第10話 「写真部」

 土曜日深夜に旧校舎で大蛇の領域を作っていた大城戸可奈おおきどかなが朝から登校してきた。


 同じクラスでまともに話したこともないし、容姿をそれほど深く見ることもなかったが、改めて見ると染めているのか茶色い長髪が目立つ。


 昨日精密検査のために休んでいたこともあってか、今は友人であろう数人の女子に取り囲まれている。

 交友関係は意外と広そうだ。


「うちの学校って髪を染めるの校則でOKだっけ?」

「確かクォーターのはずだから地毛だよ。よく見たら目も青みがかってるでしょ。お爺さんが確かアメリカ人。横須賀がどうのと前に言ってたし、多分米軍かその業者関係なのかな」


 恵太の呟きを聞いたのか綾乃が答えた。


「よくそんなの知ってたね」

「このクラスになってすぐの頃に自己紹介してたでしょ。全部メモってたから」

「あれを?」


 1年の頃ならともかく、3年ともなるとある程度顔見知りだったりもあり、自己紹介は簡略簡素化されて最低限のことしか言っていなかったと恵太は記憶しているが、綾乃はそれを律儀にメモっていたようだ。

 綾乃はボロボロになった手帳を鞄から引っ張り出してパラパラとページを捲っていった。


「何がネタになるか分からないからね。まあこのメモ以上のことは知らないし、このメモを読むまでは半分忘れてたんだけど」

「流石、新聞部の部長」

「恵太も副部長でしょ。まあ昨日まで部員は2人しかいなかったんだけど」

「そうでした」

「ということで、昼休みに部室へ来られないか聞いてくるから」


 綾乃は軽い感じで可奈が他の女子と話している中へと半ば強引に割り込んでいき、少し何やら話した後に恵太の方へ近づいてきた。


「昼休みは他のクラスメイトとの先約が入ってたので、約束は放課後で」


 それだけ言うと自分の席へと戻っていった。


 午前の授業を受けて昼休み。

 チャイムが鳴ると同時に教室を飛び出して部室に行くと、恵太が着くより先に映子が既に部室の扉の前に座り込んで待っていた。


「友瀬さん、こんにちは」

「矢上先輩、こんにちは」


 挨拶をした後は特に会話が続くこともなく、2人で一緒に無言で部室の扉の前に座ってしばらく待っていると、綾乃が裕和と一緒にやってきた。

「なんでそんなに仲良くする必要が」と一瞬眉をひそめるが、すぐにその表情を戻した。


 裕和が台車をゴロゴロと押しながらやって来たからだ。

 台車を借りてきて、部室まで運ぶために一度裕和と合流する必要があったのだろう。


「今日は早めに食べて、残りの時間で写真部の部室から荷物を運び出すよ」

「昼休み中に?」

「だって放課後は大城戸さんに説明したり、旧校舎の様子を見に行ったり色々あるでしょ。だから小森を連れてきたってわけ」

「台車も借りてきたから、これで一気に運ぼう……運べるのかな?」

「現像の機材は止めてる金具を外さないと動かせないので、外し方を調べないと。まずはカメラとアルバムを」


 裕和が運んできた台車のサイズを見ながら映子が答えた。


「俺が先に始めておくよ。今日も昼飯は菓子パンだからすぐに食い終わるし。まずは何からやればいい?」

「アルバムを図書室に運ぶのをお願いできますか? 司書の先生にはもう話はしていて、図書室の返却棚に入れておけば良いらしいので」

「ならアルバムをさっさと図書室に運んでくる」

 

