第10話
「暁真、この先に【りゅうが】がいるのか」
そう私が聞くと暁真はうなづいた。 私たちはりゅうがという
「ああ、俺もなんども来たが、旅にでているの一点張りでな」
「りゅうがといえば噂に聞く賢者......」
風貴はそうつぶやく。
(そう、他の国の仕官の誘いも全て断り、この山に隠居していると夕凪からは聞いた。 仲間になってはもらえずとも、せめてご意見でも伺いたい......)
しばらく歩いていると、庵のようなのがみえてきた。
「あれだ......」
私たちは近づくと、大勢の子供たちの声が聞こえる。
(子供......)
見ると竹垣からみえる庵の回りを、幼い子供たちが数人走り回っていた。
(子供たちしかいない......)
「すみませぬ」
竹垣の向こうにそういうと、そのなかで一番年上らしき少年がこちらに歩いてきた。
「......なにか」
半袖の着物をきた少年がそういう。
(私より三つ四つ、年下か、利発そうだが)
そのときその少年の手首あたりを、近づいてきた一番小さな子供がつかもうとした。
「あっ! だめ!」
他の子達がそういうと、その幼い子供を連れて離れた。 それをみて少年は笑っている。
(今のは......)
「すみません幼き童ゆえ。 それでなにかご用でしょうか」
少年は幼いながらもちゃんとそう聞いてきた。
「あ、ああ、りゅうが先生はご在宅でしょうか」
「師は旅にでております。 そちらの方にもそういいましたが......」
「聞いたよ。 それでいつ帰るんだ。 なんどきても留守だ。 前からもうひと月はたつぞ」
暁真はあきれたようにきいた。
「それは、私にも......」
「だが他の大人もいないようだ。 生活だってあるだろう」
風貴は怪訝そうに聞いた。
「蓄えを師が残してくれていますので、生きていくことには困りません......」
「しかたねえ、帰るしかないな」
「それがよい。 子供たちをほうっておいて旅にでるなど、無責任にも程がある!」
ため息をついた暁真と憤慨する風貴は私の前を歩いている。
「すまない...... 少しこのあたりでまっていてくれまいか」
「どうされました?」
「気になることがあって、少し話してくる。 だが刺客が来てはこまる、二人はここで見張っていてくれ」
不可解そうな顔の二人をおいて庵へともどる。
「あっ、なにか......」
庵にもどると先ほどの少年がいた。
「すまないが、少し話を聞きたい」
「はぁ...... まあこちらに」
とりあえず、庵にいれてもらえた。 庭で子供たちが走り回っている姿がみえる。
縁側にすわると奥からお茶をもち少年がすわる。
「本当に子供たちだけだな。 りゅうがどのは子沢山なのか」
「いいえ、この子達は孤児なのです」
「......孤児、この辺で戦は久しくないが......」
「戦があろうとなかろうと孤児は生まれます。 死別や貧しさゆえの口べらし、いつの世も弱きものは追いやられ見捨てられるのです」
そう男の子は子供たちをみながら淡々いった。
「それで...... あなた様は師になにようですか?」
「ああ、私は天沼の国の前主座、天頼の子、天陽ともうします」
「......前主座の子息、師に国に仕えよ、とでもおっしゃるのですか?」
「国が乱れております。 私はそれをただしたい、そのためにりゅうがどののお力をお借りしたいのです」
「国をただすとは、国を奪うということでしょうか...... それは師もうけないと思います」
「できるだけ被害を起こさず、主座を譲位してもらえる策をりゅうがどのにお聞きしたい」
「......さすがにそのような都合のよいものはありませんでしょう」
「......でしょうね。 しかしこのままでは、我が国に内乱がおき国は混乱し民たちに惨禍が訪れるのです」
「内乱がおこる...... あなたが起こすのではなくてですか」
「はい何者かがそのように画策している様子。 私が何をせずとも、ほどなく内乱は起こるでしょう」
「それを止めるために師の力を?」
「もちろん主座になればやりたいこともあります。 かつて大陸の多くを制した我が一族ができなかった安寧の国をつくりたい」
「あなたが百年の安寧の国をつくれたとして、それはいずれ崩れ朽ちましょう。 そのあと幾度安寧の国を作り出したとしても、いずれは滅びる...... 永遠の安寧などありえません」
そう少年はこちらをみすえる。
「永遠などない...... でしょうね。 人が死ぬように、主座や国も永遠ではない。 しかし、だからといってその夢想を放棄してもいい理由にはならない」
私が目をみていうと、少年は口をひらく。
「......それは一族の責務ですか?」
「それもないわけではないでしょう。 かつて祖がひらいた国に責任がないわけではない。 しかし、私には憤りがあるのです」
「憤り......」
「この世界のみならず、自らにたいしてです。 この世界に不満がありながら、無駄だからとなにもせず日和見を決めていた自分に......」
「......そうですか」
そう言ったきり少年は口を閉ざした。
しばらく沈黙がつづいたが、私は思っていたことを口にした。
「そこであなたに我がもとに来てほしいのです」
「......わたしに」
少年は私の目をみた。 その目からは驚きではなく、強い輝きを感じた。
「あなたがりゅうがどのなのでしょう」
「なぜそう思うのです...... 幼いのに応対するからですか。 私は師より学んでいます。 このぐらいはできて当然なのです」
「いいえ、あの男の子です」
私は庭で地面に枝で、ひとりなにかを書いている幼子をみた。
「
「最初にあったとき、あのこはあなたの腕をつかもうとした。 あれは服をつかもうとする手の形だった。 あなたは半袖なのに...... いつもは長袖をきているのでしょう。 つまりその姿は本当の姿ではない。 幻をみせる【幻蛤】《げんゆう》という坐君がいると聞きます」
「......なるほど。 最初からでしたか、なかなかの観察眼ですね」
「宮中は官僚や将たちの権謀術数が行われている場所、そこで育った私は、多くの人々の行動や表情を常に見てきましたから」
「そうですか、その中ゆえに人を見抜かれる力を養われたのですね。 ではこれは......」
少年が私に身を寄せると、私の胸に短刀が突きつけていた。 その時、花のような香りがした。
「あなたが国を得ようとするということは、対立するものにとって価値があるということ。 あなたを捕らえれば、それなりの待遇をうけられる...... そう考えないと思いましたか」
「思いません......」
「なぜ? 孤児を預かっているからといって、善人だとでも思いましたか。 彼らは孤児ではなく私が見せた幻かもしれない」
そうこちらを見すえる目には覚悟がうつる。
「......子供たちには、対応を事前に伝えていたのでしょう。 しかしあなたは服をつかみに来てしまった操を優しく笑ってみていた。 人を売り物とする人物ではないです。 その証拠に今も子供たちに刃物をみせないよう、身を寄せ死角にしている」
そういうと、私の目をみていた少年はため息をついた。
「......ふぅ、断るのは無理なのでしょうね。 お話は聞きましょう」
そういって懐に小刀をしまって体をはなした。
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