Everlasting

西之園上実

第1話 宿敵!

「今日こそ勝つ……」

「いいかげんにしてくれよなぁ。酒が飲めないやつが毎週末そうやってひとつの席を陣取るのはよぉ」

「うるせえなぁ、いいだろ別に。こうやってジンジャーエール頼んで売上に貢献しているんだから!」

「なら、すぐそこのファミレスにしろよ。どうしてわざわざ倍の値段払ってまでここに来なきゃならんのだ! 忙しくなる時間なのによぉ」

「ああ? それは……だな……」


俺は、ある一人のバーテンダーを横目に、こうして、ここのバーのマスターと不毛な問答を繰り返すという、週末のルーティーンの一部を処理していた。


半年前。

俺はあのバーテンダーに会った。




一方通行アクセラレーター・デーモン

深夜の埠頭で俺はそう呼ばれていた。


0-400。

ゼロヨンと呼ばれ、車で行う400メートル先のゴールを、一直線にして、どちらが先に辿り着くのかという、単純明快なルールでもって行われる、非常識極まれる公道競争に狂気の沙汰でもって、俺はどっぷりと浸かっている。


愛車はポルシェ911。

国産車がほとんどの中で、俺の車は異色を放っていた。

今年で28。

ちょうど免許を取って十年だ。

他のやつらがどんな理由で免許を取るのか知らないが、中学に上がった時に偶然見て、聴いて、嗅いだ経験をした俺には、”ゼロヨン”をやるためという純粋な理由があった。


高校に入ってからは、ほとんど学校には行かず、毎日バイトをしまくった。

三年間で貯めた金で免許を取って、残った全財産で車を買った。

その時から911。

俺の中では車という概念が911でイコールだ。

初めて埠頭に走りに行った夜。18の小僧が乗った”ポルシェ”は、非難の的になった。

ガキのくせに生意気だ、ボンボンの初心者が、会うやつ会うやつが、そんな皮肉や文句を口にした。

だけど、というか、もっぱら、念願ということで頭の中がいっぱいだった俺からしたらそんなことどうでもよかった。

高級なんて論外で、国産とか外車なんて比較は皆無だった。

誰が一番速いのか。 ただそれだけだった。




「あいつ、今日も車だよな?」

「直接訊けばいいだろう」

「いいから! どうなんだよ?」

「はぁ……車だよ」

「間違いないな」

「間違いないよ。あんな音を出す車はそうそういないからな」

「よし……」




最初の一年は負け続けた。

ゼロヨンを目標にして生きてきた中学の時分から、車雑誌や専門書を読み込んでいたことで、知識は十分だと自負していたが、それが机上の空論だったと否が応にも思い知らされた。

そこからはただ、イメージの中の自分をひたすら追った。


三年経ったころには、あの時にはあんなふうに言っていた連中とも仲間と呼べる間柄になり、実力も認められるまでになっていた。


そんなある日。

とある情報が発表されたことで、ゼロヨン界隈は盛大に盛り上がった。

途切れたかと思った血脈が、さらに純潔なものとして継承するという……。


GT-R。


今となってしまったからには、旧代である、34、33,32と称される車を、プライド、もしくは、意地で乗り続けている連中でさえ、もうこれでGT-Rは終わりだと、どこか諦めに似た雰囲気が漂っていた。

だから、この発表は晴天の霹靂だった。

そして、その販売額を知った時には、青天の霹靂を確かに聴いた全員が、実はその音が遥か彼方で鳴っているものだと知って、どことでもない遠くを見つめた。




「にしても、18の免許取り立てのガキがいきなり新車のGT-R乗ってきたあの衝撃は凄かったよなぁ」

「衝撃だぁ? そんなもん、俺は微塵も感じなかったけどな!」

いいながら俺は、視線を一切動かさない。

「ははっ! 確かに、あの夜埠頭にいたやつらがあんぐり口を開け放っている中で、お前だけが口の片端をこれでもかと持ち上げていたからな」


そうだ。

聴いたことのない音を立てながら近づいてきて、眼前に全貌を捉えた瞬間、俺の血は一気に沸騰し、確かな敵意と期待でもって、その対象を宿敵ライバルだと認識した。


「でも、そのドライバーが女と分かったときにはさすがのお前もビックリしてたな」

そういいながらマスターが、俺の視線の先を追うようにして、そして追いつく。


「……そうだっけ?」


いつから気づいていたのか。

あの女が、前触れなくこちらを向いたことで重なってしまった視線を、反射するようにして俺は、店の出口へと逸らした。

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2024年11月30日 07:00
2024年11月30日 12:00
2024年11月30日 17:00

Everlasting 西之園上実 @tibiya_0724

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