 そう言うと裕和はムシャムシャと菓子パンを一気に口の中に詰め込み、水筒のお茶で一気に流し込むと足早に部室を出て表に置いていた台車を押して行った。


「真面目だなぁ」


 綾乃は弁当を食べる手を止めて裕和が飛び出して行った扉の方を見ていた。


「絶対悪い人じゃないのは分かる。何にでも一生懸命だし、あれを見て嫌いになる人はいないでしょ」

「小森先輩ばっかりに頼るのも悪いので私もすぐに食べて手伝いますね」

「いやいや、映子ちゃんはゆっくり食べて。体に悪いよ」


 綾乃が弁当をかきこもうとした映子を止めた。

 それでも早く手伝わないとと、気持ち若干早めに食事を終えて、3人で新聞部の部室を出たところで、台車を押した裕和が早くも戻ってきていた。


「アルバムは全部運んだけど次はどうする?」

「もう? 早すぎない?」

「体力には自信があるからね」


 裕和が運んだというのだから、それは信じて良いだろう。

 短い付き合いだが、裕和は嘘をつけない善人であり、雑なことはしない性格ということはわかるので、そこは安心していいだろう。


「次はカメラを運びたいと思います。これは大切なものなので丁寧にお願いします」

「なら、それは台車でまとめて運ばない方が良いな。落としたら大変だ」

「一人一つずつ運んでいこうか」


 写真部の元部室の扉を全開して、棚に置かれているカメラを運んでいく。

 どれも金属のドッシリとした重みのある本体に大きなレンズが取り付けられた一眼レフだ。

 細かい傷は無数に付いているが、ピカピカに磨かれており大事にされていたことが分かる。


「これビンテージ物みたいだけど、売ったら高いのかな?」

「綾乃はさぁ」

「値段はつかないと思います。昔の部員が部費でやりくりして買った中古品ばかりで、しかも歴代の部員があちこちぶつけてボロボロなので」


 無視しても良いはずなのに、映子は綾乃の冗談に対して律儀に答えた。


「だから部室を出ていけと言われた時に、全部ゴミだから捨てろ言われました」

「でも写真部の歴史が詰まっていると。ならそれはゴミじゃないでしょ」

「はい。だからなるべく残したいです」

「というわけで、これは写真部の宝、学校の歴史だから、大事に運ぶように!」


 綾乃の号令を受けて恵太と裕和はそれぞれカメラを持って新聞部の部室へと運んでいく。


「そうだよな。それだけの思い出があるならゴミじゃない」


 4人で手分けしただけあって、昼休みが終わるまでに全てを運ぶことが出来た。

 今のところは置くスペースがないので、箱に詰めて隅に置いているだけだが、そのうち部屋を整理して飾る必要があるだろう。

 

 あとは現像の機材と細かな文具類などが残っているが、機材以外は次に部屋に入る部活が使うので移動させる必要はない。


「このカメラってまだ使えるの?」

「メンテナンスはちゃんとしてるので使えますよ。フィルムと現像代が高いので気軽には撮れませんけど」


 恵太はカメラの一台を手に取った。

 

 元々綾乃の手伝いとして新聞部のカメラマンとしてデジカメやビデオカメラでの撮影は頻繁に行っていたのでカメラについての興味や知識はそれなりにあるつもりだった。

 なので、大事に使われていたカメラに少し興味が湧いてきたというのはあった。


「せっかくなのでこのカメラでちょっと撮ってみたいんだけど、使い方を教えてもらってもいいかな?」


 恵太が軽い気持ちで言うと映子がものすごい勢いで食いついてきた。


「何から説明すれば良いですか? 練習用のフィルムはストックがたくさんあるのでまずはそこからやりましょうか? 今すぐにでも撮れますよ」

「あっいや」

「矢上先輩が持ってるのはオートフォーカスのカメラなんですけど、これは専用の高い電池じゃなくて、普通の乾電池で動くので安くて済みます。レンズも現行のデジカメと互換があって――」

 

 映子は今までのキャラクターが嘘のように早口でまくしたててきた。


 あまりの勢いに恵太はもう負けそうになっていた。

 助けを求めるように綾乃の顔を見るが、ただ笑みを浮かべているだけだった。


「可愛い後輩に色々教えてもらえるみたいで良かったね」

「たすけて」


   ◆ ◆ ◆


「矢上、2年の女子が来てるぞ」


 放課後になった途端、クラスメイトから声をかけられて教室を出ると満面の笑みを浮かべた映子がカメラを持って待っていた。


(少し話をしただけなのにまさかそこまで?)


