本編
破瓜より懸想
第1話
今日からこの家で暮らすんだ、とぼんやり思う。
正面の前庭は、葦簀のかわりに生い茂るニガウリで良く見えない。
通り雨が止んだ後、窓を開けたままのリビングは、網戸とニガウリの繁る網越しに涼しい夕方の風が吹き込んでいた。窓際の隅には、薯蕷饅頭みたいなかたちの電気で動く蚊取り。蚊は避けるくせに、近所の公園からだろうか、蝉の鳴き声が雨音のかわりに夜気によく響いている。
名古屋の、熱田区の住宅地とは思えないくらいにのどかだ。
山奥の田舎でもないのに、閑散とした村落に来たみたいな感覚だった。
熱田神宮公園の南、住宅街のなかでも年季の入った民家が多いあたりだ。路地の入り組んだ角地に建てられた二階建ての民家は、正面に前庭と駐車場が造られている。その前庭は大葉を育てる畑になっているけど、窓辺からは繁りすぎたニガウリばかりが覗いていた。
子供の掌みたいな、ニガウリの葉の影を気が抜けたように眺める。正面の窓辺に、旅館の広縁風の板間があって、親戚の誰かの遺品なのかもしれない籐椅子に座っていた。曾祖母だか、祖母の姉だか、そういうお年寄りのひとの使った椅子。つるつると滑る、へちまの皮に似た質感のリビングの床と違って、短冊の板を継ぎ合わせた古めかしい板間だ。かすかに苦くて甘いような線香の匂いもする。玄関を挟んで、向かい側に仏間があると言われたのを思い出した。
家の間取りは、臨時で家主となっているはとこに教えてもらっている。
二階の空き部屋で、持参した荷物を整理してからはこの板間で休憩していた。
午前中、新幹線で名古屋に来て、午後からは熱田神宮にお参りしてから荷解きをした。この家の最寄りは、名古屋市営地下鉄名城線の神宮西駅。でも、乗り換えを考えると、JRの在来線のほうが便利だとも言われた。名古屋駅前の予備校に通うから、たぶんJR東海道線の熱田駅を使うことになるだろう。家主のほうは、地下鉄名城線で名古屋大学まで通っていると聞いた。
俺が葉を数えていると、家主の足音がおもむろに近づく。
蝉時雨だね、と言いながら現れたヨシフミくんのほうを振り向いた。
今時の若者らしい、清潔そうな卵肌と、小綺麗に整えられた明るめのミディアムマッシュ。地毛が元から茶色寄りなのか、鳶色みたいな自然な色合いのアッシュブラウンだ。二重瞼のきりっとした輪郭に、珈琲飴みたいな色素の瞳がどことなく甘い印象を与える。正直、実際に会うまではもっと陰気なやつだと勝手に思っていた。父親から、国立大学の、それも文学部の学生だと聞いていたから、覇気のない黒髪の文学青年みたいな人種を想像してしまったのだ。
てろんとした素材のトップスと、ゆるいサルエルパンツがさまになるとは。
「ここ、結構涼しいんだ。あと、夕飯出来たから呼びに来たんだけど」
運ぶの手伝います、と言えばはにかみながら首を横に振る。
童顔ではないけれど、中性的で、可愛げの残る顔立ちによく似合う仕草だ。
それから、炊飯器のご飯を好きなだけ茶碗によそうように勧めた。はい、と頷いて椅子から立ち上がって、リビングのほうに移動する。ぺた、ぺた、と来客用のスリッパが脱げかけるたび、踵の部分の布地が滑りやすい床をはたく変な足音がした。
歩き方がよっぽどおかしかったのか、背後から声を掛けられる。
「ごめんね、それ。サイズ合わんかったよね」
「別に気にしてないんで。これ、たぶん来客用なんだろうし」
俺は、台所に戻るらしいヨシフミくんに続いてリビングへと戻る。
リビングは、ダイニングでもあって、広縁っぽい板間の奥に四人掛けのテーブルが置かれていた。木目の年輪が縞瑪瑙みたいな天板には、よく見ると小さな亀裂や擦過傷がいくつも刻まれている。窓際の板間に残された籐椅子と同じく、何十年も使い込まれたテーブルなんだろう。
