第9話 「地下10階」
「もう一度確認したいけど、あの神父は旧校舎にいるのよね」
「アル君の出した映像にはそう映ったので」
映子の能力で神父の姿が映し出されたことからについて綾乃が再確認を行う。
アルゴスは既に消しているが、恵太、綾乃、裕和が映像に神父が映ったことについては確認している。
「問題はあれが罠なのか、それとも映子ちゃんの能力が本当に有効だったのかの2パターンが考えられるけど」
「僕は罠と思うな。あの神父って完全に映ってると分かっていてる顔だったし」
恵太はさすがに罠だろうと考える。
これがまだ日曜日ならば分かるが、一昨日の深夜に旧校舎で出会った神父がまだそこから出ずに残っているというのは違和感しかない。
「でも、ここで見過ごすのも何か違うと思う。もし本当に神父が隠れているならば、ここで見逃したことをずっと後悔することになるだろうし」
恵太は意見の確認のために綾乃と裕和の顔を見る。
「俺も矢上君と同じ意見だ。罠の可能性は高いのは分かっているけど、それでも何かしらの手掛かりは掴んでおきたい」
「私は危険なことは反対……と言いたいところだけど、流石にあそこまでハッキリ映っちゃった以上はね」
3人の意見は一致ということで良いようだ。
「上戸さんの意見はどう?」
「今は仕事が忙しいみたいで電話も繋がらないんだ。LINEは既読になったけど返信はスタンプだけだし」
裕和はそう言うとスマホの画面を見せてきた。
LINEの通知画面には何かのゲームのキャラのスタンプが貼られていた。
三角帽を被った魔女のキャラクターのようだが、スタンプに書かれた文字が「クッキーをどうぞ」である。
どういう意図でそれを送信してきたのか意味が分からない。
「このスタンプってどういう意味?」
「あの人、自分のスタンプを見つけてからは嬉しがってこれしか使わないし、多分意味なんてないよ」
「自分ってどういうこと? 髪や目の色は確かにこのキャラと同じだけど」
「それはそのうち話すよ」
あらゆる点で意味不明だが、今回は頼ることは出来ないだろうということは分かる。
ここにいるメンバーだけで何とかするしかない。
「あとは映子ちゃんだけど……さすがに付いて来いとは言えないかな」
それについては恵太も同意だ。
昼に保健室に行っていた後輩の娘をさすがに危険地帯に連れていこうとは思えない。
「でも、私が行かないと詳しいことは分からないと思うんです。ここはやらせてください」
映子が強く言うと綾乃もさすがにそれ以上は言えなくなった。
「可愛い後輩がこう言ってるけど、男子はどう思う?」
「僕が何としても護る! と言いたいところだけど、防御だけなら小森君の方が向いていると思う」
恵太は裕和の方を見た。
裕和が出す堅固な壁による防御力については恵太は何度も見ており、信頼している。
あの壁ならば少々何があっても映子を護ってくれるはずだ。
「矢上君の言う通り、俺が友瀬さんの防御に回った方が良いとは思う。体力面でもサポート出来ると思うし」
裕和は一度しゃがみ込んで映子に目線を合わせた後に手を差し出した。
「3年、しかも会ったばかりの人ばかりで不安だろうけど君の能力が頼りだ。よろしく頼む」
「あの……よろしくお願いします」
映子は裕和に挨拶をするとその手を取った。
「さて、フォーメーションも決まったし行きますか」
綾乃はかかとで椅子を蹴飛ばしながら勢い良く立ち上がった。
「待った。今日は流石にみんな疲れてるし、一応撤退ラインを決めておこう。神父の情報は気になるけど、無理はしたくない」
裕和が綾乃に静止をかけた。
それを聞いた綾乃は「それなら」と言って綾乃は時計を見る。
「今が16時だから下校のチャイムが鳴る17時に撤退で良いんじゃない? 今日のところはあくまで神父が旧校舎にいるかどうかを調べてサっと帰る。戦闘はなるべくしない」
「良いラインだと思う。友瀬さんも流石に疲れているだろうから、早く帰らせてあげないと」
「私も誰かさんの人間ジェットコースターに巻き込まれたせいで疲れてるんですけど!」
綾乃が厭味ったらしいことを言いながら裕和を指先でつつく。
「はいはい、柿原さんもお疲れ様なので早く帰ろう」
「私に対しての扱いが雑ぅ!」
「だって……さぁ」
綾乃が裕和と楽しそうに言い合いを始めたのを見た映子が恵太に近寄ってきた。
「あの2人って付き合ってるんですか?」
