ハタチの誕生日②お母さん

学校から近い美来くんちに帰って、バイトの時間まで休憩した。


買っておいた冷凍のお好み焼きをチンして、見放題の動画をつけて気持ちを充電。

ソファーに寝そべってダラーッとしながらお好み焼きを口に運ぶ。

お母さんが見たらめちゃ怒ると思う。

お父さんが見たら怒る通り越して黙ると思う。


色々と凹んでダメージだったから許して。


ん?


テレビの棚の下に何か落ちてる。



「なんの雑誌?」


パラパラ


「……」



ギャーーー!エッチなやつだ!


ドキドキドキドキ


美来くんこんなの見てたんだ!

知らなかった!


チラッ


イヤーーー!



「何してんのスズ」


はっ?!


いつの間に!気付かなかった!


「あ、見つかっちゃった?隠してたのに」

クスッ

「で?見てたの?」

ニヤニヤ

「どれ?このページ?」

ニヤニヤ


「こういうの興味あるんだスズ」

「ち…違う!」


雑誌は取り上げられ、美来くんは付録らしいDVDをテレビに入れて、なんかピッピする。



「箸は置こうか」



不敵に笑って、私をソファーに押し倒した。


テレビからは耳を塞ぎたくなるような声やら音やらなんやら。


※以下ひどい18禁、作者の自制心が正常に働いたため省略します。



「あー楽しかった!

 ね、スズ

 たまにはこんなのもいいと思うだろ?」


超絶ウルトラスーパーミラクル



痛くて苦しかった。



「う…うんそうだね」

「はいあーん」

食べかけだったお好み焼きを、箸で一口大にするとそれを私の口元に運んだ。

「美来くん…これ解いて?」

「冷えちゃったね、あっためてこよっか」

「や…いい」

なんか食欲も失せたし。

あんなことした口で食べたくない。

うがいしたい。

「いらない?」

「なんかお腹いっぱいになっちゃった」

「んじゃ俺もらうね」

「うん」

「アーンで食べさして」

「うん」

手首の紐が解かれて、私はお好み焼きを美来くんに食べさせた。


昼間だけど、カーテンを閉めたから薄暗い部屋。

その中でテレビは、さっきのと違う網の変な服着たお姉さんが変な声出していた。

もう見たくないし聞きたくない。


「このお好み焼きうまいね」

「冷凍食品半額の日に買っておいたの

 安かったけどなかなかだね~」

「あーん」

「はい」


テレビはこれだし、二人とも裸んぼのままだし、自分で食べず両手のあいてる美来くんは、もぐもぐしながらまた私に触り始める。


もう嫌だな…

またするのかな


「え?」

「え?何?どうした?」


なにそんなこと思ってんの…


私には美来くんしかいないのに

美来くんにどんだけ助けられてるか


「あ、ごめんなんでもない」

「スズ膝立てて座って」

「うん…」

「気持ちいい?」


痛い…


早くバイトの時間にならないかな。


美来くんの腕の中で幸せなはずなのに、ぼんやりとそんなことを思ってしまった。





「え、バイト?」


2回目が終わってシャワーを浴びたら、ちょっと早いけど行っても困らないくらいの時間だった。

干してあったエプロンと三角巾をリュックにしまうと、美来くんは驚いた顔してそう聞いた。


「うん、急遽ね

 開店準備からなの」


冷蔵庫から出した麦茶をごくごく飲み干すと、そのまま私にキスをした。

麦茶で冷たい唇。


「遅くなりそうだったらラインしなよ

 迎えに行くし」

「ありがと」


やっぱり美来くんは優しい。


チュッとしたあとは、ガブガブしたキスになり、油絵の絵の具が染みた手が、体を撫でる。


美来くんのこの手がすき。


私が音を作るように、美来くんは真っ白な紙の上に世界を作るあげる。


「もう行く?」

「うん」


だけど私は、玄関を出ると口を拭く。




神田さんに会ってから2回目の週末だった。


あの日、困ったら電話してと言ったけど、電話するほど何かに困るようなことはなかった。

だから電話はしていないし、神田さんが飲みに来ることもなかった。


一つの傘に入ったとき、襟元に見えた甲田ホールディングスの小さなバッジが、修学旅行のあの日の電車を思い出させ


同じ物を付けてた光輝の姿が、ふと蘇った。


あの頃、何度となく光輝の襟元にそれを見ていた。



美来くんのアパートを出ると、容赦ない暑さが全身に張り付いて、一瞬で汗ばんだ。


「スズ!行ってらっしゃい!」


窓から美来くんが手を振った。






.



