チェスボードの街の空に。

うさぎは誇り高き戦闘民族

第1話 目覚め―1

「チェスシャッハブレッドの街に地震が起きたからって、ヴァイスのお偉い方々は気にも留めやしませんよ。彼らに言わせれば、わたしたちは取るに足らない駒―――フィグなんですから」


 シャッハブレッドの街がある世界は、なんとも不思議な世界です。もっともこの街の出来た経緯いきさつがかなり不思議で独特なので、それも無理のないことか知れません。

 順を追って話してゆきましょう。

 元はと言えばこの世界には、優れた魔力の素質を有するヴァイス、魔力こそ持っていませんけれど膂力の素質に秀でたシュヴァルツという、二種類の人々が存在していました。これらの人々は特に仲が悪いわけでもありませんが、良いということもなかったのです。自然、住む地域もヴァイスたちの都市である北のヴァイスブルグ、シュヴァルツたちの都市である南のシュヴァルツブルグに分かれてゆきました。

 商業を主要産業とする北方に対し、南は農業を主な産業としていました。ために自然災害、飢饉で致命的な打撃を受けてしまう南方では、土地を巡る争いがしばしば起こりました。それ故シュヴァルツブルグは打ち続く戦乱で荒廃してゆき、ヴァイスブルグの一握りの貴族、富裕層が世界をべるようになったのです。

 後にシャッハブレッドの住人となる、フィグと呼ばれる人々が生まれ始めたのはこの頃でした。フィグとはヴァイスにもシュヴァルツにも属さぬ人々のことです。魔力の素質はヴァイスほどではありませんけれど、膂力がシュヴァルツを凌ぐ。あるいは膂力の素質はシュヴァルツほどではありませんが、魔力はヴァイスを凌ぐ―――そうした人々を、北のヴァイスや南のシュヴァルツたちはフィグと呼びました。彼らはフィグが魔力と膂力の均衡を乱すと考え、おのが都市から追いやりました。結果、フィグたちはヴァイスブルグから更に北の、青空の見えぬ最果ての荒れ地に街を造り、そこで貧しく厳しい暮らしをすることを余儀なくされたのです。その街がシャッハブレッドです。

 黒とも白ともつかぬ半端者たちが、貧しいごみごみした街に入り乱れている。あの街は白と黒が入り混じったチェス盤みたいなところだと、フィグを蔑み嫌うヴァイスたちが付けた名前なのですが、シャッハブレッドの人たちはこの名を嫌っていません。決して豊かではない暮らしの中に小さな楽しみ、ささやかな憩いを見つけながら、支え合って暮らしているのです。このお話の主人公で魔術師の弟子、かわいいおちびさんのラインハルトも、シャッハブレッドが大好きなのです。

 シャッハブレッドの街がある世界、街が出来た経緯はこのようなものです。

 しかしこうした世界に、更なる変化が起きようとしていました。ヴァイスブルグ、シャッハブレットを問わず地震や雷雨が頻発し、様々な異変が続くようになったのです。そして南方から逃げて来た人たちの話によると、シュヴァルツブルグにも大変な異変が起きたのだとか。

 この世界を創り出したのは魔力を司る白いドラッヘと膂力を司る黒いドラッヘであり、嘗て人はヴァイス、シュヴァルツの区別なしに共存し、平和に暮らしていたと伝わります。なにぶん大昔のことなので真偽のほどは確かではないのですけれど、その白い竜と黒い竜が今の世界を見たなら、何を言い、何を思うのでしょう。

 ともあれ、シャッハブレッドの街とそこに暮らす人々が大好きなラインハルトは、何とかして異変の理由を突き止め、街の人々を助けたいと思っていたのです。

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