大胆伐採

 エリィートが見つけたのはエリィートの考えた通りに上、マストから伸びる横枝の先端、ビリビリの帆の影、そこに隠れた一人の男の姿だ。


 小柄な全身に白い布を巻きつけ肌を隠し、だけども余りを残さないぴったりとした格好、その手には杖ほどの長さの棒、ただしその先端にあるは直角になるよう縛り付けられたナイフ、不格好な鎌のような武器を構えていた。


 その男が音もなく跳ぶ。


 掴まっていた横枝より手を放して正面へ、真っ直ぐいってとある距離で止まると引き戻されるように弧を描く。


 その理由は足、そこに縛られたロープ、繋がる先はマストと横枝の交差する当たり、そこを中心に弧を描く軌道、つまり男はその身を振り子としていたのだ。


 ロープの長さから最大落下地点は甲板よりだいぶ離れた高さ、そこから手の鎌を伸ばしてようやく立つ者に届く距離、落下に揺れに腕の振りを加えた上、上という死角からの奇襲、すれ違い様の斬撃こそが、この狙撃と間違えられた攻撃の正体だった。


 こんな目立つ攻撃、すぐに気が付きそうなものだ、とエリィートは一概には考えない。


 自由落下の音のない動きに、マストに残る帆やロープの影と影、海からの風に隣人たち、気配を消すには十分な環境、だがそれらがなくとも、そもそも人は上を見ないのだ。


 重力があるから、物は全て前か下にあると思い込み、上に何かあるのか、意識して見ようとはしない。だから気が付かれないのだろう。


 嘘のような話、だけれども実際だれも気が付けずに混乱に陥っていた。


 見事な奇襲、だが一度目を防ぎ、二度目の前に看破したエリィートの方がやはり当然、遥かに上なのだ。


 どこが悪かったかアドバイスはすぐには思いつかないが確実に言えることは、このエリィートを敵に回したのが最大の過ちなのだ。


 残る問題はこの発見をどう劇的に伝え、敵を追い詰めるかだ、と考えながらもエリィート、振り子刃の次の狙いを先読みする。


 落下の角度、男の目線、タイミング、狙いはカレンだった。


 これは不味い。


 いくらエリィートが劇的に豪勢に謎解きを披露したところでヒロインが、この場で一番目立つうら若き女性が傷つこうものならば全部が台無しだ。


 人々が求めるのは、とりあえず女子供は助かってるハッピーエンド、それ以外の結果など、このエリィートには求められていないのだ。


 かといって遠すぎる距離、声を飛ばしたところで怒声にかき消され、いやそれ以前にその頭が理解する前に頭が亡くなる。


 ならば手は物理的、即ち狙撃だ。


 手にはハルバード、だけども投げてどこか行っては困るのでそれ以外、手近な場所にあった投げやすいもの、鍋があった。


「危なーい!」


 掛け声、同時に空いてた左手一つでチビの頭の上、鍋を鷲掴み、持ち上げる。


 ズシリと重量、存外重い鍋、だけどもエリィートの筋肉が、握力が負けるわけがない。


 それでも全身にかかる過負荷、全身の筋肉が、関節が、鍋の重量に抗い、掴み上げ、そして投擲フォームへと速やかに入る。


「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 エリィート、振りかぶって、投げた。


「うにゃあああああああああああああああ!!!」


 ほぼ直進で飛んでく鍋には、何故だかチビが張り付いていた。


「ちょっと何やってんのよあんた!」


 カレン、このエリィートの警告に素早く反応、だけども理解する前に本能が活動、せっかく盾になる黄色の集団から飛び出し、ボーガン捨てて両手広げてチビの前へと出た。


 そして激突、細い体が受け止めきれるわけもなくチビとカレン、まとめて吹き飛び、背後の黄色諸共なぎ倒される。


 流石はエリィートの投擲、素晴らしく強力だ。


 そう感心される刹那に、なぎ倒された連中の頭上を振り子刃が空ぶる。


 回避完了を確認、救出成功。エリィートでなければ成しえなかったであろう神業、これに振り子刃、残像と覆面で良く見えなかったが驚愕してるのが伝わってくる。


 そしてなぎ倒された面々もまた、このエリィートが看破し、そして助けられた事実に感動してることだろう。


