第33話

 私たちは山道を歩く。 


「靄蠕虫、百年もの間この地にいると、町のものも言っていたな」


「お待ちください! 天陽さま! 危険を冒してまで、あのようなもの朗党になどにする必要はありません!」


「いや、れんどのの力は必要になる......」


「しかし、虚君など...... 前のときでさえ、あれほどの人数、手練れでやっと討伐したのに、たった二人でなど無謀にも過ぎる! せめて暁真たちを呼びましょう!」


 風貴はそう止める。


「確かに今の我らだけならば虚君を仕留めるのは難しかろう。 しかし我らだけと蓮どのはいった。 おそらく私を試すためにいったのだ...... その覚悟と意思を知るためにな」


「それは...... それでここに」


 私たちの前に霊廟のようなものがある。 この地の御魂社【極楽院】《ごくらくいん》だ。


「あなたはもう錬舞、雲晶、晃玉、流雫、四つもの坐君を従えています。 数がますごとに坐君は強力な異能をもつものが現れますが、その分心を奪われる危険度もまします...... 正直、私は反対です」


「確かに...... この間の流雫もかなり苦戦した。 心の、魂の許容量を越えれば命も危うい」


「しかし、それを成すしかない、ですか...... 流雅どのの諫言を忘れましたか」


 風貴は深いため息をついた。


「すまぬ...... 自らを懸けるしかない凡庸な主で申し訳ない。 本来人の上にたつべき将たる器があれば、このようなことはすまいな」


 そう頭を下げた。


「......天陽さま。 主が容易く頭を下げてはなりません。 安易に謝ることもです。 それでは権威を失い、下のものが従わなくなりましょう」


 そう厳しい顔をして風貴はいさめる。


「そうよな。 流雅からもそういわれていた」


「......そのような方だからこそついてきたのですが......」


 そうふっと悲しげな笑顔をみせた。


「しかし、必ず生きて戻るとお約束くださいますな」


「ああ、互いに」


「無論、あなた様が生きている上は、私が死ぬわけには参りません」


 私たちは握手を交わし社へとはいる。


 

 社の座禅あと、目が覚めると、周囲は夜の世界だった。 空には無数の星が瞬き、自分の周りは明るく照らされている。


「夜、暗闇...... まだなにも先がみえぬ恐怖を見せているのか。 だが空には星が雲もなく煌めいて、私は明るくてらされている」


(明日を信じている...... 自分と仲間も)


 暗闇の中、体の周りに、錬舞、雲晶が浮かび、足下には流雫がいる。 


(錬舞も大きくなり、雲晶は二百はいる...... 確実に心が強くなってると実感する)


「しかし、それでも...... 足りない。 多くの民を導いていく器には程遠い」


(しかし、虚君を倒せるほどの坐君など、本当にいるのか......)


「いや一人ではない。 風貴もいる。 二人ならば必ずや討てよう」


 そう思い暗闇に足を踏み出す。



「天陽さま...... ご無事で」


 風貴はかなり疲労したようすでそばに座った。 私は何とか契約を終え帰っていた。 


「ああ、なんとか...... 風貴も無事でなによりだ」


「ええ、少々くたびれました」


 そういうと落ちるように寝息をたてた。


(珍しいな。 それほど疲れていたのだろう。 いったいなにと契約したのか)


 そういう私もまぶたが重くなり、眠りに落ちた。


「ここからが本番だ」


「はい、覚悟を決めましょう」


 私たちは虚君が出る悪食山にはいる。 そこは荒れた山で岩ばかりが目についた。


「飢君がいませんね」


「ああ、それどころか獣や虫すらいないな」


 辺りを見回しても生き物の姿はみえない。 ただ圧迫するような異様な空気感が漂う。


(体が震える...... 恐怖か、圧倒的な強者がいる。 生物として本能的に回避したいと思っているのか)


「天陽さま。 飢君が町まで降りないのはなぜなのですか?」


 風貴が聞いた。


「ああ、人が多くいると、清い魂がその場をある程度清浄化させる。 清浄な場所には、淀んだ魂の飢君ははいれないのだ。 もちろん悪意や憎悪などをもつものが多い戦場などは飢君を呼ぶがな」


「なるほど、それでここより出てこないわけですか」


 風貴はそう辺りを見回す。


「とはいえ、少しずつこの陰は拡がって、いずれ町を飲み込む。 その時は......」


「あの町も滅ぶのですね」


 眼下にみえる町をみて風貴はいった。


「ああ」


 山の上中腹に差し掛かると、少しずつ靄が出てきた。 そして進むと地響きが聞こえてくる。


「くる......」


 地面が盛り上がり、巨大なミミズのようなものが天突くほど高く昇る。 靄のせいで全容はわからず黒い影がうつるだけだった。


「来ます!」


 靄蠕虫は頭にあるその口をあける。 その時はっきりと見えた。 何層もの牙がみえ、それがバラバラに動いている。


「これが靄蠕虫!!」


 そしてこちらに向かって落ちるように迫ってきた。


「土波!」


 風貴の土波で回避し、靄蠕虫は地面を砕くと、そのまま地面に潜っていった。


(靄蠕虫は靄を発生させ、硬い外皮をもつ以外の情報はない......)


「当たられたら人たまりもない!」


 地面から振動がする。 


「くる! しかし攻撃しようにも、地面のなかだ!」


 突然出てきて私たちは吹き飛ばされる。 


「ぐっ!」


「ガァァァアア!!」


 その口を広げ靄蠕虫はこちらに迫る。


「ここは私に! 廻せ! 風我ふうが!」


 風貴の目の前にかたつむりが現れ、それは風をまとって回り壁のようになると、巨大な靄蠕虫の侵攻を防いだ。


(これは風蝸ふうか、風を操る坐君か!)


「穿て! 錬舞!」


「射抜け! 碧羅!」


 放った錬舞と碧羅は靄蠕虫は直撃したが、傷ひとつつかなかった。


「硬い!! 貫けない!」


「これは!」


 靄蠕虫はそのまま後ろにのけぞると地面に潜った。


 穴から靄が吹き出るように、その場をつつむ。


「なんだ......」


 視界がぼやける。


「くっ! これは、靄です! この靄が......」


 風貴がいい、私たちは膝を屈する。


(くっ! 力がなくなる。 この靄、生命力のようなものを奪うのか...... まずい)


「溢れろ!【大河】《たいが》!」


 その時、声がすると大量の水が流れ靄を消し去る。


「はぁ、これは......」


「馬鹿かお前たち! 二人だけで本当に来やがって!」


 そう聞こえる目の前丘に蓮の姿があった。

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