ハタチの誕生日④お祝いのハンバーグ
やっぱ電話ないよな~
あれからもう二週間
スーたん的にはヒモ太郎くんと上手くいってんだろうな。
チューっと吸った紙パックのリンゴジュースが凹み、口を離すとぺこんと戻った。
「足りたんですか?そんだけで」
「このあと房総半島まで暴走するから海鮮丼食うの」
「え、いいな~」
気付かないだろうなスーたんは。
朝霧と別れて傷ついたのは明らか。
そんで今の彼氏には利用されてる。
正体に気付いたらどうなるんだ。
立ち直れないんじゃない?
この二週間、スマホに朝霧の名前を出しては消し、消しては出してを繰り返した。
現状を話すか否か。
関係を絶ったのに、お節介横槍ツンツンしていいものだろうか。
スーたん、せっかく前に進めたんだろうに。
「あーー…」
「どうしたんですか?」
「や、なんでもない」
「じゃ俺戻りますね
明日の商談よろしくお願いします」
「オーケー」
俺の昼ご飯のゴミを社食のトレーに乗せ席を立った。
「あ、天城」
「はい?」
「イカ買ってきてやる」
「イカもらって俺がどうするんですか」
「焼いて食おうぜ~」
本社の社食はでかい。
イオンタウンのフードコートみたいだ。
福岡の社食が突端工事に見えるレベル。
天城は一番近い返却口に食器を戻して、食堂を出て行った。
「お、神田くん」
「お、牛島課長」
「真似されちった!」
アハハハ
「追いかけて来ちゃいました」
「いいねいいね~待ってたよ!
今晩どう?東京の街は久々だろ?」
「いいんですか?
もんじゃ行きたいと思ってたとこです」
「いいね!かみさんに飯いらないって言っとく」
しまった…
今日こそは帰りたかったのに。
昨日もその前も飲みに誘われて断れなかった。
牛島課長は大好きなんだけど、家で映画でも見ながらおかゆでも食いたい。
福岡のラーメン屋で知り合った明太子専門店の跡継ぎぼんぼん息子が、うまい明太子送ってくれてるんだ。
それ入れておかゆ食いたい。
もう飲みたくない。
だけど断れない性分。
午後は房総半島に暴走し、天城に言ったイカの一夜干しを買った。
いや、仕事はしたよ?
仕事をして、直売に寄って海鮮丼食べてお土産買ったんだ。
七輪で焼くと美味いイカ。
そして房総の海を無駄にカシャり。
意味はないけどホーム画面に設定した。
写真のフォルダは、スクショだったり書類やメモを撮ったものばかりで、最近のスマホは素晴らしいカメラを備えているというのに完全にメモ帳だった。
でもその中に一枚だけ
パンケーキに喜ぶ可愛い女の子の写真があった。
クラウドに写真は送ってないからスマホを変えるとリセットされるけど、これだけは意地でデータ転送して、さすがに画面に設定は出来ないけど、死んでも消したくなかった。
「さ、帰るか」
ちょっと仕事して、海沿いをドライブして
なんていい日なんだ!
家にまっすぐ帰れなかったのは痛いけど。
「いやいやいや!神田くんお帰り~!」
「あざーっす」
トクトクトク
瓶から注がれるビール。
昼間暑かったから1杯目は美味しそう。
「飲んで飲んで」
「はい!」
このもんじゃ屋は牛島課長御用達。
そしてこの牛島課長は、エネ開と微塵も関係しない水産事業部の課長。
福岡で少しの期間一緒だった。
「いやほんとさ~、あのときは助かったよね~」
普段は下関の出張所にいた牛島課長が福岡支社に来たとき
「まさか財布ないとは思わなかったからさ」
支社の近くのラーメン屋でお金がなくて困っていた。
その時は同じ会社の人だとも思わず、お金が返ってくることは全く期待せずにラーメン代を払った。
それが牛島課長とこうなったきっかけ。
同じ会社で長のつく人だけど、仕事上何も関係ないということもあり、上司というよりも年上のお友達って感じだった。
「今日昼間に房総の方に仕事で」
「わ、いいね」
「これ宅飲みのおつまみに」
「いいの?サンキュ~」
帰りたいと思ったけど、いざ会って飲み始めると楽しい。
ここのもんじゃも久々。
「うま」
「そういやさ、彼女どうするの?
