第9話 弟の存在

「ルーカス・サザランドです。よろしくお願いします」

 カロリーナ様が微笑むと、

「聞いています。秀才が編入してきたと噂ですわよ」

「いや、まあ」

 否定しなよ、と思いつつ、カロリーナと目が合う。


「弟さんと聞いてますけど」

「はい、そうです。あ、でも父の隠し子とかじゃないですよ」

「エマ様!」

 ルーカスに怒られるが、カロリーナは眉を上げると、

「お姉さまの名前で呼んでらっしゃるの?」

「え?」「はい?」

 ふたりで同時に返事する。


 そういえば、昨日からエマ様呼びのままだ。さすがにいきなり姉弟っていわれても、とまどうよねえ、と思っていたのだが。


「お姉さまなのですから、名前呼びではない方が」

 と言うカロリーナにルーカスは片方の眉を上げると、

「姉弟としての時間がまだ短いもので。エマ様も戸惑われるかと」

「え? いや、そんな」

 と口を挟もうとしたが、間髪入れずにカロリーナが、

「名前で呼び合うのは、婚約者か恋人かと思われてエマ様が困るんじゃありません?」

 こちらをちらり。

「え? あ、そうで」

 言いかける私に、ルーカスは、

「恋人ですか」

 とこちらを見やる。


「はい?」

「困りますわよね、エマ様?」

「そんなことないでしょう?」

 ふたりに詰め寄られるが、どう返事すれば正解なの?


「あの、お二人は姉弟同士なんですよね?」

 いきなり声がして、見やると、机で作業していたベシー・サヴィル様がこちらを見ていた。

「はい、もちろん、姉と弟です。離れた場所で暮らしていましたので初めて会ったようなもんなんです。出来の良すぎる弟で同じクラスになっちゃいましたけど」

 助け船にありがたいと思いつつぺらぺらと説明する。いきなりの弟出現はみんなを惑わせるだろうと言うことで、弟は魔法の力が発現してからおじいさまのところに預けられ勉強していたことになっている。


 ベシー嬢はにこっと微笑んだ。

「同じクラスならなおさら、お姉さまとお呼びする方がいいと思いますよ。同じサザランド姓なのですし、ご夫婦と思われるかもしれませんわ。学生結婚される方はあまりいませんが、ときにはいらっしゃいますし。お互い誤解されるのも、もちろん、エマ様がお嫌じゃなければ」

「そうですよね。ありがとうございます、ベシー様」

 くるりと二人に向き直った私は、

「というわけで、ルーカス、私のことはお姉さまか姉さんでもいいわ。そう呼んでください」

「はあ、エマ、姉さんがそういうなら」

 またもや下唇を突き出すルーカスに、なぜかカロリーナ様は勝ち誇ったように口角を上げた。


 お互いに魔法力が強い分、ライバル視でもしてるのかな?

 まあいいか、と思いつつ、私はベシー様に「ありがとうございます、助かりました」と書いたお手紙を机の端に置いて、資料室へと入った。

 声をかけに近づきたいけど、嫌われ薬の成分で嫌がられるのが落ちだし。こういうのが辛いのよね。


 そんなベシー様とまさか町で再会するとは思っていなかった。


「姉さん、町に行くよ」

「今から?」

 学園からの帰り道、馬車は屋敷とは別方向にすすんで行く。

「着替えは?」

「ああ、それなら持ってきた。姉さんもメイベリンの服を持ってきてるでしょ」

 学園に行く前に持っていくようにルーカスに言われた。


「そっか、馬車で着替えるのね」

「え?」

 私はそそくさと、メイベリンの服をカバンの奥からひっぱり出した。

 着ていたベストを脱いで、首元のリボンを解いて。

「わーーーーーーっ!」

「うわっ! 何」

「こっちのセリフだよ! いきなり男の前で着替えないでよ!」

 ルーカスが真っ赤な顔で怒ってくる。


「だって、他に着替える場所なんてないし」

「だからって」

 唸ったルーカスは、

「仕切りを作るから待って」

 といきなり呪文を唱え始める。

 ボンっと音がして、目の前に木の板が出現した。

 ちょうど、私とルーカスの間、馬車の真ん中に薄い板が現れ、お互いの姿が見えない状態になった。


「す、すごっ」

 これが魔法。

 この世界に来て、魔法の存在はわかってるし、学園でも授業があるけど、目の前に自由自在に表れた魔法の結果にまじで驚いた。


「すごい! すごいよ! ルーカス! 天才なんじゃないの!?」

「……わかったから、声のボリューム下げて」

 板の奥からぼそぼそとルーカスの声がする。

「早く着替えて、もう着くよ」

「わかった。ありがとう、ルーカス」


 かすかに、「ったく」と声がしたけど、うちの弟は本当にすごいみたい。

 父様が養子にするのもわかるわ。

 私の魔法なんて雀の涙ぐらいしか効力ないもんなあ。

 原作だと、癒し魔法が使えるぐらいにしか書いてなかったけど、実際、たいした力はなかったのかもなあ。

 近づいてくる町の様子に目をやりつつ、私は魔法の存在を痛感していた。


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