誰かが作ってくれた手料理を食べるのはひさしぶりだった。
俺をこのひとに、ヨシフミくんに預けたのは、料理ができるからなのかもしれない。
五月から家庭内別居していた両親が、ついに離婚したのが二週間前のこと。俺は都立高校を中退して、単独親権をもぎ取った会社員の父親と、父の地元である名古屋に引っ越すことにしたのだ。転校するより、高認試験を受けて大学を目指すほうがいいと予備校の入校を決めた。名古屋と東京に、不登校や高校中退の生徒を専門にした予備校があると聞いていたからだ。
母親のいる東京には、俺も父さんもあまり長居したくなかった。
だから、名古屋出身の父親は、地元の名古屋に出戻ることを選んだのだろう。父親の会社は名古屋に支社がないから転勤も難しい。大手予備校が運営する、その名古屋校の見学をして、俺と父さんが納得するのと同時に、俺たち親子は引っ越しまでの日程に悩むことになった。
思ったよりも、父さんの転職活動が進まなかったのが原因だ。
父は、転職先が決まらず、俺だけを先に名古屋の親戚に預けることにした。
運悪く、白羽の矢が立ったのがはとこの「サイバヨシフミ」君だった。はとこは、又従兄のことで、親がいとこ同士の関係のことを指す。つまりは、俺の父親の母方の従姉妹の子ども。そのはとこが、名古屋市内の国立大学に通うために市内で独り暮らししている。
だから、勉強を見てもらうついでに預かってもらうといい。
そんな理由で、俺の子守りを押しつけられたのだから気の毒だった。
俺の考えを言うなら、名古屋に越すのは父さんの転職が決まってからでよかった。だけど、片親になった父親からすれば、高校を辞めてしまった息子を引きこもりにするほうが怖かったんだろう。地元の親戚から、幸運にも名古屋に暮らす「はとこ」が、勉強の面倒も見られる料理男子と聞いたがために渡りに舟と思ったわけだ。
その舟の船頭として、勝手に櫓を漕がされている善良な文学青年。
目前の、はとこのヨシフミくんは、いかにも女子にモテそうな困り眉で呟く。
「今日の夕飯は、いちおう中華にしてみたんだけど。ほら、帰りに買い物しながら訊いた時、食べたくないものには入ってなかったから。苦手な物とか、食べられない物は避けたつもり。豚の角煮と、あとトウガンとツナの和え物と、搾菜と卵とトマトとオクラのスープと……」
「料理が得意とは聞いたけど。ていうか、そんなにたくさん作ったんですか」
俺が即座に突っ込むと、しまったと言いたげな顔でこちらを見る。しかも「ごめん、作りすぎたかな」なんて見当違いな反省をするから、食い気味に否定してしまう。今日の昼飯が豪勢に鰻だったのに、まさか夕飯まで作ってくれるとは思わなかった。俺の父親ときたら、「鰻を奢ってあげなさい」なんて、二枚の万札が入った封筒と、爽やかな新橋色の夏柄の化粧箱に納められたとらやの羊羹まで持たせたのだ。悪代官宛ての賄賂みたいに露骨な気がしてしまう。
「すみません。あの、鰻とか、羊羹とか気を遣わせたみたいで」
「違う、いや違わんけど、でももともと夕飯は作る心算だったんだわ。俺、去年の間、居酒屋のキッチンでバイトしとったじゃんね。だからいつも自炊しとるし、何ならたまに弁当とかも作っとって。今日も、ご飯何がいいかなって思っとったし、だから気にしんどいて」
俺の言葉に焦ったからか、あからさまに「なまった」言葉遣いだ。
地元の訛り、といえば名古屋弁だけどたまに父親が使う名古屋弁ではない。もっと、片田舎のおばあちゃんが話すような、不思議な懐かしさのある奇妙な方言だった。標準語に似たアクセントなのに、語尾やくだけた表現を聞くとなまっていると分かる。
今時の若者らしい、ヨシフミくんとのギャップが激しい。
その、華奢な見た目と、おばあちゃんぽい喋りかたに笑いそうになった。