「イッテェ!」


「上だ!」


「いたぞ! いたぞぉ!」


「おいこの手口って『バンジー・ザップ・ジャンパー』まんまじゃないの!」


「ないって! 何年前だと思ってんだ!」


「めが、まわったっす」


 寝転ぶ姿勢から何とか立とうともがく黄色たちとカレンとチビ、バラバラに動きながらもその目線は一緒、エリィートの見つけた敵影を見上げていた。


 彼らの視線を一身に集めながら振り子運動を最後まで振り抜いた振り子刃は振り終わりの最高高度に到達していた。


 だがエネルギーのロスか、落ちた時の高さ、横枝にはわずかに届かない。その分を見越してか、手慣れた動きでからぶった鎌もどきを上へと伸ばして横枝に引っ掛け、止まるやそこから己の体を引っ張り上げた。


 身軽な動き、エリィート含めみんなが見てる前で登り終える振り子刃、こちらに視線を落とすことなくネズミのようにその上を移動、迷わずマストへと向かって行く。


 その動きは降伏するもののものではない。


 逃げるか、反撃するか、何かをしでかすか、何にしろ、これでまた被害が出たり、逃げられたりしたならばこのエリィートの活躍にケチが付く。


 そんなこと許されるはずがないのだ。


「道をあけろおおおおおおおお!」


 エリィート絶叫、同時に前へ、マストへと走り、駆ける。


 足場の不安定な甲板の上、邪魔に逃げ惑う凡人たち、逃げ散る黄色にチビを抱いて距離を取るカレン、それでもまだ残ってる邪魔者たち、全てを乗り越え振り子の下、マストの根元に辿り着く。


「今度は何!」


 期待通りの言葉をカレンが吐く。


「安心したまえ! 万! 事! 解! 決! エリィートに任せておけば安泰なのだ!」


 宣言、同時に安全確認、周囲に邪魔者、なし、ヨシ!


 ダンダンと両足広げて踏みしめ、重心落してハルバードを握り、構える。


『ストレイト・アックス・スタイル』


 まんま木を伐採するための構え、ただ動かない目の前の対象に向けて斧を横振りに力いっぱい切りつけるだけの構え、やることは伐採、だけれどもエリィートが行うことでまるで違う動作のように、清淑となる。


 さぁ、反撃の時間だ。


「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 スコーン! スコーン! スコーン! スコーン! スコーン! スコーン!


 右から左へリズミカルにハルバード打ち付け伐採、けれども思ったよりも硬くて太いマスト、湿ってたこともあって伐採手間取る。


 その間に振り子刃はマストに到着、そのまま上へと這い上っていく。


 その先に何が隠されていて、何を企んでるかは知らないが、それをさせるエリィートではないのだと、ハルバードを持ち替え今度は左からら右へ、ペースを上げ打ち付ける。


 スコン! スコン! スコン! スコン! ベキ! メキメキメキメキメキメキ!


「伐! 採! 完! 了! 倒れるぞおおおおおお!!!」


 圧倒的テキパキなハルバード捌きに終には屈したマスト、ハルバードによるダメージを軸に、左へ向かってゆっくりと傾き、揺れ、割れながらその巨体を倒していく。


 この段になってやっと動き出す凡人たち、マスト倒れる影より飛び逃げていく。


 そうこうしてる間にもマストより逃れられられない振り子刃、跳んでこちらに逃れることも、足のロープを切断し自由を得ることもできぬまま海側へと倒れて巻き込まれてった。


 バッシャーーーーン!


 そして終に倒壊、横枝先端が海に当たって音を立て、振り子刃諸共海の中へ、水飛沫、荒れる波紋、投げ出された体、それでも浮かんでるから沈んではいない。


 輝かしい決着、それとほぼ同時に揺れる難破船、どうやら重心ズレて安定した座礁が崩れるらしい。


「く、崩れるぞぉおお!」


 これにまた混乱し始める凡人たち、その中でエリィートのハルバードと汗と白い歯と伝説的活躍だけが光り輝いていた。

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