デパートだったよね?
そっち辞めてから来るの?」
小さなヘラで一口すくいパクッと食べると、牛島課長は一点の曇りもない純粋な笑顔を向けた。
「……」
「え、どうかした?」
「実は…」カクカクシカジカ
結婚も視野に入っていたのに心変わりした。
しかも相手は同僚の彼女、当時17歳。
家族になりたいとまで思った彼女が、急に他人に見えてしまったくらい。
だけどもう気持ちは戻らなかった。
今も気持ちは変わらない。
素敵だなと思える女性に出会っても、スーたん以外を欲しいと思えなかった。
一生独身でいいやと、諦めた矢先だった。
「うんまぁいいじゃん
それこそ人生色々だよ
たった一回しか人生ないんだからさ」
こんな話、引かれるかと思ったのに。
牛島課長は大丈夫大丈夫と笑って、俺のグラスにまたビールを注いだ。
「大丈夫、誰の前にも絶対に道は拓けるから
別れた彼女も、好きなあの子にも」
やっぱ好きだな、牛島課長
「もちろん、神田くんにもね」
大丈夫と言い聞かせてくれるから。
「もう一本頼んじゃおうか」
「はい!」
楽しいお酒を飲ませてくれるから。
「ん?神田くん携帯なってない?
床を伝って振動がくるけど」
笑いながらテーブルの下をのぞき込んだ。
座布団の上に置いてたスマホが鳴っていた。
「よく気付きましたね」
「逆になんで気付かないの」アハハハ
誰だろ
「仕事?」
「番号だけだから誰なのか…」
え?
牛島課長に断る事なんて気が回らず、飛びつくようにその着信に出てしまった。
絶対そうだと確信して
「もしもしスーたん?!」
仕事用の取り方なんて出来なかった。
『神田さん…?』
泣いてる?
「どうした?!何かあった?!どこ?!」
『お金貸してください…』
は…?
まさかあのヒモ太郎の野郎…!
『ご飯食べたのに
お財布持ってなかった…』
へ?
タクシーぶっ飛ばして到着したのは
『ファミリーレストランジョイジョイ』
ここは確か
クルッ
うん、だよな。
スーたんの居酒屋の道を挟んだ斜め前。
確かこのファミレスは居酒屋と系列じゃなかったっけ。
スーたんよ
おそらく店に連絡したら誰かがお代持ってきてくれたと思うよ。
プププ
まったく、可愛いんだから。
カランカラン
「らっしゃいませ~お一人様ですか~」
「いえ、先に」
いた。
入ってくる人をそうやって必死に見て、俺が来るのを今か今かと待ってたんだろうな。
俺を見て安心したその表情に、俺も安心した。
「お待たせスーたん」
「……」ウルウルウルウル
「大丈夫、泣かなくていいよ」
あれ?
全然食べてないけど
「食べないの?」
「食欲なくて…
あ!でも勿体ないですよね残すなんて!」
食欲ないのに一人ファミレスでハンバーグ?
それ絶対なんかあったんじゃん。
「じゃあ俺もらっていい?腹ペコでさ~」
「いいの?でも食べかけだし…!」
「いただきまーす」
温かさが微塵も残ってないハンバーグは、肉汁なんてとんでもない。
でもそれが丁度よかった。
肉汁あふれてきたら食えない。
さっきもんじゃ腹一杯食べたんだから。
「スーたんいらないの?美味いよ?」
「じゃ…一口」
口を付けてない箇所を切って、箱から新しいフォークを出して刺した。
パクッと食べると
「うん…美味しい」
ちょっとだけ笑った。
「ハンバーグ好きなの?」
「はい…だってハンバーグは」
「ん?」
「誕生日はハンバーグでしょ?」
誕生日?
