ハタチの誕生日⑤大きなぬくもり
「スーたん!!」
だって美来くんが嫌がるから…
ヤキモチやきなんだから…
美来くんが…
涙が止まんない…!
「スーたん…」
「ごめ…なさ……ぃ…」
「よし、あそこ行こう
泣きわめいていいから」
ガシッと二の腕掴まれて、神田さんがずんずん歩く。
週末の都会のど真ん中で、息引っ張っちゃうくらい泣く女と、腕掴んで早足の男。
そりゃ振り向くわ。
だから、神田さんが向かったそこに入ったときには
「えーっと1時間…あ、延長できますか?」
「週末なので」
「ですよね…じゃあ2時間」
「フリータイムでお願いします!」
もうすっかり涙は引っ込んだ。
「スーたん?元気になったね…」
「カラオケなんて久しぶり~!」
綺麗で涼しくて楽しそうな雰囲気のカラオケアイランド。
ドリンクバーにアイスバーに打楽器
なぜかフロントにミラーボール!
「お部屋こちらです
途中で退出されてもフリー料金は全額かかります
ワンオーダー制です、ご注文お伺いします」
え、この人もしかして…
AIなの?
すごいな~人間みたい
「俺ハイボールで」
「お連れ様は」
「えーっとね」
もっとメニューを吟味したかった。
ドリンクバーにしとこうかな、色々飲めるし。
「あ、これ可愛い~」
なんだかハワイアンな青いジュースに、トロピカルなフルーツが引っかけてある。
「そちらはお酒になりますが…」
AIが私を上から下までセンサーで感知する。
「いいじゃんスーたん
二十歳の記念に飲んでみる?」
「あそっか…私お酒飲んでいいんだ」
「お姉さん、この人今日から二十歳なんで!
大丈夫です、俺が絶対的に保証しますんで。
はい、身分証」
「かしこまりました」
「スーたん食べ物はいいよね?腹一杯でしょ?」
「はい!」
タブレットを二人の前にスタンバイ。
二人がけのソファーとテーブルしかない狭い部屋。
「神田さんグレイ歌ってくださいよ~
スキーの時歌ってたやつ」
「え」
え?ダメだった?
「違うのでもいいけど…」
「いや、スーたんがいいなら歌う」
なんで?いいに決まってるじゃん。
「でもあれは冬のグレイだったから
夏のグレイにしよっかな~」
「そっか!私も夏っぽいのにしよ!」
曲を探して、そう時間も経ってないように思うけど
コンコン「しつれーしまーす」
「わ!可愛い~」
注文した飲み物が来た。
神田さんの前にはハイボール
私の前にはトロピカン
ついついスマホを取り出してカメラをタップ。
「……」
ダメだ。
こんなの撮ってたら美来くんが見て変に思う。
スマホチェックの日があるのに。
美来くん
まだ怒ってるかな。
「ハッピバースデースーたーーん」
え?
流れ始めたのはお誕生日の曲
ワンフレーズだけ歌って神田さんは
「映えだね~」
カシャ
「スーたんこっち見て」
カシャ
写真を撮って時計を見た。
「ぎりセーフ
はい、持って」
私にグラスを持たせると
自分もグラスを持って
「ハタチ、おめでとう」
私の誕生日を祝ってくれた。
誕生日に一人じゃなかった。
ハンバーグを一緒に食べて、おめでとうって笑ってくれた。
「神田さん……」
「泣きわめいていいよ」
ずっと泣きたかったんだもん
優しく手を握って欲しかったんだもん
堰き止めていた何かが崩れ、私は泣くのをやめられなかった。
神田さんは私の涙が止まるまで
何も言わず
ただ手を握ってくれた。
「大丈夫?水もらう?」
ううん、いらない
「これ飲む?
