27・特別な課題

「ただいまー!」


 なんだかんだレッスンの時間ギリギリに家に帰る。


「おかえりーお兄ちゃん。上井先生待ってるよ」

「すぐ支度するって伝えておいて !カナ!」

「はーい」


 カナは昨日にピアノの発表会も終わってのんびり過ごしている。友達と連絡取ってるのかなー?

 それはさておき、部屋に戻り荷物を置く。


「ただいま! 今日は急いでるからまた後で聞いてね!」


 俺が声をかけているのはヴァイオリンとベース。

 もちろん声をかけても返事をするはずは無い。だけども、家へ帰ったらふたりに声をかけるのが習慣になってしまっている。


 それからバタバタとしながら練習部屋へ。


「お待たせしました!! 上井先生!!」

「ふふ、忙しそうですね」


 ゆっくりと紅茶を嗜みながら待っていたのは上井先生。

 スラッと背が長く、綺麗に整えた長い髪にスーツが似合うカッコいい先生だ。


「今日もよろしくお願いします!!」

「挨拶もだんだん元気になりましたね。体育会系といいますか」

「ハッ……気合い入り過ぎてますか……?」


 高校での先輩と接する時のようにいつの間にかやっているのかも……?


「いえ、前の柔らかい雰囲気が懐かしくなっただけですよ」

「柔らかい雰囲気……??」


 前ってどんなふうに挨拶してたっけ……?


「やりたい事のために一生懸命の姿が見えて微笑ましいという事です」

「ハッ!? 素直に先生に褒められました!? 今!?」

「先生はいつも愛情を持ってテルくんに接していますよ」

「えへへへへへ……」


 なんだか照れちゃうなぁ……


「さて、ストレッチをしたら今日のレッスンを始めましょう」

「はい!!」


 ……


「ふふ、私の想定以上に上達が早いですね」

「あれ、今日の先生って優しいですね!?」


 最近はガッツリと練習してる事が多い。やる事が多いけどもひとつひとつ集中して取り組めてる事が多いと思う。

 成果が出てるのかなって思うと嬉しいなぁー。もしかしたら時間の余裕ができるかも……


「なので、安心して次の課題に取りかかれますね」

「あ……はい……!」


 上井先生のレッスンはいつも程よい難易度に仕上げてくれています。

 いつもありがとうございます。



 ――



「さて、課題曲は伝えたとおりですが、それとは別に特別な課題があります」

「特別な課題……?」

「まずはこちらを聞きましょう」


 ――エルガーの『愛の挨拶』

 穏やかなピアノの入りにバイオリンの繊細な旋律が重なる。

 互いを引き立てあうハーモニーは、まさに将来を誓った二人が寄り添いあう様子を示しているようだ。

 優しく、だけども時に切ない、それでも温かい、とても美しい曲だ。


 ……


「演奏する事について問題は無いと思いますが、いかがでしょうか?」

「はい、かなり前に弾きましたし、すぐに弾けると思いますけども……」

「こちらの曲をどなたかにピアノの伴奏を頼み、アンサンブルしてきてください。それが特別課題です」

「ええ……!? なんだかいつもと全然違う課題ッスね……?」

「絶対にやらなくても良い課題、とは伝えておきましょう。テルくんの納得のいく演奏ができるようになったら私にお披露目してください」

「はい……! でも、ピアノを弾ける人、ふたりしか思い浮かばないんですよね……」


 カナはもちろん弾ける。もうひとりは幼馴染でピアニストのショウくん……

 色々あって少し疎遠になっていたけども、最近また話すようになったんだ。


「――おや? いるじゃないですか? お忘れですか?」

「ええ……誰ですか……???」

「言葉遣いが特徴的で――」


 ショウくんの事ですよね?


「少々尊大な所がありますが――」


 うーん。ツンツンしてるからやっぱりショウくん……?


「可愛らしい――」


 ショウくんって先生から見ると可愛いって事かな……?

 俺から見るとカッコイイんだけどもなぁ。


「女性ですよ。あの方から教わるのを私はオススメしたいですね」


 ふふ、と先生は笑う。

 けども――


「先生。誰だか本気でわからないんですけど……????」


 ショウくんって男だよね………あれ……??



 ――



「カナ、今度でいいから愛の挨拶の伴奏頼みたいんだけども……」


 レッスンが終わっての、妹のカナとのいつもの晩御飯。

「ん、いいよ。練習させてね?」

「ありがとう。今日は何してた?」

「ちょっとレッスンしてから友達のところに行ってたよ。それよりもお兄ちゃん」

「ん?」

「波多野さんとのデート、どうだったの??」


 驚きすぎてむせた。


「デデデデデ、デート!?!?!?!?!?!???!?」

「行く前は言わなかったけども、二人きりで出かけるとかデートじゃん。緊張するだろうから言わなかったけど」

「いや、カナも行こうって誘ったじゃん!!!」

「だから気を使って行かなかったの」


 どういう気の使い方!? カナはまだ小学校6年生でしょ!?