「ありがとうございます。嬉しいです、手料理を食べるのはひさしぶりなんで」
「その、瓜生くんの口に合うといいんだけど」
冷めるといけないから早く食べよう、と標準語でヨシフミくんは続けた。
そのまま、リビングの左手にある台所へと歩いていく。広縁のあるリビングと繋がる台所は使いやすそうなカウンターキッチンだった。右手から順にステンレス製のシンク、大理石風の調理台、換気扇のついた三口コンロが揃っている。背面は壁で、備えつきの食器棚は、昔の磨りガラスに似せた材質の扉を嵌めてある。食器棚の横が、炊飯器やレンジ、トースター、米櫃がわりに無洗米の袋を収めたケースを置いた戸棚。
戸棚の二段目に、来客用らしい小ぶりな茶碗が用意されていた。
「あの、この、青い茶碗でいいんですか」
「それでいいよ。おしゃもで好きなだけ盛っていいから」
俺は、勧められたとおりに茶碗を取った。十六歳の、まだ成長期前の子供の掌にぴたりと合う縁が薄くて軽い茶碗。傷ひとつない、まっしろな貝殻を思わせる内側に同じ青色で線がくるりと周を描いている。隣に置かれた、鎬模様の茶碗がヨシフミくんのものにちがいない。炊飯器の蓋を開けると、朦朦とした湯気と白ご飯のほんのりとあまい匂いが顔面に当たる。
水で濡らしてある杓文字で、粒の揃った白米をすくって盛りつける。
茶碗を置いてから、もうひとつの器を手に取るかどうか迷った。
「あの、斎場さん、ヨシフミさんのぶんは……」
「俺のは自分でよそうからいいよ。瓜生くんのぶんだけで大丈夫」
朱塗りのお盆に総菜の皿を並べていたヨシフミくんが、尻切れとんぼな言葉を拾う。
今日、再会したばかりの親戚の、年上のはとこの名前をどう呼べばいいのかわからない。頭のなかでは子供らしく生意気に「ヨシフミくん」と呼んでいるくせに。どことなく可愛い感じの、華奢な見た目のせいだろうか。でも、やっぱり舐めた調子でヨシフミくんとは言えなかった。
苗字の斎場は、年賀状で何度か見かけた覚えがあるのだ。
とはいえ、連名で送られてくる、家族全員の名前までは把握していなかった。名古屋出身の父親が、口頭で繰り返す「ヨシフミ」という音の響きだけが頼りだった。サイバヨシフミ。漢字で書くとこうだ、とわざわざ年賀状を引っ張り出して教えられたはずなのに。たぶんだけど、その時の俺は、根暗で神経質そうなやつだと馬鹿にしていたんだろう。
だって、国立大学の文学部だ。お堅くて、生真面目で、ダサいとか思っていたのだ。
こんなに「いいひと」そうな男の子だとは知らなかった。
杓文字のことを、しゃもじではなく、おしゃもと呼ぶような男子だなんて。
俺の後悔も知らずに、善良なヨシフミくんは杓文字と茶碗を手に取る。慌てて炊飯器の前を譲ると、ありがとう、とお礼を言いながら白ご飯を盛り始めた。深めの茶碗に、七分目くらいの量を持って炊飯器の蓋を閉じる。食べよっか、と尋ねてくる横顔は男と男の子のどちらでもない。
まだ、十九歳だと言っていた。大人と子供の間の、青年のあやうさみたいな気配。
コロンなのか、みずみずしい果実みたいな香りがかすかにした。
七月下旬、今時は中学生でも高校生でも制汗剤を使う時期だ。でも、確かに安物の制汗剤とは違う、コロンかトワレかはともかく上品な香水の匂いだった。香水なら、ブランドものでもいくらか嗅ぎ慣れている。かなり揮発が進んでいて、皮膚や体温に馴染んで薄く匂い立つ程度だ。
藤に似た、淡白な花と、洋梨みたいな果実の残り香を感じる。
朱塗りのお盆に、茶碗をふたつとも乗せると用意してあった箸も手に取る。
こんな子が、俺の親戚だとはにわかに信じがたい。両親の離婚のことにも触れず、下手な慰めの言葉も口にしないで接してくれる。俺が愛知の親戚と会ったのは子供の頃だけだ。父さんの母親が、旧姓を斎場といって、その祖母の姉の孫がヨシフミくんらしい。
