第十五話/睡眠状況

森の1/3を消し飛ばしながらもゴブリンを一掃したシュテンらオニ党は、マンジュの部屋を追加で借りてから解散した。

「明日は六の刻に出発です。それまでに起こしに行きますので早目に寝てくださいね」

「はいっスー」

メイとマンジュはそう交わし部屋へ入っていく。

シュテンも自室の扉を開けた。

「…」

この布団という物、人間は使わなければ満足に眠れないらしいが、今まで板貼りの床か畳でしか寝たことの無いシュテンにとってはむしろ寝心地の悪い物だった。

昨日は試しに寝てみたものの、なんとも言い表せない気持ち悪さがあった。

「今日は、床でいいかァ」

シュテンはベッドを後目に、床へ寝転んだ。

夕焼けも消えかかる十九の刻…午後七時頃の事であった。




街も寝静まった深夜、扉を開ける音が廊下に響いた。

「トイレっス〜」

宿のトイレは共用であり、廊下の突き当たりにある。

マンジュはふらふらとした足取りで用を足すと、満足に目も開けずに戻っていく。

「ふぁ…部屋ぁ…」

相当頭が回っていないのか、自分の部屋を探しているようだ。

「確かここ…」

開けると、空いているベッドが見えた。

「ここっス〜…」

ふらふらとベッドに飛び込むと、そのまま眠りについた。

床に転がっているシュテンには気づかなかった。




翌朝、準備を済ませたメイがマンジュの部屋の扉を叩く。

「…返事がありません、寝てますね」

扉を開けると、ベッドにマンジュの姿は無い。

「あれ、もう起きて…いや」

ベッド周りに装備品が置きっぱなしになっているのを見つける。

いくらなんでも無防備な状況だ。

「…まさか」

ハッとしたメイな急いで部屋を出ると、ひとつ隣のシュテンの部屋へ飛び込む。

「なっ…!」

目に飛び込んできたのは、気持ちよさそうに床で眠るシュテンと、部屋の主を床で寝かせて布団を大きく使ってヨダレを垂らすマンジュの寝相だった。

「え、いや、ま、え?な、どういう状況ですかコレはーっ!?」

想定との乖離によく分からない感情になるメイなのであった。




「いやぁ面目ないっス、まさかアニキのベッドで寝るなんてお恥ずかしい」

「ホントですよ全く、シュテン殿も床で寝るなんてビックリするじゃないですか!」

「あー…でも寝やすいんだよなァ」

昨日メイがプリプリと怒りながら帰った道を、メイがプリプリと怒った状況で戻っていく。

「全くもう!全くもう!」

「あはは…」

マンジュも昨日は腰を抜かして顔を赤くしていたが、今朝も赤い。

昨日との違いと言えば、マンジュがシュテンに担がれていない事くらいだ。

ふと、シュテンに考えが過ぎる。

「…なァ、メイ」

「なんですか?」

「担いでやろうかァ?」

「なっ!?にゃんですか急に…ひやあ!」

問答無用で担ぎ上げる。

シュテンとしては、昨夜マンジュにしたことをメイにもすれば良いのではないか、そうして機嫌をとるのがもしかしたら人間的なのかもしれない、と言った心境だ。

「あ、あぅぅ…」

現にメイはすっかり大人しくなってしまった。

きっと正解なんだろう。

「へえ、アニキもやるっスね」

「あァ?」

マンジュはケラケラと笑っていたが、シュテンにはその理由が分からなかった。

やはり真似するだけでは人間の事は分からないらしい。

そんな事をしているうちに、集合場所が見えてきた。

メイがシュテンの服を引っ張る。

「そ、そろそろ下ろしてください…」

「ん、あァ」

本人の希望との事で、シュテンはメイを地面に降ろす。

「ふう…」

「姐さん少し残念そうッスね」

「うるさいですよ」

集合場所には馬車が一台にアンナが既に待っていた。

「よぉお前ら」

「おはようございますアンナ殿」

「おいギルマス!来たぜ」

挨拶もそこそこにアンナが叫ぶと、馬車の影からぬらりとゲンオーが出てきた。

その満身創痍な立ち姿にメイはぎょっとする。

「なんか徹夜だったらしいぜ?森でなんかあったんだと」

「あっ…あー」

そんなゲンオーがのそのそと近づいてくる。

「おはよう皆、誰かさんのおかげで森が通りやすくなった。これなら3刻は短縮出来るだろう」

ゲンオーの鋭い視線がメイの少し上を通っていく。触れたら怪我しそうだ。

「私はギルドに戻り、ケンムの様子を見ておく。色々と仕事もあるのでな」

「…...?」

シュテンの何も分かってない顔に思わずため息を着く。

メイ達はいそいそと馬車へ乗り込んだ。

「…なあ、何があったんだ?」

馬車が出発してすぐ、アンナがメイに耳打ちする。

「あー、それがですね…」

一刻後、馬車から高らかな笑い声が響いた。

「はっはっはっ!そりゃあんな顔にもなるわけだ!」

アンナは膝を叩いて腹を抱えていた。

「はぁ、久々にこんな笑った気がするぜ」

そのセリフに、メイは思わずハッとする。

これから行くところは、戦地と化すアンナの故郷なのだ。

昨日からアンナはずっと気を張っていたに違いない。

「そんな顔すんなメイ。私がぶっ飛ばしちまうからよ!はー、なんか元気出たわ」

アンナは横になると、直ぐに寝息を立て始めた。

「…昨夜はあまり眠れなかったのでしょうね、寝かせといてあげましょう」

「あァ」

「はいっス」

ヴェイングロリアス領都を目指し、馬車は進んでいく。






「ん、魔力量正常」

「入るぞ」

ギルド内の隔離室。ケンムが拘留されいまだ目覚めずにいるこの部屋で、回復師が作業中にギルドマスターゲンオーは帰還した。

「どうだ」

「はい、特変ありません」

「そうか…ん?」

ゲンオーがケンムの顔に目をやった時、瞼が動いた気がした。

「おい、おいケンム、聞こえるか」

ゆっくりと、うっすらと目が開いていく。

「ケンム、私がわかるか?」

ケンムはそのまま身体を起こすと、部屋を見回してゲンオーを向いた。

「…ああ、分かるよ」

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