第十九話/夕餉

「はっはっはっ、それで膨れていたのか我が娘は!」

あの後、駆けつけたテンショウが見たのは床に転がって顔に桶が被せられたシュテンと、アンナを抑えつけるのに必死なメイとマンジュだった。

すぐさまテンショウが呼びつけたメイド達により収拾がつけられたが、シュテンは領主直々の事情聴取へと相成った。

勿論シュテンが説明できるはずもなく、メイが同伴だ。

最初こそ冬眠を妨げられた熊のような形相だったゲンキだが、メイの弁明を聞くと豪快に笑い転げた。

「中々面白い男じゃないかシュテンとやら」

「あァ…?」

シュテンからしてみたら全て天災である。何が面白いのかも分からなかった。

「ふぅ、はー笑った笑った。笑ったら腹が減ったぞ。皆、飯にしようか」

シュテン達はゲンキに言われるがまま、後ろを着いていく。

食堂では既にアンナとマンジュが着席していた。

「あ、アニキこっちっスよ」

マンジュが手を振るので、とりあえずその横に座ってみる。

メイとマンジュが密かに目配せし頷いた。

二人は、シュテンの取り扱いが段々分かってきたようだ。

長いテーブルには、10人分ほど並べられている。とはいえ、領主家族の姿はアンナ以外にはなく、残りはテンショウはじめ家臣群のもののようだった。

ゲンキが咳払いする。

「さて、まずはようこそヴェイングロリアスへ、今日は山盛り食ってしっかり身体を休めてくれ!アンナは機嫌を直すこと!以上!」

「うっせ」

「ではいただこう!」

その掛け声で一斉に食べ始めた。

メイとマンジュもそれを見て食事に手を伸ばした。

「あ…シュテン殿、これはこうです」

「あァ、こうか?」

シュテンもメイに教わりながら、覚束無い手つきでフォークを掴む。

「…やっぱ手じゃァ駄目か?」

「駄目ですよ!?」

そうして何とか食事を乗り切ると、テンショウが宿泊用の個室まで案内をと立ち上がる。

「いや、待てテンショウ。私がやるよ」

そう制し、アンナが席を立つ。

それを見てテンショウは軽く会釈して腰掛けた。

アンナは収拾無言でメイ、マンジュをそれぞれ個室へ送り届け、シュテンの部屋の前で一言「さっきは、悪かったな」と呟いた。

「…んあァ?」

シュテンに言わせれば、アンナがなぜこんなことを言うのか理解出来ていない。

最早風呂での出来事など、シュテンにとってはどうでも良くなっていたのだ。

シュテンが眉をひそめているとアンナは部屋のドアを乱暴に開く。

「何でもねぇ!さっさと寝ろ!バーカバーカ!」

シュテンを部屋の中へ押し込めるように突き飛ばすと、そのまま大股で帰って行った。

「…?」

シュテンが呆気にとられていると、いつの間にか居たテンショウがポン、と肩を叩いた。

「…アニキ、あそこは嘘でも「うん」と頷くところっスよ」

「ま、まああまり気にしてはいけませんよ」

ドアの隙間から覗いていたメイとマンジュが苦笑いでこちらを見ている。

「…???」

「お前らさっさと寝ろーッ!」

急ぎ足で戻ってきたアンナが叫んだその声は、城内に響き渡ったのであった。





「領主」

「お、戻ったか」

領主室、ゲンキの元へ細身の男が現れた。

「北方の様子は?」

「来てる、ゾロゾロ」

ゲンキはため息をつく。

「ギルドからの情報は正しかった訳だな」

「到達予想、明日の夜」

「…そうか、わかった。お前はテンショウと合流して指示を仰げ。そして伝えてくれ、午前中のうちに作戦を練り上げるぞ、と。ご苦労だった、早く休めよ」

「ウィ」

男は天井へと消えていった。

「さて、ヴェイングロリアスの運試しだな」

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