瓜生くん、と呼びかけられて麦茶を出すように言われる。
俺は冷蔵庫の中から、麦茶のボトルを取り出して手渡されたグラスに注いだ。総菜と茶碗、お椀に取り皿を乗せたお盆をたずさえたヨシフミくんがリビングに戻る。その華奢な背中を、ふたつのグラスを持ちながら追いかけて食卓についた。
四隅の角を丸く削った、食卓の古めかしいテーブルは歳月で疵がついている。
傷を隠すように、総菜を乗せた大皿や丼鉢と取り皿が並べられていく。
朱色と瑠璃色の鮮やかな、伊万里焼らしいおおきめの丼鉢には豚の角煮。飴色に煮込まれた四角い豚肉の塊がブロックみたいにいくつも重ねてある。漆塗りのお椀には、卵で綴じたトマトとオクラのスープ。深さのある小鉢は、青葱を散らした白い野菜とツナのサラダだった。
俺の席と、自分の席に、それぞれ茶碗をひとつずつ音を立てずに置く。
「角煮の取り皿は小皿を使ってください。トウガンの和え物は、まだ冷蔵庫に余りがあるから、もし口に合ったらおかわりしてもいいよ。ご飯とスープもおかわりがあります。豚の角煮は黒酢風の味付けだし、くどくはないと思うけど。お昼と比べて豪勢な献立じゃなくてごめんね」
「いや、鰻食べさせてもらって、ご飯まで作ってもらって文句なんかないです」
「鰻はほら、瓜生くんのお父さん……瓜生さんに頂いたお金だから。俺が奢ったわけじゃないし。ご飯だってたいしたものは作ってないんだよ。あ、そうだった、頂いた手土産の羊羹は冷やしてあるから。五本入りだったから、後で食べよう。ほら、ご飯の冷めないうちに食べて」
まったく、どこまでお人好しな人間なんだろうと思う。
俺みたいな、小生意気な年下相手でも、舐められそうで懐きたくなる善良さだった。やたらと隙だらけで、愛嬌のある仕草にすっかり毒気を抜かれてしまう。ヨシフミさん、なんてよそよそしく呼ぶより、「ヨシフミくん」と呼ぶほうがずっと似合うくらいだ。
両手を合わせて、いただきますと呟く姿すら愚直そうに見える。
箸を持つ前に、慌ててヨシフミくんに合わせて合掌する。
迷い箸をしないよう、最初に口に運ぶものを決めてスープを選ぶ。左手でお椀を持ってそっと啜ると旨みの強いスープが舌に馴染んだ。薄く色づいたスープに溶けた脂の粒が浮いている。搾菜のごま油の風味と、鶏ガラだしよりも濃い鶏の旨みも感じる。角切りのトマトと、細切りの搾菜、刻んだオクラを溶き卵で綴じてあるぶん、塩気がおさえられて淡い口当たりだった。
素直に「旨いです」と呟くと、箸を小鉢のサラダに伸ばす。
あまり見慣れない、摘まむと柔らかくて白っぽい果肉は「トウガン」らしい。
塩揉みされているのか、それともこういうくたりとした食感の野菜なのか。薄切りにされたトウガンの果肉とツナ缶を和えたサラダは、ポン酢と柚子胡椒とマヨネーズの味付けが意外なほどに絶妙だった。青葱のちょっと苦い風味が、噛んでみるとわかるしゃきしゃきとした食感とも合う。和えたツナの油分と、淡白な果肉の組み合わせがすごくいいのだ。
「この野菜、トウガンって、初めて食べたけどうまいですね」
「そうだよね、わざわざトウガンなんて食べないか。『冬の瓜』って書いてトウガンって読むんだ。でも、名前と違って夏場が旬だから、暑くなると出回るんだよ。日持ちする野菜で、丸ごと保存すれば冬まで保つんだって。安売りされる時に買って、煮物とかサラダとかによく使う」
薄白い「冬瓜」の果肉を眺めながら豆知識に頷く。夏野菜なんて、茄子やトマトやオクラくらいしか知らない。俺と違って、ちゃんと料理をするひとなんだなと思う。広縁の外では、緑の葉蔭にニガウリの実が鈴なりに育っていた。前庭の畑にも、大葉が繁っていたのを思い出す。
「なんか、本当に料理するって感じですね」
