第8話 「アルゴス」

「みなさん、ご迷惑をおかけしました」


 例の写真部部員、友瀬映子ともせえいこが保健室から教室に戻ったと聞いた恵太達は放課後に2年の教室に様子を見に来たところ、開幕で謝罪の言葉を受けた。


 放課後ということで残っている生徒は少なかったが、それでも映子の謝罪は教室中に響いたようで、視線が一斉に恵太達へと集まる。

 

「あ、いや……それよりも体調はもう大丈夫そうです?」

「保健室では貧血だろうって言われましたけど、寝ていたら楽になりました」

「そう良かった」


 映子は見るからに小柄細身で、普段からそれほど体力がないのだろう。


 保健室に連れて行った時にも「またいつもの」と言われていたので、すぐに教室へ戻されたのもそれが理由かもしれない。


「それはそうと、重要な話があるんだけど」


 声のトーンを落として綾乃が映子に話しかける。


「もしかしてアル君……あの赤い孔雀のことですか?」


 映子も小声で綾乃へ返す。


「覚えてるの?」

「途中までは」


 どう事情を説明しようか悩んでいた綾乃にとってもこれは朗報だったようだ。

 恵太にしろ、能力とは何か? という部分の説明を省けるのはありがたい。


「ここだとなんだし、うちの部室に来ない? 新聞部なんだけど。3年ばっかりだから不安だろうけど、安心して欲しい」

「3年?」


 映子の視線が高校3年生にしては小柄な恵太に向いた。

 しばらく見つめ合っていたが、やがて映子がネクタイの色から自分と同学年ではなく、恵太の方が先輩だと気付いたのか頭を下げた。


「すみません。つい私と同学年かと」

「いえ、それは慣れているので」


 恵太にとっては悩みの種だが、いつものことなので流石に怒るわけにもいかず、ただ愛想笑いを浮かべた。


「もちろん体調が良くなくて早く帰って寝たいというなら止めないけど」

「いえ、行きます。行かせてください。私も聞きたいこと、話したいことがあります」


 体調の確認をした綾乃に映子ははっきりと答えた。


「なら決まりね」

「なら3人は先に行っておいて。俺は自販機で何か飲み物を買ってくる。何かないと話しにくいだろ」


 裕和が手を挙げて提案した。

 

「飲み物って私はちょっと財布が厳しいんだけど」

「それくらいは奢るよ」

「うわっ金持ちだ。やっぱり異世界から持ち帰った品でたんまり儲けたりしたの?」

「あっちから持って帰ってきたのは装備を除けば写真一枚だけだよ。他の持ち物は戻る時に全部処分してきた」

「写真? ファンタジー世界なのに?」

「カメラが有る世界だったんだよ。あと普通のファンタジー世界じゃなかったから」

 

 それだけ言うと裕和は駆け出していった。

 戦闘時の常人を越えた速度ほどではないが、かなりの速さだ。

 あれならばすぐに飲み物を買って戻ってくるだろう。


「カメラ? 異世界の写真?」


 映子が写真部らしくその単語に食いついた。


「その件については私も詳しく聞いていないんだけどね。この際だし小森にはっきり聞かせてもらうかな」

 

   ◆ ◆ ◆


「私のところにアル君……アルゴス……あの鳥が出てきたのは昨日の朝でした」


 映子は何が有ったのかを話し始めた。


「最初は何だろうと思ってたんですけど、名前とか出来ることがどんどん頭の中に入り込んできて」

「それは私達と同じだ」


 綾乃が答えると映子は驚いて席を立ち上がった。


「実際に見てもらうのが早いかな。ヤマンソ!」

「ジャック・オー・ランタン!」


 恵太と綾乃がライターに点火して使い魔を喚び出す。


 それを映子は口を開けてポカンと見つめていた。

 2人はライターを消火して使い魔を消す。


「まあこんな感じ」

「もしかしてあの子をまた喚んだり、消したり出来るんですか?」

「多分大丈夫とは思うけど」


 綾乃は自信なさげに答える。


 綾乃も恵太も暴走前に制御に成功した例であって、まだ一度暴走した後に倒して消滅した後に使い魔として喚べるかの検証は済んでいない。


 それは明日に大城戸可奈が投稿してから確認しようと思っていたことだからだ。


「その前に確認したいことがあるんだけど良いかな?」

 

