帰国の朝
第31話
「エマ。馬具と団員の装備の最終確認、よろしくね」
「かしこまりました」
「アレクー! 荷物積み終えたよ! 確認よろしくっ」
「分かった! マリーツァ、少し待ってて? すぐ戻るよ」
「ええ、ありがとう」
アレクセイを見送りながら、城を眺める。上空で緩やかにはためく旗と、その向こうには見事な青空。旅立ちに、これ以上ないほどふさわしい晴天。
準備は出来ていたとはいえ、事件後の次の日に出立というわけにはいかず、2日経った今日、私は帰国するためこうして早朝の庭に立っていた。
(数日の滞在だというのに、一年はいた感覚だわ)
それだけ濃密であり、波乱含みだった。
事件の翌日、まずアシュリーさんとエマが教えてくれた。
捕らえられながらも逃げ道の話を口にした私に、何か考えがあるのだと三人は個々に気づいたと。塔の上に逃げ道があると私なら気づくはずだと、アレクセイもサミュエルを油断させる嘘をつき。
エマは、屋根の道を逃げる度胸が私にあるとし、出てきたらすぐに騎士団員を突撃させられるよう、あの場所が見える裏庭で祈る気持ちで見守ってくれていたという。
扉を破壊するような音を立てたのも、サミュエルの意識を入り口に向けるためと決断したアシュリーさんも正しかった。
(騎士団員の皆さんもアレクセイの判断力の高さと、私を勇敢な女性だと
アレクセイも間違った情報が流出しないよう、事件後すぐに団員全員を広間に集め。
囚われたマリーツァには、なんの罪も責任もない。マリーツァは僕のものだと、あの男に見せつけたかった。僕の独占欲が招いた結果だと、正直に伝えてくれた。
アシュリーさんとエマは、アレクセイだけのせいではないと。ボディチェックも済ませていたのと、サミュエルがあそこまで無謀だと予想出来なかったこちらの落ち度だと、やはり謝罪をし。
今後の対策として、どれだけ知り合いだろうとどんなに親しい仲であろうとも、謁見者の両脇に団員を立たせる方法にするとも宣言。
私もそれに習い、真実の全てを告げると、広間は「アレクセイ陛下万歳!」「グーベルク国万歳!」の大合唱となっていた。
サミュエルも、牢屋でおとなしく尋問を受けているとの報告が入り。このまま祖国に送還、ベッタリーニ家は取り潰しとなるのも間違いない。一国の王に牙を向いたのだ。普通であれば死刑。良くて一文無しで国外追放だ、と説明も受けた。
そう……、としか言えない私に、アレクセイは私を抱きしめ続けてくれた。
『サミュエルは、牢屋で謝罪を口にした。誰に向けてかは分からなくても……僕はそれを聞いたよ。今もおとなしく団員の指示に従って、自分が何をしたかを
あの人の中で何かしら新しい感情が芽生えての現状であるなら、きっと受け入れられるでしょう。
それすらも私の都合のいい願いだとしても、あの人のこれからが、どうか少しでも良い方へ向くようにと祈る。
そうして私は、私の
「マリーツァ、お待たせ。こっちの準備は整ったよ」
「立派な馬車と護衛と、申し訳ないぐらいだわ。アシュリーさんもありがとうございました。それと忙しい時に、エマをお借りしてしまって……」
「いいのいいの。祖国まで自分が護衛をしたいっていうエマちゃんたってのお願いだし、俺もそれがいいって許可したんだから気にしないで。道中も安心してくれて問題ないよ。
「これも早馬にて、承知したとお返事をいただいております。お姉様が陛下の伴侶となる女性だとは伝えておりませんが、陛下の大事な大事な女性であるとは伝えたところ、どういう立場の女性であるかの予想はついたようです。自国で何か起きては大問題だと、厳戒態勢であるとの報告もいただきました」
「あとはほら、この国旗を掲げている馬車を襲う馬鹿はいないって各国でも有名よ? 旗を、お守りがわりにする商人もいるぐらいだしさ」
「だからって油断は一切してないよ」
抱きしめられて、人前なのも気にせず甘いキスが贈られる。
「迎える準備、大急ぎで進めるからね」
「急がないでいいわ。ゆっくり確実に……あなたや周りの皆さんが納得した時に」
名残惜しくても、出立が遅くなってもいけない。
馬車に乗り込むとすぐ、窓に手をかけられる。
「ねえ、やっぱり僕も国境まで……」
「駄目よ。区切りはここでいいの」
「……うん、はい」
普段は、国王として
「寂しくなったら、庭園で花を見て。これからはダリアが見頃よ。花言葉は感謝、華麗、威厳、豊かな愛情で……秋になれば金木犀も咲くわ。
「貴女を想いながら眺めるよ」
「ええ。それと、お願いだからちゃんと休んでちょうだいね? 私を迎えに行くためと、無理したら嫌よ?」
「約束する」
窓枠にかけていた私の手の甲へ、アレクセイがすりっと頬ずり。甘える仕草に、なあに? と問えば。
「すごく大好き……」
「私もすごく大好きよ」
「すっごく愛してる」
「ええ、私もすごく愛してるわ」
「……ごめんなさい」
「アレクセイ……」
誰も責めたりしないからこそ、彼はこうして自分を自分で責める。
「私もあなたも、どうしたって忘れられないわよね。でも、それでいいの」
「……いいのかな」
「その出来事を本当に忘れて良いことと、忘れてはいけないこととあるわ。今回の件は後者。私たちは同じ過ちを繰り返さないよう、歩む道を紡いで行かないと」
「うん……」
「これからは、お互いに確かめ合いましょう。目で、耳で、心でも、目の前に現れた道が正しいかどうか。ひとりでは不安でも、ふたり一緒なら大丈夫。まだ荒れている道が現れたとしても、私はあなたの手を離さないわ」
「……ありがとう、マリーツァ」
最後にもう一度、とキスしてからアレクセイは馬車から一歩離れた。
アシュリーさんとエマもしばしの別れを名残惜しんだ後、エマが馬上の人となり、私の馬車の真横についてくれる。
「エマ、マリーツァをよろしく」
「はい陛下」
「マリーちゃん、またね」
「ええ、また」
私の手を握りしめていた手が剣を抜き、天へと掲げられる。
「足並みをそろえ、行く先々で国の名に恥じぬよう行動を! 何より道中の安全を第一に、進め!」
おーっ! と声が響き渡り馬車がゆっくり動き出すと、アレクセイも並走して来るのにはさすがに慌ててしまう。
「危ないわ、止まってちょうだいっ」
「これ以上早くなったら……!」
かなりの駆け足になっても、彼の足は止まらない。それでも確実に、距離は開いていった。
「マリーツァ、必ず迎えに行くから……!」
「待ってるわ!」
彼の姿が遠くなり、声も聞こえなくなり、点にしか見えなくなり、消える。
馬車の中、寂しくないと言ったら嘘になるけれど辛くはなかった。
「……待ってるわ、アレクセイ」
迎えに来てくれたあなたへ飛びつく日を、楽しみにしながら――。
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