第3話

 予備校の教室で弁当箱を片付けながら溜息を吐く。

 名古屋駅前とはいえ、新幹線側の繁華街はコンビニと居酒屋のほうが多い。

 近所というか、予備校のビルの横と真向かいにうどん屋と弁当屋ならあるのだ。通っている予備校は、駅前の大通りから脇に逸れた路地に建っている。枇杷色のタイルで覆われた新築だ。五階建てのビルの周囲には、鬱葱と道路の両岸を塞ぐ雑居ビルの木立が続く。職員たちの事務所のあるガラス張りの一階から、道路の向かいにある激安の弁当屋がよく見えた。

 足を伸ばして、名古屋駅まで歩いてコンビニやマックに行く生徒もいる。

 今朝は、ふたりで朝食を食べた後、自分のぶんのおにぎりを握って持ってきた。総菜がわりに昨日の夕飯の残りのおかずも詰めてきておいた。乱獲しても足りるほど育つニガウリの棒棒鶏風だ。ご飯を温めていた時に、芳郁くんがミョウガの醤油漬けと密閉容器に詰めてくれた。

 おにぎりを包んでいたラップを丸めて密閉容器にしまう。

 予備校の授業は、自分で選択して組み合わせられるぶん大学に近い。

 木曜日の今日は、苦手な数学のために一限目からの出席だけど、最終の六限目のコマまでは埋まっていない。五限目の授業後、寄り道せずに熱田まで戻って、芳郁くんに教わりながら夕飯を作る予定だった。芳郁くんに、「六限目が終わったら帰ります」と連絡する。

 夏休みだから大学の授業はほぼない。たまに図書館やサークルに顔を出すくらいだ。

 今日のおにぎりの具は、薬味を混ぜ込んだ変わり種のツナマヨだった。同居を始めた翌日、朝食に出してくれたおにぎりが旨くてレシピを教えてもらった。油を切ったツナ缶に、青柚子胡椒とマヨネーズと刻んだミョウガを混ぜ込むだけ。具の塩気がきついぶん、塩をまぶさずに海苔で巻いて包めばいい。おにぎりは食べやすいし、作りやすいから弁当にはもってこいだ。

 昼休憩の時間に、次の授業に合わせて教室を移動しておかないといけない。

 二部屋を使った大教室には、私服姿の生徒たちがまばらに残っていた。受講者の多い授業は大教室、すくないコマは十五席程度の小教室で開かれることが多い。返事を待たず、机に広げたままのテキストを鞄にまとめた。右肩にリュックを掛けて、スマホをデニムのポケットに突っ込んだまま席を立つ。隣で弁当を食べている生徒のため、机を揺らさないようにした。最後に、消しゴムのカスを集めてから、長机の間の通路を通って大教室の後ろのゴミ箱に捨てていく。

 八月中は、夏期講座の授業構成で時間割が設定されている。

 俺が通い始めた七月下旬は、すでに通常の講座編成とは違っていた。

 本当なら、基礎や応用科目以外にも、「ゼミ」と呼ばれる自主講座がいくつも開催されているらしい。合唱、読書会、映画鑑賞や哲学討論会など種類も豊富。参加者数はまちまちだけど、生徒たちの交流の場になったりコミュニティの基盤になったりもする。特に、昔から続く合唱講座は、大学のサークル活動のような雰囲気だとも聞いた。

 今の時期は、普通の予備校のような夏期講座の集中授業ばかりだ。

 予備校だから、大学みたいに学食がないのはすこしだけ不便だなとも思う。

 とはいえ、二階には自販機があり、音楽室や調理室にフリースペースまである。窓辺には靴を脱いでくつろげる、上がり框に絨毯を敷いたみたいな休憩場所。周囲には、カフェラウンジ風の革張りのベンチと本棚、椅子やテーブルなども置かれていてたむろする生徒もよく見かけた。