 恵太が映子に話しかける。


「友瀬さんは昨日か一昨日、神父に出会わなかった? 肌が褐色の外国人で……」

「それなら見ました。一昨日の午後です」


 恵太は当たりだと思い、綾乃の方を見ると無言で頷いた。


「山で花と景色の写真を撮ろうと思って朝から出かけていて、日が暮れそうになったので家に帰る途中に変な神父に会いました」

「それで、その神父は何と?」

「急に何か祈り始めたので、宗教の勧誘と思ってすぐに逃げました。ただ、通りがかりざまに『君が2人目だ』と言われたのが気持ち悪くて」


 映子はそう言う怖気を感じたのか両肩を抑えた。


「神父に会った場所は?」

「山から家に帰る途中です」

「なるほど、ありがとう。怖いことを思い出させちゃったね」


 綾乃が優しく声を掛けると映子も安心したようだ。


「大城戸さんが1人目、友瀬さんが2人目って解釈で良いのかな? そして僕が3人目で綾乃が4人目」

「いや違う」


 ここで裕和が口を挟んだ。


「あの旧校舎で上戸さんがこの事件は2件目だと言ったと思うのを覚えてるかな」

「そう言えば、そんな話をしてたよね」


 恵太が記憶を掘り起こす。

 旧校舎で佑がそのような話をしていた。


 使い魔ディペンデント領域テリトリー、エネミーなどの名称も佑が言ったことで、使い魔を召喚するためにライターを使うよう支持したのも祐だ。


 佑と裕和は自分達の知らない1件目の事件に遭遇して、そこで1人目の召喚者に会っている可能性が高いと推測した。


「俺達がここへ来る前に解決した事件が1件あるんだ。そこで会った人がおそらく1人目」

「じゃあ大城戸さんは今の友瀬さんの話から推測するに3人目?」

「3人目以降だよ。友瀬さんと大城戸さんとの間に何人入るのかわからない」

「もちろん大城戸さんと僕との間にも何人か居る可能性が有ると」

 

 裕和が頷いた。

 まだ似たような能力者が数人居るのかと恵太が頭を悩ませていると、綾乃からツッコミが入った。


「男子2人、今はその話はいいでしょ。それより友瀬さんの話を聞きましょう」

「うん、ごめん。ちょっと気になったので」


 それもそうだと恵太は納得する。

 映子が話をしている最中に割り込むのは良くない。


「それで使い魔が出てから何があったの?」

「アル君の消し方が分からなくて、昨日は抱いて寝て、今日はみんなに見つからないように鞄に詰め込んできました」

「詰め込めるってことは普段は小さいの?」

「肩に乗るくらいです。なので最初は孔雀じゃなくて文鳥の仲間かと思ってました」

「あのレーザーをバラ撒くやつが文鳥?」


 綾乃は思うことがあったのか目を閉じて目頭を摘んで何やら考え出す。


「それで昼休みに退去命令が出ていて誰も居ない部室に隠れて何かをやろうとしたと」

「同じような力を持った人がいるのかな? と思って学校中にスキャンをかけたところまでは覚えてるんですが」


 恵太にも暴走原因がなんとなく見えてきた。


 丸一日使い魔を喚び出したままでペットとして何の命令も与えないまましばらく放置。

 その後に学校の全生徒へのスキャンという負荷のかかる命令を受けたことで、映子が扱える限界を超えてしまったのだろう。


「うん、まあそれは仕方ない。幸い被害も出てないので無罪! 映子ちゃんは気にしなくていいからね」


 綾乃は映子に心配をかけさせないためか、明るく言った。


 恵太も映子に何か責任があるとも思っていないので賛成だ。

 裕和も同じ意見のようだ。


「それで……私はどうすれば?」

「そのアルゴス君を放置すれば危険なのは分かるよね。だから、私達と一緒に神父を捜すのを協力して欲しいんだけど」

「神父を?」

「そう、神父を捕まえてこのわけのわからない能力を取り消させる。それが私達の目的。協力してくれるよね」

 

 綾乃の話を聞いた映子は何かを考えているのか、口を閉ざした。


「あの、条件が一つあるんですけど良いでしょうか?」

「何かな?」

「写真部に置いている機材なんですけど、それをこの新聞部の部室に置いてもらえないでしょうか?」


 映子の提案は意外なものだった。


「もしかして部室を追い出される時に全部処分しろって言われてる?」

「アルバムは図書室が引き取ってくれるんですが、先輩から受け継いだフィルムカメラや現像の機械なんかは使わないからリサイクルショップに売るか捨てろって言われていて。でも……」

「うちも来年には廃部確定だから問題の先延ばしにしかならないよ」

「それでもなんとかします。してみせます!」

 

 それまで物静かなイメージだった映子が強く言うのを見て、綾乃がたじろいだ。

 だが、映子の意思の綾乃に強さは伝わったようだ。

 綾乃がそういう浪花節に弱いことは僕が一番知っている。

 

