幸せな朝
第23話
「ん……」
体は気だるいのに、心地良い意識の浮上。朝の気配も感じてゆっくり目を開くと、アレクセイが枕に肘をついて、片手で自分の頭を支えながら私を見下ろしていた。
「おはよう、マリーツァ」
「……今、何時かしら」
「朝の5時。まだ寝ててもいいよ」
「あなた……寝たの?」
たくさん愛された体。
その行為の記憶が途中で途切れていても、アレクセイは私よりも後に寝ているのは間違いないのに、先に起きてるなんて。
「いつもより長く寝られたよ。少し前に目が覚めて、腕の中にマリーツァがいる幸せを噛み締めてたんだ」
「寝顔を見ながら……?」
「うん。雷の夜は、さすがにずっと見つめるなんて出来なかったしね」
「……いけない人ね」
「いけないの!?」
「女の寝顔は見ないのが礼儀よ。恥ずかしいもの」
「可愛い寝顔だったのに?」
「お世辞が上手だこと」
照れ隠しもあって顔を背ければ、アレクセイが大慌てで私を抱きしめてくる。
「本当に可愛いっ。僕の腕の中で、気持ちよさそうに寝てくれてるんだよ? この寝顔、これから毎日見られるんだって嬉しくなってたのに……」
「…………」
「……絶対駄目?」
問われながらしょんぼりされ、その都度許しては示しがつかない。今度こそ「駄目」と言いたいのに。
「マリーツァが大好きなんだ。貴女の全部を目に焼き付けたくて、だから……」
「……変な寝顔の時があっても、笑わないでくれる?」
「変なんてないし笑わないっ」
「なら、あなただけの特別よ」
「ありがとう!」
感謝も込められた熱い抱擁と、朝の挨拶のやり直しなのか、額にキスが何度か落とされる。
「ふふっ、くすぐったいわ」
「じゃあこっちは?」
両頬を包まれながらキスされると、彼の銀の髪が私に向けて流れ。肌に触れるくすぐったさは、胸の膨れるような満足感も与えてくれた。
「今日から毎日、こんな朝を迎えられるんだね。早くに、ふたりの部屋を作ってもらわないと」
「無駄なお金は使わないでちょうだいね。それとあなた、さっきから毎日と言うけど……毎日はないわ」
「毎日だよ?」
「正しくは私がここへ戻ってき次第、毎日よ」
「戻るって……」
「アレクセイ、あなた分かってなかったのね。私は、あなたの伴侶になると誓ったわ。それを両親に知らせず済ますつもり?」
「あ――……」
「私は離婚してまだ一度も帰国してないのにここに留まるなんて、あまりにも両親に不義理でしょう?」
「……うん」
「手紙で伝え、こちらでの準備が整ってから挨拶に戻るという方法もあるにはあるわ。でも私は、ちゃんと自分の口で伝えたいの。アレクセイも国王として、伴侶を迎え入れる準備が必要なはずよ。その間、私は私の準備をするわ。……もしかしたら、二度と祖国には帰れないかもしれないんだもの」
「……そうか、そうだね。ごめん、僕も浮かれすぎてた。すぐに手配するよ。僕の伴侶になる人なんだ。手ぶらで帰すわけにもいかないし、警護のこともあるし」
「お仕事を増やしてしまうわね」
「これは仕事じゃなくて、準備って言うんだ。貴女を迎え入れるための楽しい準備。ご両親の許可をちゃんといただいて、こっちの準備も整ったら僕が必ず迎えに行く」
「あなた直々はさすがに……。国を空けることになるのよ?」
「何ヶ月もかけて行く場所ではないし、国王が伴侶を迎えに行くのは普通だよ。ご両親へ挨拶もしたいし、自分の目で貴女の祖国も見てみたいんだ」
「……ありがとう、アレクセイ。待ってるわ」
さあ、もう起きる時間よ、と床に落ちていたシャツを広げる。
「はい、袖を通して」
「う、うん」
「ボタンも留めましょうね」
「……僕、自分で出来るのに」
「こういう日の朝の身支度のお手伝いは、伴侶の務めよ? 練習させていただきたいわ」
「あ、そ、そっか。……照れくさいけど嬉しいな」
身支度を整える手伝いを済ませると、アレクセイが名残惜しいと私を抱きしめた。
「マリーツァ……昨日は最高の時間をありがとう」
「私こそ、素敵な時間をありがとう」
自然と重なるキスは挨拶だったはずなのに、すぐに熱を帯びる。
「ん、アレクセイ……」
「……寝顔見てる時から、本当は触りたくてたまらなかったんだ。寝てる貴女に、勝手にそんなの出来ないから我慢したけど……」
「関係性は変わったんだもの。気になさらないでいいのに」
「じゃあ、次は色々する。そういうのも夢だったんだ」