「青井ちゃん外の看板点けて~」

「はい!」


開店準備から入るのはまだ数回。

だから全然わかんない。


「17時予約が5組~17半が8組~」

ヘルプの社員さんが厨房でさっきから唱える。

「ビアまんたーーん」

「イエッサ!」

それに答えるのはトウモロコシの皮を剥き続けてる店長。

なんか開店って楽しい。


「青井ちゃん!」

「はい!」


「オーーープンザドァァァァァ」


「はい!」



ん?どうやって自動ドア開けるの?


モタモタ


ズコーーー!


あ、なんかキッチンがこけた。


「青井ちゃんテンポ!

 ドアーはい!ウィーン!でしょ今の!」

「いや逆に期待通り!」

アハハハハ


やっぱり出てよかった。

笑ってられる。



週末だけあって、今日も満席は続いた。

大人数の宴会もあり、仕事帰りのちょっと一杯もあり。

生ビール大ジョッキ250円キャンペーンだから、ビールとちょっとおつまみ食べて帰る人も多かった。


ピンポーーン


「お伺いしまーす!」

注文のジョッキを両手に二杯ずつ持って、呼んでるテーブルを電光掲示を見て確認する。

今日はホールの人数が少なかった。

「青井ちゃん2番俺行くから10番下げて」

「はい!」

いつの間にか社員さんもホールにいた。

「青井ちゃんパフェ入ってくれる!」

「はい!」


賄いをいただく時間もなかった。


ハタチの誕生日が刻一刻と終わりに近づいていく。


「店員さーーん!」

「はい!」


でも、アパートで一人、暑さに耐えながら塩ご飯食べるよりよかった。




.


「青井ちゃん今日ありがとうね、助かった」

「いえ!」

店長は帰り際、ありがとうと言ってくれた。

「お先に失礼します」

「気をつけてね!」


お店を出たのは22時を少し過ぎたとこだった。

忙しくて16時からノンストップ。

さすがに疲れた。足パンパン。

今日くらいエアコンつけてもバチ当たらないかも。


そんな事考えながらお店を出ると


「雨だ…」


昼間あんなに晴れてたから、雨が降るとは思わなかった。



どうしよう


ドアから少しずれて、大きなメニューの前の軒下で少し考えた。


傘買ったら、エアコンつけれないな。


なんでこの前買ったビニ傘持ってこなかったのかな。

もう買いたくない。



そう思ったとき、道を挟んだ反対側に

激安なファミレスが見えた。



お腹すいた。



お昼もちゃんと食べずに賄いも食べれず、こんな時間。



何か食べたいな。

美味しい物。

もったいないないかな。


美味しいものか傘かエアコンか


誕生日なんだもん

今日ハタチになったんだもん



誕生日はご馳走でしょ?



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え、電話?



ポケットからスマホを取り出すと、画面に出ていた名前は



「お母さん…」



なんで泣いちゃうんだろう。



「も…もしもし~!」

『あ、すずちゃん?』

お母さんだ…

「なになにどうしたの?」

会いたい…

お母さんに会いたい



『今日お誕生日でしょ?ハタチ、おめでとう』



こんな顔、お店の人にみられるわけにいかない。

私は横断歩道に走った。


鼻をすすらないように

泣いてるのがバレないように


『どうしてるの?

 麻衣ちゃんはね、お友達と誕生会だろうから

 電話は明日にしたらって言うんだけど

 一言だけでもね』


「今バイト終わって…」

『あらバイトだったの?』

「ん…どうしても出なきゃで…」

『ちゃんと出来てるの?迷惑かけてない?』

「バイトは楽しいよ」

『そう、ならいいんだけど』


カランカラン


ファミレスのドアを開けると、可愛い音が鳴った。


「イラッシャイマセーー」


『お店?』

「あ、うん」

『ハタチのお誕生日、楽しみなさい』

「うん…」



『すずちゃん、おめでとう』



寂しいなんて

帰りたいなんて


言えない



わがまま言ってこんなに遠い大学に行かせてもらってるのに。



「お一人様ですか~?」


「はい…一人です」



一人ぼっちがつらいなんて言えないよ。




お母さん



すずはピアノやめて



帰りたい。


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