 そう思いつつも恵太も男だ。

 可愛い女の子が待ってくれているという事実に抗うことは出来なかった。


「それじゃあ先輩、まずは写真を撮りに行きましょう」


 昼休みに勧められたフィルムカメラを渡されたので、それを抱えて映子に付いて歩いていく。


「でも放課後はみんなで集まるはずじゃ」

「分かってます。だから旧校舎の裏に行ってそこでアル君を喚んで神父の場所を調べたら戻ります。そのついでに何枚か撮りましょう」

「もう撮ることがメインになってるよね」

「でも楽しいですよね」


 恵太は神父の調査もあるのならと自分を納得させて映子と一緒に旧校舎の裏へと向かう。


 周囲に人気がないことを確認してから、映子は赤い孔雀……アルゴスを喚び出す。


「神父は動いてないですね。B10Fのままです」

「どれどれ」


 モニターを覗き込むとやはり昨日と同じく不敵な笑みを浮かべた神父と、B10Fの表記が映り込んでいる。


「この画面はスマホで撮れるのかな?」


 試しにスマホを取り出して撮影すると、しっかりと撮影できた。


「これでみんなには説明できるかな」

「じゃあ消しますね」

「あっ、ちょっと待って」


 恵太はスマホを映子に向けてシャッターボタンを押すと、映子とアルゴスの姿が綺麗に撮影された。

 領域テリトリー内に湧いている紫の煙さえなければ使い魔をカメラで撮ることは出来る。これは有用な情報だ。


「モニターだけじゃなく使い魔自体も写るんだ」

「もう、急に撮らないでください」

「ごめん、使い魔がちゃんと写せるのかなってのを調べてなかったので」


 恵太は撮影した画像を映子に見せると、映子は頬を膨らませた。


「ほら、急に撮るから私がブレちゃってるじゃないですか。半目で変な顔だし」

「ごめん。この画像は消すから」

「そうですよ。撮るならもっと綺麗に撮ってください」

「撮ることは良いんだ」

「写真は好きなので」


 映子はそう言うと小さい鏡と櫛を取り出して髪を整えた後にアルゴスと一緒に立つ。


「さあ、綺麗に撮ってください」

「綺麗にって」

「先輩はまずはスマホで撮れるようになってください。その後にフィルムカメラで撮っていきましょう」


 綾乃はここまでこだわらないのになと思いながらもスマホを向ける。


 綺麗に撮るというのはどういうことか分からないが、なるべく可愛く撮れば良いのだろうと頭をひねる。

 余計なものは写さず、角度を考えて、瞬きで目を瞑っている時に被らないように、太陽の光が雲で遮られないように……考えるといくらでも湧いてくる。


 色々と考えた後にシャッターボタンを押すと笑顔の映子が撮影できた。


「なるほど、これが写真を撮るってことか」


 恵太は少しだけ写真というものを理解できそうだと思った。そして、次は手にしたカメラで映子を撮ってみたいと。

 

「うん、綺麗に写ってます」


 映子が恵太のスマホを覗き見ながら言った。


「写真については私の方が先輩なのでなんでも聞いてくださいね」

「うん、色々と教えてもらうよ」


 それから30分ほど、恵太は映子に教わりながら、カメラで旧校舎周りの風景や花などを撮りまくった。

 10枚ほど撮った段階でカメラからモーター音が聞こえてきた。

 どうやら中に入っているフィルムを使い切ったので、自動巻き上げが始まっているようだ。


「さっき入れたのは12枚撮りのフィルムだからこれで終わりですね」

「それじゃあ部室に戻ろうか。みんな待ってるだろうし」

「はい。今日の写真の現像が楽しみですね」


   ◆ ◆ ◆


 恵太と映子が部室に戻ると、綾乃と裕和が深刻な顔で座っていた。


「何があったの? 大城戸さんは?」

「大城戸さんには帰ってもらったよ」


 綾乃が頭をかきながら言う。


「どういうこと?」

「結論から言うと、彼女からは使い魔を喚ぶ能力が消えていたんだ」


 裕和が恵太に言った。


「記憶もだ。彼女は神父のことも使い魔のことも何も覚えていなかった。分かっているのは理由も分からず深夜の学校で倒れているところを俺達に保護されたってだけ」

「その件でお礼の言葉はもらえたんだけど……流石にそれ以上の話は続けられないから帰ってもらったよ」


 綾乃が困った顔で続ける。


「映子ちゃん、念のために大城戸さんを調べられられないかな? まだ学校の中にいるはずだから、アルゴスで検知できると思う」

「はい、分かりました」


 映子がライターを点火してアルゴスを喚び出し、可奈の調査を行う。

 映子の前に浮かび上がったモニター上に可奈の姿が映像として表示されるが、本人の横には何も映っていない。


 恵太や綾乃と同じならば、可奈の横には例の足の生えた蛇が映りこむはずだ。

 それが何も映らないということは、使い魔を召還する能力は失われているという解釈で大丈夫だろう。


「ありがとう。もう消しても大丈夫だよ」


 綾乃に言われて映子はライターを消火してアルゴスを消す。


「朗報としては、別に神父を捜さなくても能力は消せるんじゃないかということ」

「その割には深刻な顔だけど」

「条件が全然分からないからね。暴走した使い魔を倒せば能力が消えるのなら、映子ちゃんのアルゴスも使えなくならないとおかしいわけだし」


 恵太は映子の顔を見る。

 確かに綾乃の言うとおり、アルゴスが使えなくなっていないのはおかしい。


「映子ちゃんの場合は暴走状態から倒すまで30分もかかっていないから、長時間暴走させた状態から使い魔を倒すってのが条件かもしれない」

「暴走させることが前提か」


 綾乃が深刻な顔をしている理由が分かった。


 能力を取り消す方法が一度暴走させた上で長時間放置して、その上で使い魔を倒す必要があるということならび、それなりのリスクがある。


「時間の基準が分からないから、暴走してから倒されるまでの時間が短ければ能力は消えないかもしれない。そして、時間が長すぎると、そのまま使い魔の養分になって死んじゃう可能性も出てくる。それを試したい?」

 

 恵太は首を横に振る。

 流石に曖昧過ぎる情報で危険な賭けを試したくはない。


「もう一つ考えられるのは、大城戸さんが出した蛇にトドメを入れたのは上戸さんだったので、あの人が能力を解除する鍵じゃないかという可能性。ただこれは根拠が薄い上に、結局暴走はさせないといけない」

「暴走していない状態で上戸さんの攻撃を受けることで消える可能性は?」

「それも何が起こるか分からない。上戸さんには週末にまた横浜に来てもらうように話をしたから、その時に一回やるだけやってみよう」


 何もかも分からないことだらけだ。

 今はこうやって、一つ一つ試していくしかない。


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