今日誕生日なのか?
誕生日に何で一人でこんなとこに…
そうじゃん!
財布ないならヒモ太郎に言えばいいんじゃん!
ヒモだから金はないだろうけど、ミッキーの袋に入ってるんだろ!
そんで二人でハンバーグ食えばいいじゃん!
なんで…
「コーンも食べちゃお」パクパク
なんで誕生日に一人で泣いてんだよ
「んじゃケーキも食うか!」
「え、今は入んないかも」
「そっか、食欲ないんだったね」
「コーン美味しい」
「じゃあスーたんコーン担当ね
俺ご飯食いたい、塩取って~」
「神田さんご飯に塩かけるんですか?」
「え、かけないの?美味いよ
ふりかけなかったら塩かけるのが一般常識だよ」
アハハハハハ
笑った。
「私も塩ご飯好きなんです」
ヒモ太郎のことは喉から手が出る程聞きたいけど、今日は聞くのはよそう。
だって二十歳の誕生日だろ。
楽しく祝いたいに決まってるじゃん。
23時半か
「スーたん明日休みなんだっけ、大学って」
「はい」
「よーし、んじゃこれ食べたら腹減るまで遊ぼう
そんでケーキ食べよっか」
「でも…」
ですよね
スーたん的には大好きなヒモ太郎だもんな。
ほかの男と遊びたくないか。
「だよな」
「お金も持ってないし…」
「それはいいんだけどさ」
折角塩ご飯で笑ったのに、また表情は曇ってしまった。
ヒモ太郎の家に帰りたいんだよな。
困らせたいわけじゃない
助けたいんだ。
スーたんには何も考えてない顔でゲラゲラ笑っててほしいから。
「食べたら帰るか、せめて家の近くまで送るし。
彼氏んちに帰るの?」
「それは…」
なんでそんな落ち込んでんの?
何をどう切り出して、どう元気づけてあげたらいいかわからず、俺はただ、冷えっ冷えのハンバーグと白飯を飲み込んだ。
そして空っぽになる皿と鉄板。
帰るときが来た。
「お金…どうやって返せばいいですか?
また店に来てもらったり出来ますか?」
「お金はいいよ、誕生日なんだから」
「でも…!」
それを口実にまた会うって手段もあるけど、また俺に会うことになったら、スーたんは罪悪感とかそういった類いのものに悩まされるんだろ。
ヒモ太郎に悪いんだよなきっと。
「どっち?」
「あっち…」
あっちってどっち
「あの!お金はホントに助かりました!
でも大丈夫だから!一人で帰れます!」
グサッ
なんか刺さったぞおい。
今完全に壁建てられた。
これ以上しつこくしたら悪いか。
「わかった、気をつけて」
「じゃあ…」
頼らない背中がとぼとぼと歩いて行く。
金を取るような、誕生日に一人でファミレスに行かせるような、とてもじゃないけどいい彼氏だとは100万歩譲っても言えない様な彼氏の元に
帰らせるのか?
あんな泣きそうな顔してるのに。
おい俺、しっかりしろ!
何に遠慮してんだ!
遠慮するものなんて何もないだろ!
まさか朝霧…?朝霧なのか?!
知るかよ!所詮昔の男だろ!
別れた結果これだぞ!
朝霧なんか南米でサンバってろ!
じゃあなんだ!ヒモ太郎?!
スーたんの気持ち?!
「そんなの…俺と遊んで拗れればいい」
一瞬でも迷った俺め!パーーーンチ!
「スーたん!!」
立ち止まった小さな背中
振り向いたその顔は
涙をいくつも流していた。
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