「いや全然。一昨日まで面識もなかったし、そもそも小森君は彼女持ちだし」
「えっ、でもなんか距離感が……」
綾乃が裕和へ向けている視線を恵太は追う。
表情はいつもの綾乃だ。
ただ、それを向けているのが恵太ではなく知り合ったばかりの隣のクラスの生徒というのだけが気になった。
綾乃とは単なる幼馴染で兄妹のようなものなので、別に誰と付き合おうと関係ないのだが、どうもモヤモヤする。
「チームとして打ち解けられただけだよ。友瀬さんも僕らを先輩だと意識しなくてもいいから、もっと気楽に接してくれていいよ」
「はい。小森先輩や柿原先輩はちょっと話しかけにくいですけど、矢上先輩は話しやすいです」
嫌われているわけではないが、年下の後輩に「話しかけやすい」と言われても、身長の低さと童顔のせいで年下と思われていることの証明にしかなっていない。
矢上は怒るわけにもいかず、単純に笑うしかなかった。
「あんまりここで雑談してると探索の時間がなくなるよ。そろそろ行こう」
恵太は全員にそう呼びかけた。
◆ ◆ ◆
旧校舎へは綾乃の案内で一度学校を出た後にぐるりと回りこんで裏門から学校敷地内に入り直した。
そこから植木へ隠れるようにして非常階段前に移動する。
「暗い時と違って明るい時は入るのが大変なんだから困るよね」
「なんでこんな侵入ルートを知ってるんだ?」
「新聞部なんてやってると変な知識が入ってくんのよ。うちの学校の施設の侵入方法なら屋上も含めてどこでも把握済よ」
「それって自慢できるようなことか?」
綾乃は自慢するように言った後に旧校舎の非常階段を登り、一人で施錠されていない窓へとその身を踊らせて旧校舎内へと侵入する。
そこからドアのサムターン錠を開けて恵太達を校内へと案内する。
「お客様ご案内ーっ」
「綾乃、犯罪だけは止めてね」
「犯罪なんてするわけないでしょ」
「立ち入り禁止の旧校舎にこうやって忍び込んでいる時点でグレーゾーンだけどね」
恵太はそう言うと真っ先に校舎内へと入る。
映子が続いて入り、最後に裕和が入って扉を閉めた。
「カメラ持ってくれば良かったです。学校の中にこんなに良い雰囲気の場所があったなんて」
映子が旧校舎の風景が珍しいのか、キョロキョロと眺めまわしては片目を瞑り、両手の親指と人差し指で四角を作っている。
写真を撮影するならこの構図というのをイメージしているのだろうか。
「撮影はダメだからね。違法侵入した証拠になっちゃうから」
「あうっ……確かにそうですね」
綾乃に言われて映子はしょげて肩を落とす。
「なのに深夜の校舎に忍び込んでビデオカメラで撮るのはOKなのか」
映子への撮影禁止の話を聞いていた裕和が呆れたように言った。
「匿名希望さんからのタレコミってことにするつもりだったから……あっ代わりの新聞記事を何か考えないと。幽霊少女ネタはもう使えそうにないし」
「その話は今やることじゃないだろ」
「小森も今は新聞部なんだから何か記事の代案考えてね」
綾乃の案内で数多く有る教室のうちの一つに入る。
内部は机や椅子などが積み上げられて倉庫のようになっていた。
「ここなら窓が机で塞がっていて外から視られる心配がないから侵入がバレないし安心。映子ちゃん、遠慮なくやっちゃって」
「ではやりますね……出てきてアルゴス!」
映子が静かにライターを添加させると、赤い孔雀がその姿を現した。
「人捜しをお願い。見つける人は神父さん。分かるよね」
赤孔雀は一度頷いた後に、眼球が付いた尾羽を広げると、映子の前に半透明のモニターが表示される。
「反応有りです。場所は……ここの地下?」
「地下!?」
映子は怪訝な顔をしながらモニターの表示を指差す。
そこにはB10Fの表記と不敵な表情で肩肘を付いて椅子に座っている神父の姿が表示されている。
ただ、その姿は微動だにしない。
「これ動画? 全然、映像が動かないんだけど」
「動画のはずです。音は入りませんが」
「まあ目で視たものだから、音声は入らないよね」
恵太が赤孔雀の尾羽を見ると、そこに無数に付いている眼球が動いて目が合った。
気持ち悪さに耐えきれず、思わず目を反らす。
「このモニターに表示されてるB10Fって字は地下10階ってこと?」
「それは間違いないと思います」
映子がそう言うと映像が切り替わった。
恵太と映子が並んでおり、少し離れた場所に裕和と綾乃が立っている。
モニターの左上に表記された文字は「2F」。地上2階ということで間違いなさそうだ。
