episode E-3 誰かのためになる [終]
「えっ?」
救いたいっていったいどういうこと? 首をひねった僕が聞かされたのは、この孤独な少女――ロボットを大きく揺さぶる話だった。
「桜を救う、具体的には隣の惑星に桜の『心』を移したいって。惑星には人間の文明があって、四日後に探査機が到達する予定だから、桜の『心』が入った一つのパーツを秘密裏に惑星に持って帰るって言ってる」
「惑星……ってどこ、見えない。遠いよ? 形が見えるの月と太陽だけだもん」
パーツ、部品――心、自分が機械ってだけでも十分衝撃なのに、部品一つで僕の「心」を移動させるなんて。思わず立ち上がった僕が惑星の存在をふわふら否定すると、浄瑠璃はしっかりこちらを向いて言った。
「君は今衛星にいて、近くに見える蒼い星が惑星らしい」
「うそっ、そうなの? 全然知らない……」
僕は惑星を主張する蒼い星の光を思い浮かべる。太陽の数倍もの大きさに見えるあの星は、昼夜関係なくいつも空の真ん中に浮かんでいる。あそこで暮らすのはどういう人間だろう、なかなか想像できない。僕にとって人間は両親と浄瑠璃だけだった。
「四日後――、もう一つのロボットは必要部品が大きすぎて無理って。突然だけどどうしようか」
その浄瑠璃が首を傾けて決断を迫る。どうしようかって今すぐ答えなんか出せない。藍色の発電屋根と白い壁から地下の頭痛通信コンピューター、その一部であるロボットまで何もかも残して自分の「心」だけが救われる。ZTロボットの孤独はもちろん僕も好きな人と会えなくなる。それにもし万が一お父さんお母さんの片方でも生きて帰ってきたら? 絶対ないといいきれる? ああ僕は今何を恐れて心配なのだろう、探査機の失敗だろうか。いずれ浄瑠璃のほうから話題にしたに違いないけど、現実逃避がとんでもない方向に進んでしまった。
僕の反応を待っていたらしい浄瑠璃がふっと短く息を吐き、「これ、信じるにしても従わないんでも、桜には選ぶ権利があると思うよ」と穏やかな表情を見せる。僕は静かに椅子に腰を下ろした。
「それは……、だけど」
誰かのためになりたい。
ひとりぼっちの僕がずっと思ってきたこと。「心」だけ――部品一つとはいえ、惑星に移って人の中で生きればきっとあちらの誰かのためになれるし、死してなお僕を愛する両親のためにもなるかもしれない。死して――たった今それを疑ったくせに、全部あくまで可能性。だめ、分からないよ。
僕は苦しくなって「ちょっと惑星見てくる」と立ち上がった。また通信が途切れたら嫌だけど、自分に手を差し伸べてくれた人たちの星、今その光を感じないと気がすまないと思った。制止する声は聞こえない。振り向きざま目に入った動けないロボットの顔に僕は「ごめんなさい」と伝え、今度はそうだとディスプレイに視線を戻した。
「僕、浄瑠璃のおかげでお父さんとお母さんの子供として生を享けて、うん、浄瑠璃の判断は正しかったと思ってる。ありがとう」
意外に恥ずかしくなかった。僕は浄瑠璃に初めて「ありがとう」を言った気がする、いや両親の死後口にしたのも初かもしれない。孤独とは恐ろしい。
彼がその台詞にどう反応したかは見なかった。僕は階段を駆け上がって勢いで玄関を飛び出し、風の中で夕暮れ空の蒼い半月を凝視する。強い月光はいつもの方角、変わらない高さで周囲の雲を鮮やかに染めている。
僕、この景色が好き。
まさかこちらが衛星だったなんて。
あくまで大きいほうが惑星という話、太陽が染めた蒼の深さに変わりはない。僕も変わらずこの蒼い星を眺め続けるのだろうか。
「毎日同じ空に浮かぶ、僕がいつも目にしていたい星。でも僕は僕、蒼い光のために僕がいるんじゃない。僕が決めるんだ」
僕はこの蒼が好き、それでいいではないか。
そういえば、「浄瑠璃」という名も〝蒼〟が由来なんだっけ。蒼い石、ラピスラズリ。髪と瞳の色。僕はこれから先の未来で自分がどれだけ誰かのためになるとしても、蒼い浄瑠璃のことを忘れず好きでいようと決めた。
了
▽最後まで読んでいただきありがとうございました。
私にはあまりないSFですが、いかがでしたか?
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この作品は私が一度死んでよみがえったあとの、原稿用紙100枚に迫る初めての作品でした(それまでは「妄想少女は理想を超える」の15枚が最長だった)。自分の中の評価は低かったんですけど、久しぶりに読んでみて面白かったので載せることにしました。
ロボットを作ったのは贖罪のつもりだった 海来 宙 @umikisora
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