

「ああ、そうしよう」

オイゲンは律儀に頷き、

「ラインハルト、貴方は私を魔物たちから助けた……。魔力を使い果たしてまで。助けてくれたことには感謝するが、何故だ……?」

「オイゲンは一生懸命、シャッハブレッドの人たちを地震や魔物から守ろうとしていた。だからヘルマンが言った通り、悪い人じゃないって思ったんだ。それから、オイゲンと話がしたいと思って」

「……話だと?」

 オイゲンの碧眼を、困惑が網の目のように走った。ラインハルトはそんなオイゲンを真っ直ぐに見つめ、

「うん。オイゲンがさっき言ってた『思い』ってなんだ?」

「………」

 オイゲンが夜明けの仄青い空、白い絹糸のような雨を見上げた。ややあってラインハルトを見つめ、言葉を選ぶようにして話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る