「じゃあ条件を1つ付けよう。来年に新1年生を勧誘するまでは新聞部の部員として活動すること」

「えっ?」


 綾乃の提案に逆に映子の方が驚いていた。

 

「うちも専属カメラマンが欲しいと思ってたんだ。だから、うちに来てくれるなら大歓迎。それでこの部室に機材を置く名目も出来るし、来年には私達は卒業して逆に新聞部が廃部になるから、あとはこの部を乗っ取ってもらって構わない。そうすれば写真同好会との棲み分けも出来る」

「私は花の写真を撮りたいだけで……」

「なんとかするんでしょ!」


 今度は綾乃の強い声に映子の方が押されているようだった。


「卒業していなくなった写真部部長が言ってたよ。人によって、それぞれ得意と好みがあるけど、それしか撮らないのはダメだって。苦手ジャンルにも挑戦してみることで、初めて撮れるものもあるって」

「部長がそんなことを……」

「まあこういうことは先輩を頼りなさい。悪いようにはしないから」

 

 綾乃は席を立ち上がり、映子の肩に手を置く。

 

「写真も神父捜しも、どっちも頑張ろう。この新聞部で」

「はい!」


 そして綾乃と映子は握手をした。

 恵太と裕和も自己紹介をしながら握手を交わす。


「なんでもいいけど俺も新聞部の一員ってことになってない?」

「なってるけど。もう書類も出したし」

「何時?」

「さっき」


 綾乃は裕和に「お前も部員登録してるぞ」とあっさりと衝撃の事実を告げた。


「俺、勉強とか有るから部活動してる時間はないんだけど」

「でも今後聞き込みとかする上で新聞部の取材って建前を使えるのは大きいでしょ」

「まあ……それもそうだけどさ」

「じゃあ決まりね」


 呆然としている裕和の背中を恵太は叩いた。


「まあ新聞部の部員同士仲良くやろうよ」

「部員と言うか柿崎さん犠牲者クラブかな」

「うん、その気持ちはちょっとだけ分かる」


   ◆ ◆ ◆


「アルゴス!」


 映子がライターを点火すると、2mほどの大きさの赤い孔雀が出現した。

 形状は昼に交戦した巨大な孔雀そのものだった。違うのは大きさだけに見える。


「うわっ可愛くなくなってる。それに、なんか大きい」


 映子が露骨に嫌そうに言ったが、それでも赤い孔雀は映子に懐いているようで顔や体を擦り付けている。


「でもこういう人懐っこいところは可愛い」

「可愛いかな? 可愛いかな?」


 綾乃は眉間にシワを寄せながら尾羽に付いた眼球を嫌そうな顔で見ると、赤孔雀の方も気になるのか複数の眼球を動かして綾乃に視線を向けてきた。

 目が合ったからか、綾乃は後ずさりしながら言った。


「うーん、これ本当に可愛い?」

「可愛いですよ」

「アルゴスはギリシャ神話に出てくる百目の鬼、それか孔雀のことらしい」


 恵太はスマホで「アルゴス」について検索して、出てきた結果と比較する。

 そこに出てきた画像は目が多数ある巨人の絵なので、目の前の赤い孔雀とはイメージが一致しない。


「なんで孔雀?」

「孔雀の羽の模様が目に見えるので百目鬼のアルゴスの化身ということになったらしい。参考情報に孔雀の写真が載ってます」

「今は元ネタの話はいいかな。それよりも、やって欲しいことは分かるよね」

「神父を追えば良いんですよね」


 映子に対して綾乃は両手で頭上に丸を作るポーズを取る。

 

「あんまり無理しないようにね。流石にこの部室から調べて見つかるなんて思ってないから」

「分かりました先輩。無理しないように調べますね」

「聞いた? 先輩だって! 良い響きと思わない? 先輩だよ先輩! 私は先輩」


 綾乃は「先輩」と呼ばれたことが余程嬉しかったのか、恵太へ嬉しそうな顔で近寄り、肩をバンバンと叩いた。

 それを見た映子は「ハハハ」と愛想笑いをする。

 

「じゃあスキャンしますね」


 映子が言うと孔雀の尾羽が広がり、そこに付いた眼球がギョロギョロと動き回る。


「まあいないと思うけど、こうやってコツコツ調べていけば――」

「――いました」


 綾乃の言葉を映子が断ち切った。


「神父はすぐ近く……この学校の旧校舎にいます。映像も出します」


 映子の前に半透明に透けるモニターが浮かび上がった。

 そこには神父が椅子に座って肩肘をついている映像が映し出されている。


「えっ旧校舎?」

「はい。アル君の能力だと神父はそこに居ると」

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