 二階まで階段で降りて、トイレ横の自動販売機でミルクティを買う。

 階段の真正面がラウンジで、右手の通路の先にトイレとゴミ箱と自販機。自販機の向かい、音楽室の扉の前にも白色の円卓と椅子が置かれている。音楽室を使った、映画鑑賞講座や合唱講座もあるらしい。そこを占拠するように、俺を担当する相談役の職員が弁当を食べていた。

 副菜がまるでないから揚げ弁当。激安で有名な向かいの店のパック弁当だ。

「最近どう、こっちの生活にも慣れた? 勉強はついていけてる?」

「まあ、今のところは何とかなってると思います。最近は料理も教えてもらってるんで。掃除とか洗濯とかは自分でできるし問題ないです。俺、文系はあんまりなんで、古文とか世界史はあれですけど。数学は基礎から教えてもらえてるんでありがたいです」

 そりゃよかった、とやたらとゴツいから揚げに齧りついている。

 近所の弁当屋の弁当は、俺もおにぎりを作り損ねたときに買ったことがある。品揃えはごく無難で、定番ののり弁やから揚げ弁当など揚げ物が目立つ。黒い弁当パックに白飯と漬物が詰められた激安感が満載の弁当だ。片栗粉を使った、硬めの揚げ衣を噛み砕く音がする。

「お父さんのほうは仕事決まりそうなの?」

「どうなんだろう。いちおう、書類が通ったとは言ってました」

「まあ、年齢の問題とかもあるからねえ。今は東京の職場で働いてて、面接の時には名古屋に来るんだっけ。じゃあ今度、こっちに顔を出してくれるんだ。もし必要なら、三者面談とかできるようにセッティングするよ。事前に都合のいい日時だけ教えてもらえると助かるかな」

 担当職員の言う通り、片親になった父親を採用したがる職場を探すのは大変だ。採用を希望する職種や業界が深刻な人材不足ならともかく、常に需要があるような専門職でもない。今の職場では総務課にいるけれど、内勤の事務職ならなんでもいいと父自身は言っている。

 俺は頷いて、後日父さんに確認することを伝えておく。

 その時、臀のポケットのスマホが軽く震えた。左手にミルクティを移すと、空いた右手で端末をデニムの布地の隙間から引き抜く。あの程度の振動ならメールかラインの受信だろう。昼時だから、企業系のアカウントからの宣伝や販促がよく届くのだ。画面をタップして、通知が溜まっているのを無視したまま四桁の番号でロックを解除した。

 俺はこの時、最悪な結果になることを考えてもいなかった。

 ラインの通知はなく、新着メールがあるかもしれないと受信箱を覗いた。最近、通販サイトに登録したから、関連メールが届いたのかもしれないと思ったからだ。ところが、俺の目に飛び込んできたのは、悪質なスパムでも詐欺でもなくて「那青季へ」という件名だった。

 【お母さんより】「那青季へ」、という文字の羅列にぞっとして呼吸が止まる。

 俺の記憶と違う、半角英数字の混ざったメールアドレス。

 母親とは、両親の離婚後、まったく連絡を取っていなかった。ラインもブロックして、電話番号もメールアドレスも受信拒否の設定をした。父さんも怒らずに認めてくれた。だからまさか連絡が来るなんて、あの母親がメールを送ってくるなんて思わなかったのだ。

「どうかしたの。お父さんからご連絡があった?」

「いや、その、父とは違くて。……母から、母親からメールが届いて」

 へら、と誤魔化すように笑うと担当職員が眉を顰める。

 左手の掌のなかで、結露で濡れたミルクティの缶が滑りそうになる。

 力を込めて握りながら、俺は自分の思考が止まりかけているのを自覚した。母親のメールを開きたくない。でも、内容によっては、父さんに伝えて対応する必要があるかもしれない。ふと気づくと、右手の指先から血の気が引いて痙攣するみたいに震えていた。

「メールの内容は確認できそうですか。いや、無理して確認しなくてもいい。お父様に転送してすぐに文面を確認してもらおう。こちらからお父様にも連絡するから大丈夫。今から電話するから、安心して。もし心配なら、はとこさんに連絡して迎えに来てもらおうか」

