第7話 宵闇と悪意

「おばちゃん、カラミナ草の粉末と臭い玉、それと救援筒を二本下さい」

「はいよ、あら、パルム君じゃないかい。今日は一人かい?」

ここは村の雑貨屋。食料品や調味料、冒険者の道具まで様々な商品が置いてある便利なお店。


「えへへ。お母さんとお兄ちゃんは忙しいから、僕も頑張ってるの。一人でもお買い物できるんだよ?」

「そう言えば近くで流行り病が出たとかで薬屋が忙しいって聞いたね、それに今日はダンジョンの清掃日かい。

パルム君は小さいのにお母さんとお兄ちゃんのお手伝いが出来て偉いね~」

そう言い僕の頭を撫で褒めてくれる雑貨屋のおばちゃん。おばちゃんは僕が小さい頃から可愛がってくれていて、何かと言えば頭を撫でてくれる。嬉しいけど、最近なんかくすぐったく感じる。


「もう、僕だって十歳なんだよ、立派なお兄ちゃんなんだからね」

「ハハハッ、そうだったね、これはおばちゃんが悪かったよ。じゃあそんなお兄ちゃんのパルム君にはおばちゃんがいいものをあげようかね」

そういい店の奥から何かを持ってくるおばちゃん。


「これはね、光筒ひかりづつといって一瞬だけ目の眩む様な光を発する道具なのさ。

領都の職人が作ったもので商隊の護衛冒険者なんかには人気の品らしくてね、ウチでも試しに仕入れてみたんだけど、この辺の連中は夜に外を出歩いたりしないだろう?お守り代わりに数個売れただけで、その後パッとしなくてね。

それ程高いものでもないし、おばちゃんからの贈り物。帰りが遅くなって暗くなった時に、グラスウルフなんかに襲われたら使うといいよ。

パルム君は可愛いから人攫いの危険もあるね、よし、二つあげよう。

使い方は簡単、この薄紙の方を相手に向けて後ろの紐を引くだけだからね、腰のポシェットにでも入れて持ち歩いておいで」


「おばちゃん、ありがとう。またお買い物に来るね♪」

僕はとてもいい物を貰ったと頬を緩め、おばちゃんに手を振りながら雑貨屋を後にするのでした。


――――――――――


日が沈み、暗がりが広がる。各家に明かりがともり、夕餉に着いた者たちの笑い声が聞こえる。

そんな平和そのもののレンド村の一時ひとときに、悪意は静かにうごめき始める。


「ヘヘヘッ、坊ちゃんもいよいよレンド村を離れられますからね、王都に行かれた時田舎者の童貞野郎だなんて馬鹿にされる訳にも行きませんよ。

ここは一つビシッと男を決めないといけませんぜ?」

「わ、分かってる。俺を誰だと思ってるんだ、このシルベスタを馬鹿にしてるのか?」


「いえいえ、そんな恐れ多い。聖騎士様たるシルベスタ様を馬鹿にするような奴は、このレンド村にいようはずもありませんでさ。

それは女も同じ事、はじめの内はなんやかんやと駄々を捏ねますが、それはそれ、女って奴は中々本心を表に出しませんから。

昔から言いやすでしょう、“嫌よ嫌よも好きのうち”って。そこが面倒くさくもあり、可愛いところでもあるんですが」

「そ、そう言うものなのか?全く女ってのはよく分からん生き物なんだな」


男はギャハハと笑いながら「そこがまたいいんじゃないですか」と言い、シルベスタを一軒の家へと案内した。


「坊ちゃんはちょっと待っていてください、俺らが話を付けて来ますんで。

なに、直ぐに済みますから、あまり気持ちを高ぶらせ過ぎないでくだせいよ?」

「ば、馬鹿にするな!俺がそんなヘマをするか!」


「へいへい、それじゃ行ってきまさぁ」

男達はシルベスタを外に待たせるとゾロゾロと明りの付いた家へと向かっていく。


「落ち着け、俺。今日で童貞ともおさらばだ、俺も大人の仲間入りだ!」

シルベスタはそんな彼らの背に目を向け、興奮する欲情を必死に抑え込むのだった。


“ガチャ”

開かれた扉、まだ家人が戻り切っていないからか玄関扉にはかんぬきがされていない様である。男はこれは都合がいいとほくそ笑み、そっと扉を開いた。


「ジルバお兄ちゃん?今日は帰りが遅くなるって・・・お兄さんたちは誰?まさかジルバお兄ちゃんに何かあったの!?」

そこにはランプを持った少年が一人。何やら勘違いをしている様だが逆に都合がいい。男は咄嗟に話を合わせ、言葉を繋ぐ。


「あぁ、ジルバさんがダンジョンでケガをしてな。俺たちはメリッサさんを迎えに来たんだ。動揺させても悪い、直接話をしたいんだがいいか?」

「う、うん、分かった。お姉ちゃんたちの部屋に案内する」

少年はそう言うとランプを手に持ったまま奥の廊下を歩いて行く、男達はそれに従う様に後に続く。


“コンコンコン”

「メリッサお姉ちゃん、ちょっといい?身体を拭いてる所だから待って欲しいの?えっと、緊急の用なんだ、早く終わらせて「どけっ、ガキが!」うわっ」


“バンッ”

少年を突き飛ばす様にして部屋に押し入る男達、だがその部屋は暗く誰か人のいるような気配はない。


「チッ、どこに隠れてやがる。出て来いメリッサ、俺たちが可愛がってやるからよ~!」

狭い部屋、隠れる場所など限られている。男達がいやらしい笑みを浮かべ室内を荒そうとした時、背後から大きなため息が一つ。


「ハァ~、本当にどうしようもない人っているんだね。村長さんも使えない、この村終わってない?」

それは人を見下したような、冷たい声音こわね


「はぁ?ガキ、手前何を“バシュン”ギャ~、目が~、目が~!!」

背後からの声に振り向いた男達が見たものは強烈な光を発する何か。


「これは必要ないかもだけど、念の為にね」

“バサッ”

次いで頭上から振り撒かれた物、それは必死になって開けようとしていた目に飛び込むや、強烈な痛みとして更なる苦しみを与える。


「「「ギャ~~~」」」

叫び声を上げ、のた打ち回る男達。


「うるさいな、もう夜なんだよ?少し黙っててよね」

“ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ”

室内に響く鈍い打撃音、それと共に静かになる男達。少年の手には、いつの間にか鋼で出来たフライパンが握られている。

少年は部屋に転がる男達を一瞥した後、次の行動に移る為その場を後にするのだった。


「チッ、遅い、いつまで待たせる気だ」

家の外では、いつまでも待たされている事に苛立ちを覚えたシルベスタが悶々とした思いを抱えていた。


「「「ギャ~~~!!」」」

「ウォッ、な、なんだ!?アイツら何をやってやがる」

外からも分かる程の悲鳴にビクッと身を震わせるシルベスタ。この家の中で一体何が起きているというのか、様子が分からず混乱ばかりが広がって行く。


“スーーーー”

音も無く玄関扉が開く。中は暗く、遠くに明かりを細めたランプのともしびが見える。


“これは一体何なのか?これも奴らの趣向か何かか?俺を臆病者とでも言いたいのか?”

シルベスタは一瞬たじろぐも、覚悟を決め足を前へと進める。


“スーーーー”

音も無く静かに閉じられた扉、宵闇はその全てを薄暗い闇で包み込む。

悪意の全てを飲み込むかの様に。

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