つまり、先程のB10Fはやはり地下10階を現しているものだと推測できる。
そしてまだ使い魔を喚んでいないはずなのに、何故か恵太の横にはカボチャ頭の怪人、綾乃の横には原子核の模型のような火の玉が浮かんでいた。
ただ映子と裕和の横には何も映っていない。
映子は孔雀の能力で映像を表示させているので、自分は映せないのだろう。
裕和は本当に何もなし。
ただ、映像に微妙にノイズのようなものが紛れ込み、たまに裕和の姿がスッと黒塗りされて見えなくなる時が有る。
「小森先輩が映らないのは?」
「やっぱり俺は異世界帰りだからかな? アルゴスの能力で分析できないのかもしれない」
裕和はモニターの映像を視ながら変なポーズを取るが、やはり映像が変化することはなかった。
「神父は映るのにな」
「神父も動画じゃなく静止画でしか映ってないから、やっぱりバグってるんじゃないのかな?」
「それかやっぱり罠。このアルゴスの能力で地下への地図とか出せないの?」
「どうやれば良いんでしょう? やり方が分かりません」
逆に映子に質問されると綾乃が固まった。
「うーん、実はナビ機能が付いてるとか。経路検索アプリとか入ってない?」
「ないと思います」
ここに来て手詰まりだ。
ただ、一応本日の目的だけは果たせたとは言える。
「でも旧校舎に地下なんてあるのかな?」
「地下の表示も含めて罠なのか、また次元が歪んでいて、特定の場所に行ったら地下のダンジョンへ強制的に誘い込まれるってのはあると思う」
その時、本校舎から17時を示す下校のチャイムの音が聞こえてきた。
綾乃が両手をパンと音を鳴らして打ち合わせる。
「残念だけど今日はここまで。続きは明日ね」
「明日は大城戸さんが登校してくるから、そちらにも話を聞かなきゃだけど」
「そうだ、それが有ったわ」
恵太が指摘すると綾乃は頭を抱えて悩み始めた。
「明日は大城戸さんへの説明会がメインだけど、隙を見ても映子ちゃんの孔雀で神父が地下にいるかどうかのチェックだけはやろう。もしも明日も動かないようなら罠確定ってことで、このまま上戸さんが来る週末まで延長でいいかもしれない」
「急がなくても大丈夫かな?」
「だって地下10階の表示を視たでしょ。普通に階段を降りていくだけでも相当時間がかかるだろうし、平日の放課後でチョチョイと片付けるのは無理よこれ」
綾乃の指摘ももっともだ。
地下10階ということは階段を降りるだけでも相当な労力がかかるだろう。
軽い気持ちで無策で突っ込むととんでもないことになりそうだ。
最低でも水分補給のための水筒かペットボトルでも持って行かないと大変だろう。
「じゃあ今日は解散。また明日の昼、部室に集まってね」
若干拍子抜けだが仕方ないと恵太は割り切る。
「それじゃあ綾乃、帰ろうか」
「恵太は先に帰っておいて。私は小森と一緒に買い物に行くから」
「俺が? なんで?」
裕和が不思議そうに言った。
恵太も、綾乃がそんなことを言うのは予想外だった。
怪訝そうな顔の裕和を見て綾乃はその肩に手を置いた。
「大城戸さんの分のオイルライターを友瀬さんに渡しちゃったでしょ。だから予備を今日中に買って用意しとかないと」
「それは分かるけど、なんで矢上君じゃなくて俺なんだ?」
「だって私はライター買うお金持ってないもの。小森なら持ってるんでしょ」
「まあラビ……上戸さんからある程度の活動資金は預かってるけど」
「ほらやっぱり。仲間なんだからそのお金を使わせて貰っても良いでしょ」
綾乃は肘で裕和をこつきながら言った。
「恵太は映子ちゃんを、ちゃんと家まで送り届けること。分かった」
「分かったけど……」
その日は旧校舎から脱出して裏門から学校を出たところで解散になった。
綾乃と裕和が仲良さそうに歩いていくのを恵太は無言で見守る。
「柿原先輩を追わなくて良いんですか?」
「ちょっと買い物に行くだけだし気にしなくていいよ。どうせ坂を降りてすぐのところのホムセンだろうし。それよりも友瀬さん、家まで送るよ。今日は色々大変だったと思うけど」
恵太は映子に優しく微笑みかけた。
「そうですね。今日は本当に色々ありましたので、家でゆっくりしたいです」
「本当にお疲れ様。明日からも大変だと思うけど、よろしく頼むよ」
「はい。よろしくお願いします。矢上先輩」
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