「迎えはいらないです。でも、父に電話はお願いします」

 俺が見た時には、から揚げ弁当のパックの蓋が閉じられていた。担当職員は機敏な動きで胸ポケットからスマホを取り出す。判断も早ければ行動も素早い。割箸を掴んだまま、弁当を片手で持ちあげると、「とりあえず下の面談室行こうか」と言いながら席を立った。

 礼を言った後、お弁当を持つと言って割箸とパックを引き受ける。

 スマホをポケットに戻し、ミルクティの缶とから揚げ弁当を両手で抱えた。

 そのまま、通路を引き返して階段で下階に降りていく。右手にある事務所に、常勤のスタッフが詰めていて、事務机を自分の島として昼食にありついているところだった。担当職員が、チーフのようなベテラン職員に、緊急で面談室を使用したいと許可を取り個室に案内してもらう。定期の面談でも使った、事務所の奥にある小部屋には二人掛けのテーブルと椅子が置いてある。

 無機質でミニマルな印象の内装が、点灯した蛍光灯に照らされて明るくなる。

 灰色の絨毯敷きの床、事務用品らしい地味な机と椅子。

「無理しなくていいから。お父さんに連絡するから安心して」

 俺が頷くと、さっき届いたばかりのメールを転送するように言われた。

 すぐにスマホを取り出せば、担当職員も俺の許可を得てから画面を覗き込む。メールの受信箱を開き直すと、横にスワイプして「その他」の項目を呼び出した。タップした途端に、返信、転送、削除、受信フォルダの移動などの項目が出てくる。

 転送を押して、宛先に連絡先から父親の名前を選択して送る。

 すぐに電話するから転送メールを見てもらおうと職員のおじさんはなだめた。

 その言葉通りに、手にしていたスマホで電話をかけ始める。たぶん、優先順位の高い緊急連絡先として登録していたんだろう。担当の生徒を全員分とはいかないはずだ。呼び出しのコール音の後、通話が繋がったのか、電話口に向かって職員が丁寧な敬語で挨拶をする。

 こじれそうな話は、適切な説明のおかげですぐに父親に伝わった。

 今の時間帯が、ちょうど昼食時の休憩時間にかぶっていたことにも助けられた。昼休憩の間なら、連絡だけでなく手間のかかる対応にも時間が割ける。転送したメールは、父親がすぐに文面を確認してくれることになった。折り返しの連絡の際、次の三者面談の日時も決めると言う。

 時間を確保して、名古屋に戻るようにすると父さんが応じたからだ。

「お父さんから連絡が来るまで、俺がついていたほうがいいならいるよ。この面談室、三限目は予約が入ってるから調理室か音楽室を借りてようか。今日はたぶん調理室も使用予定がなかったはずだから。なんなら、そこではとこさんに連絡してもいいけど」

 ありがとうございます、と乾いた舌を懸命に動かした。

 連絡を待つ間、俺は職員のおじさんと二階の調理室へと移動する。

 ガラス張りの調理室では、常勤のスタッフが生徒に手料理を振舞っているらしい。鋭角な角部屋に沿って、窓からは雑居ビルが込み合った裏路地が望める。高校の家庭科室にもあったような白い調理台の前、石材のタイルの床に、座面がオレンジ色の丸椅子を並べてふたりで座る。

 職員は、食べ損なったから揚げ弁当を慌てて食べ始めた。

 俺のほうまで、その雑さに気が抜けて、ミルクティを啜ってから口を開いた。

「あの、この間、俺に言ったこと覚えてますか。面談が終わった後、『どこかで顔を見た気がする』って言ったでしょう。あの時、否定したけど、たぶん気のせいじゃないと思います。俺の顔を見たことがあるような気がしたのは、テレビとかで見かけたからかもしれないです」

