異世界チート魔術師

内田 健

序章:異世界に旅立たされました。

第1話 プロローグ1

 パンダ模様のボールが抜けるような青空に舞う。

 退屈な授業のために教室に閉じ込められていた少年少女が、息を吹き替えしたようにグラウンドを走る。

 数学が終わって体育の授業。晴れた爽やかな天気に外を駆け回る。高校生になってもそれは楽しいに違いないのだ。


「太一!」


 一五メートル離れたところからボールがこちらに飛んでくる。

 サッカー部もかくやという見事なトラップでボールを受けた西村 太一の立ち位置は、ペナルティエリアの内側。これも巡り合わせか、マークが外れている。パスを出してきたのは現役のサッカー部だったはずだ。

 この好機を見抜いてパスを出してきたのだろう。流石は本職、センスと運動神経が優れるだけの太一とはやはり違う。

 トラップしたボールが地面につく前に、そんな思考を振り払う。今は負けているのだ、折角のチャンスなのだから決めなきゃ損損、というやつだ。

 助走してカッコ良くゴールネットを揺らしてやろうと意気込む太一の目に飛び込んできたのは……中学からの悪友の顔だった。その瞬間、全てのしがらみが太一から消え失せる。


「ボールを貴史の顔面にシュウウウウウッッッ!!」

「ちょ……ぶへっ!?」


 真っ当な使い方しろよと言いたくなるようなコントロールのシュートが、避けようとした貴史の動きを先読みしたかたちで飛ぶ。才能の無駄遣い甚だしい。

 見事な顔面ブロックと、グラウンドを転がるボール。足を振り抜いた太一と、イケメンと呼んでいい顔面を真っ赤にして後ろに倒れる貴史。


「超・エキサイティング!!」

「じゃかあしいわああ!!」


 バト○ドームゴッコで絶好のチャンスを潰した太一のチームは、案の定負けたのだった。






「太一テメエ! やってくれんじゃねえか!」

「いやあごめん貴史! お前の顔見たら当てなきゃイケないという天啓が……」

「ほう……覚悟は出来てるって事だな?」


 恒例のじゃれ合い。

 高校入学早々に、学年名物になっているのを、二人は知らない。

 そして、その名物にはもう一人。


「……相変わらずのバカ二人」


 若干ハスキーで耳心地の良い声が二人に届く。

 呆れを隠そうともしないその音色を、太一と貴史は当然知っている。


「お、凛か。やっつけてきたのか?」

「んなわけないでしょ。授業なんだから」

「そりゃそうか。お前チートだもんな」

「チートゆーな!」


 持っていたラケットを振り上げる凛に、素早く後退りする太一と貴史。

 吾妻 凛。

 小さい頃からテニスに打ち込み、ジュニアでは全国区の実力者である。

 相当に鍛え上げているはずなのだが、彼女を見る限りそんな印象は一切受けない。背は女子にしては高めで、出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいるモデル体型。十人中九人は「可愛い」と口を揃えるだろう整った顔立ち。背中まで伸びる黒髪は今はポニーテールにされてそよ風になびいている。姿勢の良さも相まって、立っているだけで絵になる少女だ。

 そしてイケメン小野寺 貴史。

 背は一八〇を超え、細マッチョの美少年。既に学年ではもてランキングトップ三に入っているのは、本人だけが知らないことだ。風の噂では、既に二人に告白されているという恐ろしい男。しかもどちらも結構可愛い女の子だったのに、即座に断りを入れたという全国のモテない男子の敵である。

 実は中学時代から凛が好きで、遊びなれていそうな見た目に反して実は告白する勇気が出せないヘタレ野郎な事実は、太一だけが知っている。

 そして西村 太一。美男美女に囲まれるモテない男子代表。特別イケてる顔面は持ち合わせておらず、背も凛と同じくらいの一六八センチ。

 成績は中の下、運動神経とセンスはいいが、苦労や努力が割と嫌いな性格が災いし、何をやっても器用貧乏。部活に明け暮れる青少年を敵に回している宝の持ち腐れが服を着て歩く存在。

 一見呑気な顔をしているが、彼にも悩みのひとつはある。彼と仲が良い貴史と凛が悩みの種だ。経済格差に匹敵するルックス格差を日々痛感するお年頃。

 一部の腐女子からは、貴史総責め、太一総受け、等という背筋も凍る妄想の対象になっている事は知らない。知らぬが仏ということわざを説いた昔の偉い人には拍手を送るべきだろう。

 これは日常の一コマ。いつもと変わらない日々。

 罵り合いすら楽しい。高校に上がって友達も増え、楽しさも倍増したのだ。貴史と凛の文句の言い合いを眺め、太一は自分が笑っている事に気付いた。

 少し考えて、この時間が好きなんだという結論に至る。


 何も、変わらないと思っていた。

 だが日々世の中は変わっていく。

 頭では分かっていても、実感するには、太一はまだ若かった。


『………ッ! …………ッッ!!』


「ん?」


 ふと何かが聞こえた気がして立ち止まる。

 振り返った太一が見たのは、人がいなくなって寂しげなグラウンド。


「気のせいか?」


 その呟きに応える者はいない。

 太一は踵を返し、遠くで呼んでいる友人の元に小走りで駆けていった。

 これが日常の終わりを告げるチャイムだと、当の太一には知るよしも無かった。

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