 しかも昨日に色んな事があったばかりなのに!!


「どうだった!? どうだった!?」


 目がキラキラし過ぎてる。女の子はおませと言うけどもすぐにそういう話題にしちゃうんですか!?


「いや、どうって……その、波多野さんは別に俺の事、そういう人だとは……」

「毎日一緒に夜勉強してるのにー???」

「波多野さんは優しい人だから手伝ってくれてるんだって!」

「それはいいから!! どこに行って何をしたの!?!?」

「ゲームフェスタっていう所に行って、それで一緒に色々見た……」

「ゲームフェスタ……どんなの?」


 ――カナに出来る限り説明する。

 新しいゲームの体験ができたり、個人製作のゲームやそれを支援するための人たちが集まっていた事など。


「でも、一番感動したのはゲームに流れる音楽だったなぁ……いや本当に強い敵と戦うのはもちろん、扉を開けて世界が見えた時に流れた曲がさ……」

「そうだね、お兄ちゃんらしい楽しみ方だね」

「あれは本当に感動したよ……カナにも見せてあげたい」

「波多野さんとは一緒に見たんでしょー」

「おう! 一緒に見れて嬉しかったなぁー。いやぁ波多野さんって本当にすごい!」

「でも波多野さんの趣味ってゲームだったんだね。それが私、意外!」

「ゲームもすごい上手だったなぁー。モンスター倒すのほぼ波多野さんひとりのおかげだし……」

「今日も波多野さんと一緒に勉強?」

「おう、そうだよ」

「昨日の事、私もお礼を言いたいからちょっとだけ一緒に良い?」

「それならもちろん! 改めてお礼言おう!」



 ――



 夜のいつもの時間。波多野さんとの勉強タイム!


「お兄ちゃん、そろそろ?」

「おう、メッセージ送って、返事が来たらいつも始めてるよ!」


 そういうわけで送信。いつものルーチンになっている。


「今日は何の勉強するんだろうなぁー」

「最近はどんな勉強したの?」

「分数とかについて!」

「えっと……高校生の勉強だから難しい奴だよね?」

「こういうのだよ」


 カナにノートを見せる。


「……なんだか私でも解けそうだなぁ……」

「基礎をしっかり勉強中なんだー」

「お兄ちゃん本当にがんばって……波多野さんどうかお兄ちゃんをお願いします…」


 手を合わせてお祈りし始めるカナ……勉強中だからいいんだよーー!!


「それにしても波多野さん、返事がいつもより遅いかも……?」


 普段なら波多野さんから先にメッセージが来る事もあるんだけども、遅くなるのは初めてかも。


「そうなの? あ、でも来たよ!」


『遅くなってごめんね!』というメッセージが届いている。そのまま着信も来たから取る。


「お、遅くなってごめんね……!!」

「こんばんは! 波多野さん! 昨日はありがとうね!」

「あ、カナちゃん……き、昨日はその……」

「こんばんは、波多野さん。今日はカナがどうしてもってさ」

「そうそう、お礼も言いたくって! 今日のお兄ちゃんはどうでしたか?」

「あ、えと……その、一緒に来てくれて……あ、ありがとう……」

「妹がごめんね……まだ6年生なのにおませでさ」

「だ、大丈夫だよ!きょ、興味無かっただろうに、ご、ごめんね……」


 興味が無い、という所でカナがどういう事!?って肘でグリグリしてくる。


「あ、ち、違うの。カナちゃん……その……本当に本当に……マニアな所に行ってきたから……」

「マニアな所……? 同人……とかっていう奴?」

「そうそう。カナちゃんはわかるの?」

「ううん。でも夏と冬に何かやってる奴みたいなのかなって?」

「うん、そうだね。私もまだ行った事はないんだけども……そういうオタク……っていう奴かな」

「波多野さんってオタクなんだね! カッコイイ!」

「カナちゃんはそう思ってくれるんだ……て、照れちゃうな……」

「いやでも本当にゲーム上手くてカッコよくて、色んな事に詳しくて波多野さんってスゲーんだよ!」

「こ、高校の皆には言わないでね……」

「うん……! わかってる……!!」


 それから少し話して、満足したのかカナは自分の部屋に戻っていった。



「よーし、今日も勉強がんばるぞ!」

「うん、今日もよろしくね」



 そんな風に今夜も一緒に勉強した。

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