「そういえばあなた、夢で私に何をしていたの?」
「――!?」
「雷の夜、完全に寝てないと言ったでしょう? あなたの独り言、ほとんど聞いてたのよ」
うわぁ、そうだった……と、アレクセイが力なく私の肩に額を乗せた。
「ごめんなさいね?」
「ううん、いいんだ……いいんだけど……僕こそごめんなさい……」
「なぜ?」
「……夢とはいえ、その……だいぶ……欲望全開な感じで……」
「叶えて差し上げたいから、教えてくださる?」
「ほんと……?」
「夢であろうと、あなたがひどい行為をするはずないもの」
「う、うん。えっと……」
ふたりしかいないのに内緒話の体勢で、アレクセイが教えてくれる。
「……とか、マリーツァはしてくれて……」
「まあ……」
「あと……しながらとか。そしたら僕は……」
「あなたったら、そんな夢ばかりを?」
「……信じてほしいんだけど、マリーツァに会う前は仕事に通じる夢ばっかりだったんだ。でも、貴女に出会ってからは……」
「ふふっ、そうなのね。それにしても夢の中の私は、ずいぶんと大胆だわ。現実の私も負けないようにしないと。……でも、全部夜までお預けね。あなたも、私も」
「また可愛がってくれる?」
「うんと可愛がってあげるし、甘やかしてあげるわ」
「なら僕は、これまで以上仕事を頑張るよ。伴侶の甘やかしのせいで国王陛下がおかしくなった、なんて言われないように。僕は貴女を、
これが最後と、アレクセイは強く私を抱き込む。夜までお預けだからと、匂いもたくさん吸い込んでいた。
「……気持ちを伝える、好きと愛してる以上の言葉があればいいのにな」
「すごく好きと、すごく愛してるでいいのではないかしら」
「ははっ、いいねそれ。うん……すごく好きで、すっごく愛してるよマリーツァ」
「私もすごく好きで……すごく愛しているわ」
甘い甘いキスはちゅっと音を立てて離れ、ドアが閉じた後は部屋にひとりきり。
「もう会いたいなんて……」
あのたくましい腕に抱きしめてもらって、耳元で熱く甘く囁かれたい。可愛いと、愛しているとまた囁いてほしい。
求められたいと願うなんて、これも初めての感情だった。
(本当に、女を変えるのは男の方ね)
そしてきっと、男を変えるのも女。
お互い良い方向に変えられれば、それはきっと一生幸せで。
苦楽も共に乗り越えようと思えるもので。
「さあ、私も始めましょう」
帰国に向けての準備は、私も必要。荷物をまとめ直して、それ以外の時間は、この国の歴史や礼儀作法も覚えないと。
次、この国へ足を踏み入れた時、私はもう客人ではなくなっているのだもの。そこから覚えるのでは、あまりにも遅すぎるわ。
「あなたのために、この国のために、私も頑張るわね」
もちろん無理しないように。それがまず私の最初の、あなたの伴侶としての努め。
決して苦ではない、これもまた幸せの時間だわ――。
**********
親愛なるお父様、お母様
お父様、お母様、暑い日々ですが、その後お変わりありませんか?
私は何も変わらず……とはいきませんでした。
グーベルク国へ寄る前は、祖国に戻ったらお父様とお母様の仕事を手伝いながらひっそり暮らそうと決めていたのに、そうもいかなくなったの。
エマやアシュリーさん、アレクセイ陛下とお会いして、私の価値観や考えはいい意味で変わったわ。私も彼らのために何か出来るようにと強く願い、そうなるべく今後は努めたいのです。
本当に人生とは何が起こるか分からないと驚き、喜びもしています。たった数日だろうと、人間の感情はこうも大きく変わるのだとも。
でもごめんなさい。何が起きたかは、手紙では到底説明しきれません。
このまま何事もなく国に戻れればと思っていますが、そのたびお父様の「油断は禁物」という言葉を思い出します。
これまでも、決して不穏な日々を送っていたわけではなくとも。この国に来てからの私は今までで一番幸せな時を過ごせているだけに、足元をすくわれないようにしなくては、と。
お手紙もこれが最後となります。
数日のうちに私はグーベルク国を出立し、たくさんの土産話とご報告を持って帰国するわ。おふたりにも祖国にも、間違いなく良いお話よ。それまで、どうか楽しみに待っていてくださいね。
マリーツァ = ウィルバーフォース
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