「口にあったならよかった。俺、冬瓜が好きでよく使うから」
これは期待できるな、と思ったとおり料理はどれもおいしかった。
特に、豚肉の塊をカットして煮込んだ黒酢風の角煮。厚い脂身も、酢とみりんを効かせたたれで煮込んでいて柔らかい。赤身の部分は、噛めば噛むほど醤油と豚肉の旨みが染み出してくる。しかもヨシフミくんは途中で、卵豆腐までおまけで出してくれたのだ。「物足りないなら、市販の卵豆腐もあるけど食べる?」と言われて目が眩んだのは食べ盛りだからだと思いたい。
「あの、ごちそうさまでした。お世辞じゃなくて全部旨かったです。特に冬瓜のサラダが気に入りました。夏野菜も料理すればおいしいんですね。窓の外にニガウリも生ってるけど、ヨシフミさんの料理なら食べられる気がします。冬瓜もニガウリも好物になったらいいなって」
「あはは、そんなに褒められると照れるじゃんか。こんないい子だなんて聞いとらんし」
俺の言葉に、ヨシフミくんは薄い耳の縁を赤らめた。
年上のはずなのに可愛く見えてくる。やっぱりいいひとだなと思った。
午前十時過ぎ、JR名古屋駅に到着した時も、新幹線の改札口の前で待っていてくれた。住所まで行くと言ったのに、構内が複雑で心配だからと止められたのだ。事前に聞いた連絡先、「ヨシフミ」と書かれたアカウントとは何度かやりとりをしていた。何なら、父さんを介さずに、俺から直接新幹線の時間や名古屋に行く日程を相談していたくらいだ。
別に、物怖じしたり人見知りしたりするタチじゃない。
それにしても、あの地味なアイコンと、ヨシフミくんの姿とのギャップには驚いた。
話を逸らすように勧められた麦茶のおかわりを断る。卵豆腐を用意するついでに、冷蔵庫から麦茶のボトルを持ってきてくれていた。ちなみに、卵豆腐には、輪切りのミョウガと青葱まで散らしてあった。薬味と白だし風のたれが、漉された卵の風味と喉越しにぴったりだった。
「来週から予備校だけど。どうかな、名古屋でもやっていけそう?」
「はい、たぶん、大丈夫だと思います。さっき、熱田神宮でお参りしたし、ヨシフミさんが最寄り駅も案内してくれたんで。JRの熱田駅と、名古屋鉄道の神宮前駅と、地下鉄の神宮西駅。あと、新幹線側の改札口から出ると、予備校に近いほうに出られるのもわかりました」
俺の言葉に頷くと、ヨシフミくんはテーブルに小さな白の紙封筒を置いた。
驚きながら、熱田神宮で買ったお守りだという説明を聞く。いつの間に買ったんだろう、とちょっと舌を巻く。今日はヨシフミくんについて回っただけだったから、手筈通りだったのかもしれない。まず、家に荷物を置いてから、鰻屋に行って鰻丼の並を食べたのを思い出す。
近所を案内がてら、地下鉄の駅を通りながら熱田神宮に向かったのだ。
熱田神宮は、鬱葱とした鎮守の森に周囲を覆われた静謐な場所だった。砂利敷きの参道には創建の逸話や由緒を書いた看板。広大な敷地のなかに、田舎の市立博物館みたいな宝物館まであった。そして、本殿の前の、玉砂利で覆われた広場の右手に授与所が建っていたのだ。
確か、あの時、おみくじを見てくるとヨシフミくんが隣を離れた。
「これからよろしくお願いします。大変だと思うけど、勉強頑張りんね」
それ、学業守りなんだ、と白封筒を目線で指したままヨシフミくんは続けた。
白い紙袋を開くと、金の刺繍で「学業守」と刺されたお守りがでてくる。その袋の中に名刺サイズの夕顔が描かれた紙片が入っていた。メッセージカードだ。よろしくお願いします、の丸文字っぽい癖字。瓜生くんへ、の挨拶で始まって「斎場芳郁」の署名で終わっている。
芳郁くん、と心のなかでなぞるみたいに繰り返す。
俺は、お礼を言った後、「
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