初お酒も写真に収めようと思ったけど
その顔で撮っていい?」
「プッ…プププ」
「笑った?」
「じゃあ撮って…?」
「はい、じゃあ飲んでください」
涙は手の甲で払いのけて
鼻水はペーパーで拭いた。
「初お酒、いただきます」
「召し上がれ」
スマホを私に向ける。
ピコン
「え、ビデオ?」
「これ静止画で撮ってどうすんの
はい飲んで、余計な声入るよ」
「じゃあいただきます」
ゴクゴクゴク
「や…これ系はちびっと飲むでしょ」
「そうなんですか?!」
「初めて飲むのに攻めすぎ」アハハ
「テイクツーでいいですか?」
「生放送なんでスミマセン」
「うそ~」アハハ
「大人になったお味はどうですか?」
「甘くて美味しいです」
もう一口飲むと、カメラは止まった。
「さ、歌いますか」
「あのね神田さん」
「無理に話さなくていいけど
話したいなら聞かせて欲しいかな」
曲を選ぶタブレットはテーブルに戻され、神田さんは体を私の方に向けて座り直した。
何から話そう
思わず出てしまうため息
「私ね…」
「うん」
「お友達が…いないの」
「そっか」
「大学でいつも一人ぼっちでね
すごく…すごく寂しくて…」
「うん」
「だって高校の時はいっぱい友達がいたのに」
「うん」
「誰にも言えなくて…」
「我慢しなくていいから泣いていいよ」
さっきから泣いてばかりなのに、そんな事言われて、また涙はこぼれた。
「美来くんはね…授業の合間に会いに来てくれて
ピアノ科が楽しくないのも
弾くのが大変なことも…わかってくれる」
絵を作り出す美来くんは、音を作る私をわかってくれる。
作る物は違っても、作り出すことが簡単じゃないのは同じ。
「好きなんだな」
「美来くんがいないと…大学行けない…」
なのに…
「美来くんにも…嫌われちゃった…!」
電話越しの、見放されてしまったあの冷たい声が
すごく怖かった。
何回泣けばいいんだろう。
神田さんもそろそろ引くよね。
泣き止まなきゃ
せっかく楽しいカラオケなのに。
「なんで?嫌われたってなんで?」
さっきのファミレスでの事を話した。
今の私に、彼氏のことを相談できる友達はいない。
「疑ったわけじゃなかったの
美来くんを疑うわけないじゃん」
神田さんはため息をついて下を向いてしまった。
「やっぱり疑ったように聞こえる…?」
「スーたん」
「はい…」
「スーたんはミッキーの袋のお金、使ったの?」
「あれは…困った時用だから
ATMに行けなかった時とか」
「じゃあなんで無くなるの?」
「お金入ってたの…気のせいだったかもしれない」
「……」
「スーたん、いくら信頼してる彼氏の家でもさ
こういうことになると嫌じゃない?
あったとか無いとか疑うとか」
うん、嫌だ
「だから彼氏の家にお金を置くのはやめよう
置かなければこんな話にはならないよ
お金を置くのは自分の家だけ
自分の家の誰にも知られない場所に置くこと」
そっか
置いてたから余計なケンカになってしまったんだ。
「もし今日みたいに財布がなくて困ったり
お金下ろしそびれた時は俺に電話すればいい」
「神田さんって…」
「ん?」
「大人だったんですね」
すごいな
相談してよかったな。
なんかスッキリした。
「は?少年だと思ってた?」
「思ってました
面白いことばっかり言うから」
「まいったな~そんなに若く見えるんか~
よし飲もう
はい、スーたんも飲んで」
「はい!」
美来くんには許してもらえるまで謝ろう。
そしてお金は置かない。
「美味しい~」
「見てスーたん、黄色いのもある」
「え、バナナかな」
「絶対違うと思うけど頼んでみる?」
「はい!
何歌おうかな〜」
「よかった、楽しそう」
「だからカラオケなんて高校以来なんです!
今カラオケでオールするような友達いないし…」
せっかく門限から開放されたのに真面目に学校とバイトの往復。
未来くんとは家デートばかりだし。
なにこの大学生活。
こんなの想像しなかった。
「俺でよければまた遊ぼ
カラオケでもラウンドワンでも山登りでも」
「でも…」
「スーたん」
美来くん、嫌だよね
私が神田さんと遊んだら。
「俺もね、大学の時って全然友達いなくてさ
授業は一人だったし昼飯も一人だったよ」
「ウソ…神田さんがそんなわけ」
「だから俺が思うにね
勉強とピアノに集中する時なんだよきっと。
だってさ、友達ほしいなって思って
めぼしい人と頑張って友達しても
頑張って友達やらないといけないから
勉強もピアノも後回しになるじゃん」
「そっか…」
「そんなん友達じゃないと思わない?」
「思う…」
「いいんだよ、一人でも
堂々と勉強とピアノやって
堂々と一人で座ってればいいよ
一人ですが何か?って気取ってさ」
そっか
ぼっちなのが恥ずかしくておどおどしちゃうから。
「それでもどうしても手持ち無沙汰だったら
俺にラインでもすればいいよ。
秒で返せるから」
神田さんがスマホの画面を私に向ける。
「ということで
ライン教えてやってもいいけど」
わざとらしくエッヘンってやって笑う。
「うそですごめんなさい
スーたんのライン教えて下さい」
プププ
「はい!」
こうして私は、神田さんとラインを交換した。
映えるお酒を飲みながら、思うままに歌った。
神田さんはすごく歌も上手で、ロックなのもしっとりしたバラードも聞き惚れてしまうくらい。
誰にも言えなかった苦しみをはき出せたせいなのかな。
なんかすごく穏やかな気持ちで
すごくすごく楽しかった。
「スーたん?眠いの?」
「んー…zzz」
神田さんが歌うミスチルの昔の歌を聞きながら、私は意識が途切れた。
だから神田さんがいつ眠ったのかはわからないけど
ふと目が覚めた時
私と神田さんは
小さなソファーで
寄り添っていた。
小さな寝息と
受け止めてくれるぬくもりが心地よくて
私はもう一度、目を閉じた。
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