最愛の人と結ばれる事が許されない王太子の苦悩。愛されし令嬢の崇高な決意
- ★★★ Excellent!!!
「夏のない年」――伯爵令嬢である主人公・ジェーンの領地では冷夏の影響で食物が不足し、多くの家畜や領民が亡くなった。
彼女もまた最愛の母親を病で失うという悲しみに満ちていた。
その絶望の最中、ジェーンの領地を国王とゆかりを持つ華やかな女性が訪れた。彼女は公爵令嬢のように気高く美しくありながら、ただの令嬢「ミス・モード」と呼ばれていた。彼女は病で命を失う民のために、枯草の間から薬となるハーブを見つけだす。
そう。彼女の正体は、彼女しか務めることを許されていない「王の香り爪弾く乙女」――ハーブ・ストゥルーワーであった。
ジェーンはミス・モードに師事して、自分も「王の香り爪弾く乙女」――ハーブ・ストゥルーワーになることを夢見る。自分がミス・モードに助けられたように、同じような境遇の人々に力を与える存在となりたい。けれどミス・モードはそんな彼女に『レッスン』と称して、その道の険しさと待っている運命について説く。
そしてミス・モードの懸念は、ジェーンと運命的な出会いをしてしまった王太子リチャードの恋心のせいで、現実のものとなってしまうのだった。
王太子リチャードはジェーンを誰にも奪われたくない。けれど世継ぎの君はもう妃となる定めの姫君がいて、絶対にジェーンと結婚することはできない。けれどジェーンを側に置き、寵愛すれば、それを良しとしない者達が、きっと彼女を害したり、政治的な思惑でリチャードを貶める争乱の種になりかねない。
本作のリチャードとジェーンを取り巻く、これぞ貴族社会の柵と鎖と重圧てんこもり! これほどまでに読者を悶えさせる作者様の圧倒的な心理描写と、そこに絡められた四季折々のハーブの花。香り。そして貴族社会のしきたりが散りばめられた知識量の凄さ。
「ダイヤモンド(d)にエメラルド(e)、アメジスト(a)、ルビー(r)、エメラルド(e)、サファイア(s)、ターコイズ(t)」これらの宝石は、頭文字から順番に並べると<大切な人dearest>を表す。私は存じませんでしたが、Xでそういう宝飾の写真を見て、こうやって思いを伝えるアイテムが存在するのだなあと感心しきりでした。物語では違う意味合いで、ジェーンがこの宝石達がついた髪飾りをつけていました。
このくだりを読むだけでも、貴族の間で誰と誰が婚約しているのか。寵愛を受けているのか。関係性が伝わってしまうという貴族社会の空気が感じられてドキドキしてしまいました。
また、リチャードは立場上、ジェーンと結ばれることはできません。が、彼女を心から愛している。ジェーンの思いはまた複雑で、彼女には「ハーブ・ストゥルーワー」になるという目的がある。しかしそれを叶えるためには、リチャードの寵愛をも含め、様々な障害が待ち構えています。けれどジェーンはその揺れる心や不安定さに、つい助けの手を差し伸べてしまいたくなる魅力がある女性です。王太子リチャードの親戚、双子の兄弟――エドワードとジョン。彼らもまたジェーンの命を守るために、自分との結婚を彼女に迫ります。
少女は、権力者の手を取り寵愛を受けるのか。
それとも、手で手折られ足で踏まれてもなお気高く香るハーブとなるのか。
すべての道は、リチャードとジェーン。二人が出会っていた時から定まっていたのか。
この目でその行く末を見届けたいと思います。