2 剣士になりたい姉と反対する弟 前編
ジェラルド・ハミルトン公爵
私たちの父のいとこであるハミルトン公爵は、長い間諸侯からも国民からも尊敬され支持されている
20年以上昔、父が王太子であった頃、父ではなく公爵が次の王となるのがふさわしい、そんな声がとても多かったと言う
娘である自分が言うのもなんだけれど、父はあまり王の器ではないと思う
まだ王太子だったころもやっぱり、あまり支持がされていなかった
それで当時、すでに剣の達人として、そして将軍として、若くしてすでに大勢の貴族や国民からたくさんの支持を受けていたハミルトン公爵を王に、と言う声がとても多かったらしいのだ
そして、当時は今よりもっと、この国は不安定で・・・滅亡の危機に瀕していた
若くして将軍になった公爵は、智謀、武勇、ともに誰も及ばないほどの高みにあり、この国の人々を鼓舞し続け、守っていた
それで、王になってほしいと言う声がとても多かったそうだ
だけど、公爵は、自分を王にと推す声をすべて一喝し、王太子であった父への忠誠を諸侯の居並ぶ前で誓った
それによって、王太子である父は諸侯からも、国民からも次の王としてやっと認められ、そして公爵は、父の臣下として、この国を滅亡の淵から救い、領土を取り戻し、民を守り、この国を守り、復興させた
今だこの国は完全に復興したとは言えないけれど、公爵がいなければ、間違いなくこの国は滅んでいたと皆が口をそろえて言う
私はこの国が一番危機に瀕していた時期を知らないけれど、私より年上の人たちはみな、公爵を英雄の中の英雄として讃えていた
そんな公爵は、いとこの子である私を、姪として可愛がってくれる
奥様であるグロリア・ハミルトン公爵夫人もそう
私はお二人を伯父様伯母様と呼ばせていただいている
私がお二人を好きなのは、伯父様が、伯母様を本当に大切に、そして心から愛している姿を見ているから
そして伯母様もまた、伯父様を心から愛しているのがわかるから
お二人が一緒にいるその姿を見るのが、私は好きだ
私は今13歳
一人でハミルトン公爵領に来ている
もちろん護衛の騎士たちも一緒だけれど
王太子である弟は王都にいる
弟に何も言わず私は王都を出発した
弟は私が剣士になるのを反対しているから
弟は今6歳
もうすぐ7歳になるけれど、まだ6歳
私は弟の剣になりたい
そう願っている
そして弟は、私にそれを許さない
許してくれない
だから、何も言わずに王都を出てきた
「ふむ・・・やってみなさいアリシア」
「はい、伯父様」
私は魔力を体に流す
全身に行きわたらせる
すっと、静寂が訪れる
世界が閉じられ、私と、相対する存在だけが残る
私と、伯父様だけが残る
お互い手にしているのは真剣ではなく木剣
だけど、それは関係ない
『殺す気でかかってきなさい』
伯父様はそうおっしゃった
でないと弟子にはしてくれない、とも
剣聖、その称号を若くして授かった伯父様は、今はもう、剣神とまで呼ばれるようになった方
その方の弟子にしてもらえるか否か
殺す気でかかっていかなければ、話にならない
弟子になれない
騎士になれない
アーネストの、剣になれない
だから、私は殺す気でかかる
何度打ち込んでもすべて躱され捌かれそして逆に打ち込まれ、幾度も地面に転がされた
伯父様は本気だ
本気で私の相手をしてくださっている
ならば
殺す気でかかることこそが礼儀
体中が痛い
だけどこれこそ剣士として認められている証
弟子にしてもらえるか否か
それは私次第なんだ
「ふむ・・・いいぞアリシア
さあ、やってみなさい」
「はい、伯父様・・・!」
言い終わると同時に、私は地面を蹴り、渾身の一撃を放つ
「ふ・・・」
伯父様のその息遣いだけが聞こえたかと思うと、私の剣は難なく躱された
伯父様はじっと私を見ている
落胆させてなるものか
「ふん!」躱された剣をそのまま、横になぎはらう
「・・・」
それもなんなく伯父様は躱す
私は距離をとる
目は、伯父様から離さない
伯父様が少し笑った
「そうだ、それでいい、剣を構え、息を整えなさい
相手から目を離してはいけない」
「はい」
「さあ、かかってきなさい、アリシア」
「はい、伯父様」
私は構えを変える
斬るのではなく、突く、構え
伯父様は構えを変えない
私の実力じゃきっと届かない
でも、やる
・・・・
「はあ、はあ、はあ」
空が青い
ああ、わかっていたけれど、届かなかった
私の剣は伯父様に、届かなかった
「合格だよ、アリシア」
「え?」
「君は私の弟子だ、もう」
「・・・」
そうだ
そうだった
私は伯父様の弟子にしてもらうために、伯父様に挑んだんだ
忘れてた
とにかく、伯父様に、私の剣が届くことしか考えなかったから
「ふふ、無我夢中で剣を振るっていたから、私の弟子になるという話を忘れていたかね?」
図星にもほどがある
その通りです伯父様
「・・・私、伯父様の、剣神である伯父様の弟子にしてもらえるんですか?」
「剣神はやめてほしいがね、ああ、もう君は私の弟子だ
剣神と呼ばれるのはどうかと我ながら思うが、剣神の弟子だよ、君はもう」
「・・・」
やった
剣に
アーネストの剣になれる
「さ、立ちなさい、グロリアがお菓子を焼いて待っているよ、お腹が空いたろう
ハリーも待っている」
ハリーは伯父様の三男
私のハトコ
年はアーネストより二つ上
私を姉と慕ってくれている
「さあ、帰ろうアリシア」
「はい、伯父様」
弟子に
剣神と呼ばれる伯父様の弟子にしてもらえた
今すぐアーネストに教えたい
私は伯父様の弟子にしてもらえたんだって
アーネスト
今すぐあなたに伝えたい
そう思って私はすぐ思い直した
アーネストはきっと怒るだろう
私が剣士になることに反対なのだから
それでも
私が今一番この喜びを伝えたい相手は、アーネストだった
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