 俺、子役だったんです、とぬるくなった缶を両手で握り締めたまま呟く。

 それなりに顔が整っている自信はある。この顔で選ばれた役もいくつかあった。

 過干渉な「教育ママ」だった母親の意向で子役の道に進んだ。幼稚園児の頃から、子役事務所に入って演技指導などのレッスンを受けた。稽古は厳しかったし、進学した公立の中学校では習い事もあまり歓迎されなかった。子役気取りの、事務所の稽古やレッスンならなおさらだ。

 俺は母親と中学校の教師との間で板挟みになった。

 そして、常識的な父さんは、自分の「妻」を疑うようになっていった。

 最終的な決め手は、高校に上がって役者としての仕事にあぶれはじめたことだ。子役は過酷なオーディションを勝ち抜かなくてはいけないことが多い。だからずっと地上波のドラマや映画の名前もない端役を狙ってオーディションに臨み続けていた。顔がいいからと言って受かるほど甘くない。事務所の贔屓もなく、俺は次第に最終審査に受からなくなっていった。

 その事実が、母親の逆鱗に触れたのだ。癇癪のように怒鳴られる日々が続いた。

 俺を庇うように父さんは定時で帰宅するようになった。夕方には帰宅して、俺を送迎しながら話を聞いてくれ、離婚して親権を取るために弁護士を雇うことも決めた。俺を連れて別居すると母親が誘拐だと騒ぐかもしれないから、としばらくは家庭内別居の状態で我慢した。

 毒親気質の母親から、俺を引き離すためには時間がかかった。

 離婚が決まり、弁護士の助けを得て名古屋への引っ越しを許してもらった。

「ああ、それで見た気がしたんだ。二年前だったかな、単館上映の自主映画に出てたよね。まだ若い芸大生の子が撮ったやつ。台詞は少なかったけどさ、年齢のわりに凄みがあるような妙な翳があって覚えてた。端役にしては、剣呑な目をした美少年だなって思ったんだ」

 職員の言葉に、俺はミルクティの缶を取り落としそうになる。

 美少年と言われた羞恥心よりも、出演作を覚えられていた驚愕のほうが勝った。

 評価が適切かどうかはわからないけど、挙げられた映画は覚えのある作品だ。東京在住の芸大生が監督した自主制作映画。制作費の寄付を募った、低予算のクラウドファンディングでの制作作品だった。子役とはいえ、俳優として手応えのある仕事だったと思う。演じた役の境遇が親の不倫と暴力に悩む子供だったのもある。母親は、地上波作品のほうが嬉しいと言っていた。

「俺のこと、覚えてる方がいるとは思いませんでした。あの映画は思い入れがあるんです。撮影の衣装も私服だったから、監督に相談しながら役に合わせて自分で選んで。地上波の連ドラ出演のほうが母親は喜んだけど、俺からしたらああいう現場のほうが楽しかったんですよね」

「名前まで憶えてなくてごめんね。でも、いい演技だったと思うよ」

「別にいいです。名前なんて覚えてなくても」

 そっか、と答えながら、職員が最後のから揚げを口に放り込んだ。

 担当者とはいえ、俺は自分の過去についてほとんど口を割らないでいた。事前に両親の離婚や母との関係、父の転職などについて話したのも、情報共有が必要だという父親の判断による。結果的に、父さんの判断は正しく、名古屋での生活も東京から離れるための苦肉の策だった。

 俺を母親から物理的に離れた場所に置きたかったんだろう。

「もう、役者はやらないの。演技はあんまり好きじゃなかった?」

「どうですかね。子供の頃からだったし、正直に言えば辞めてした」

 別に、役者の仕事が嫌いだったわけじゃない。子役でも、俳優というれっきとした職業のひとつだ。その仕事のために、子役事務所に入れられ、稽古のための高額な費用を払われるのがきつかった。中学三年生の時は、受験もあって稽古のかわりに学習塾に通っていた。だけど、塾でも稽古でも、俺に投資しながら望んだ利益が出ないことを母親は許せなかったらしい。

 何度、「誰のために月謝を払ってると思ってるのよ!」と詰られたことか。

 学習塾も、芝居の稽古も、けして辞めていいとは頷かなかったくせに。

 俺はミルクティの缶を勢いよく呷る。話し過ぎて乾いた喉に、砂糖の甘さが沁みた。

 担当職員が、弁当パックの隅に残っていた漬物を食べきる。きつく水気を絞られて、揉みくちゃになったきゅうりの柴漬けの塊。きゅ、きゅ、と歯で擦れるみたいな独特な咀嚼音が鳴る。間抜けな音に思わず吹き出すと、職員が安堵したように皺だらけの目尻を緩めた。

 しばらくして、職員のスマホに父から折り返しの連絡があった。

 話を手短にまとめると、通話を切り上げて父親との会話の内容を伝えてくれる。

 文面の内容は、俺に危害を加えるようなものではなかったこと。でも、身の安全が気掛かりだとも。実の母親とはいえもう気軽に会える間柄じゃない。親権を失っているし、弁護士を通じて接触しないよう求めてもいる。今夜、俺にも電話をくれるという父さんの伝言を聞いた。

 電話を替わろうか、という職員の気遣いは首を振って断った。

 それでも、父さんは真面目だから、頼りない息子の俺が心配だったんだろう。職員にも、父親の意向だからと今日の講座を休むように勧められる。俺は時間割を思い出しながら、長文読解が苦手な英語の集中講座を受けるかどうか迷う。この予備校の学費だって安くない。結局、動揺したままで受けても意味がないと諭されて帰宅を決める。

 驚いたのは、予備校まで芳郁くんが迎えに来てくれたことだった。

 通話の後、二十分も経たずに、調理室の引き戸が控えめにノックされた。職員が「どうぞ」と応じると、静かに慎重な手つきでガラス戸が引かれて人影が現れる。鳶色の毛先が乱れた枯草みたいなミディアムマッシュ。慌てていたのか、髪のセットもせず家着に上着だけを羽織ってきたんだろう。丸首の白Tシャツに、麻素材のシャツと光沢のあるサルエルパンツを着ていた。

「失礼いたします。はじめまして、斎場芳郁と申します」

 芳郁くんが頭を下げて、瓜生くんを迎えに来ましたと丁寧な挨拶をする。

 担当職員は、こんにちはの挨拶といっしょに気が抜けそうな言葉を返した。今までの、迅速で頼りになる応対とは裏腹な下世話な口調で「これが噂のはとこくんかあ」なんて呟いている。緊張している芳郁くんが、職員の感想にぴたりと硬直するのを見て申し訳なくなった。

 まだ中性的な、可愛らしさの残る顔を強張らせて固まっている。

「今日はご足労ありがとうございます。瓜生くんからよく話を聞いてるんだ」

「いえ、そんな……はとこがいつもお世話になってます」

 俺のことで芳郁くんに謝られると「身内」なんだなと実感する。

 それから、自分が喜んでいることに気づいて、浅ましさを誤魔化すように取り繕った。無関係な家庭問題で迷惑をかけておいていい気なもんだ。素直で従順な子供の顔で、「ご迷惑をおかけしてすみません」と言えば、芳郁くんがすぐさま必死な表情で否定した。

「気にしんで。力になれなくてごめん。……買うなら、厄除け守りにすればよかったな」

 でも、離婚の直後じゃ、露骨過ぎると思ったのだと眉尻を下げる。

 厄除け守りと聞いて、熱田神宮の学業守を貰っていたことを思い出した。確かに、「厄除け」だなんて両親の離婚を「厄難」と言うようなものだ。芳郁くんが避けるのも無理はない。名古屋に来た日、俺がもらった学業守はいつも財布に仕舞い込んである。

 あの時、同居を受け入れてもらえたみたいで嬉しかった。

「瓜生くん、随分と可愛がってもらってるんだね」

 からかうような口調に、俺は職員の目を眼鏡のレンズ越しに睨む。

 隣で、芳郁くんが困り顔のまま、距離感を測りかねた様子で立ち尽くしていた。

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