世界最弱の俺は、実は唯一の虚数属性持ち 〜正体を隠して悪を裁くのはあくまで俺の趣味だから、信者にならないでください!〜

エリザベス

第一章

『仮面の英雄』

第1話 最弱の荷物持ち

「おい、リアン。とっとと耳、切り取っとけよ」


「は、はいっ!」


 倒れたゴブリンの首元にナイフを当て、その耳を慎重に切り取る。震える手でそれを革袋に入れると、後ろから皮肉めいた拍手が聞こえた。


「おやおや、最弱のリアンさんでも耳くらいは取れるんですね~」


「ふふっ、まさか“戦力外”にもお役目があるなんてね」


「おい、褒めるのはそれくらいにしろよ? なんせ、こいつは魔なしの“最弱”だしね」


 僕を最弱呼ばわりにしているのはこのパーティ、《銀狼の牙シルバーファング》のリーダー――ジークである。

 年齢は二十代前半、日に焼けた浅黒い肌に短く刈り込んだ金髪、そして何より目を引くのはその屈強な体格だ。鍛え上げられた腕と厚い胸板が、彼がどれだけの修羅場を潜り抜けてきたかを物語っている。


 彼の言う通り、僕はこの世界においての存在である。


 この世界には七つの属性が存在する。火・水・風・土・光・闇、そして“秩序”。それぞれの属性には固有のスキルが存在する。

 たとえば、火属性は分子の動きを加速させる効果だが、土属性はそれらの動きを停止させる性質を持っている。


 この世界に生きる人々の体内では魔力が循環しており、たいていの場合、それは何らかの属性を帯びている。

 ただ、稀になんの属性も持たない人間もいる。

そのような人間は“魔なし”と称されていた。


 属性を持たないということは、スキルはおろか、それを応用した魔法さえも使えない――それが“魔なし”が蔑まれる最大の理由だった。

 とはいえ、日常生活に支障が出るわけではない。戦いさえ避ければ、生産職や雑用仕事で食べていくことは十分可能だ。


 そして僕の魔力はというと―― の、どれにも当てはまらなかった。

 加えて、から、気づけば僕は“最弱”と呼ばれるようになっていた。


 本来なら冒険者になる資格なんてないんだけど、ギルドの登録自体は誰でもできるから、こんな僕でも一応“冒険者”ってことになっている。

 もちろん、ランクは万年最下位のEランク。できる仕事は薬草の採取や荷物持ちくらいだ。


「ったく、今日もゴブリン狩りかよぉ」


「しかたないじゃない。強いモンスターの討伐クエストはほとんどBランク以上のパーティに依頼されているもの」


 ジークがぼやくと、魔導士のリリィも不満げに愚痴をこぼした。


 リリィは端的に言うと美人である。

 腰まで届く艶やかな銀髪は風に揺れるたび光を反射し、淡い紫の瞳にはどこか冷静な知性が宿っている。その整った顔立ちは人形のように美しく、本人は気にしていないが、町を歩けば誰もが振り返るほどの存在感を放っていた。


「わたしたちは一個下のCランクのパーティだからね♪」


 そして、このパーティの最後のメンバー、シーフを務めているミナは、どうしようもないメスガ……こほん、華奢で小柄な女の子である。

 肩まで伸びた淡いピンクの髪は無造作に結ばれていて、大きな瞳は悪戯を思いついた猫のように輝いている。何よりも印象的なのは、常に口元に浮かぶニヤリとした自信たっぷりの笑みだ。


「……まったく、拍子抜けだわ」


 リリィは地面に転がったゴブリンの死体をちらりと見やり、つまらなさそうに肩をすくめた。

 そのまま踵を返し、興味を失ったように歩き出す。


 ――はぁ、やれやれ。どうやら今日も僕の出番はなさそうだな……。


 そう思った時、事態は動き出した。


「おい、構えろぉ!!」


 最初に敵を察知したのはジークだった。


「ギギィアアアアアアアア!!」


 耳をつんざくような咆哮とともに、森の奥でひときわ大きな黒い影が動いた。


「ゴ、ゴブリンジェネラル!?」


「な、なによあれ……デカすぎでしょ!? ……ま、負けるわけないけどねっ! たぶん!」


 珍しくミナが慌てているが、無理もない。


 今現れたゴブリンジェネラルというのは、ゴブリンの“上位個体”――Aランクのモンスターだ。普通、複数のAランク冒険者が束になって初めて討伐できる厄介な存在。

 そんな相手を目にして正気を保てというほうが難しい。


 ――さて、僕もビビってるふりをしないとだね。


「こ、こないでっ!!」


 わざとバランスを崩し、背中から地面に倒れ込む。震える手で必死に体を支えながら、僕は尻を引きずるようにして後退する。


「お、おい……まさかとは思うが……リアン、てめぇ、真っ先に倒れてんじゃねぇよ!」


「そうよ! せめて戦うフリくらいして! なんかすごい惨めだから!」


「もう無理~とか思ってたけど、リアン見てたら逆に闘志わいてきたわ。ありがと、雑魚~!」


 ――雑魚って……。


「た、助けて……! ま、まだ死にたくないよっ!」


「……ったく、リアンがあんなんじゃ、俺らがやるしかねぇってか。マジで勘弁してくれよ……」


「ほんと、どこまで役に立たないのかしら……まあ、誰かがやらなきゃ全滅するものね。ふぅ、しょうがないわね」


「んも~、リアンくんったらほんっと情けなさすぎ〜……でも、あんなん見せられたら、アタシが本気出さなきゃじゃん」


 情けなく尻を引きずる僕の姿を見て、ジークたちは顔をしかめ、互いに視線を交わした。


「さっさと片付けるよっ!」


 ミナが地を蹴った。影のように滑るような動きでゴブリンジェネラルへと一気に距離を詰め、鋭く短剣を振るう。


「ちょっと斬ったぐらいじゃ効かないってわけね!」


 巨体の隙間を縫うように駆け回り、脇腹、太もも、背中へと次々に斬撃を加える。どれも致命傷にはならないが、着実にゴブリンジェネラルの動きを鈍らせていく。

 

 だが――ミナの足が、一瞬だけもつれた。


 その隙を見逃さず、ゴブリンジェネラルの腕がうなりを上げる。


「っ――ぐ、あっ!」


 重い打撃が胴を捉え、ミナの体が弾かれるように吹き飛んだ。

 なんとか空中で受け身を取り、致命傷を避けることができたが、もはやこれ以上動けそうにない。


「ギギィィアアアアア!!」


 勝利を確信したように、ゴブリンジェネラルは咆哮を上げながらこちらへと突進してくる。

 そいつの体格は成人男性の倍はあり、筋肉と脂肪が不恰好に張り付いたような体で大地を踏み鳴らすたび、地面が揺れた。


 ジークはすぐさま大剣を構えた。ゴブリンジェネラルの振り下ろした斧とぶつかり、鋭い金属音が鳴り響く。


「――《火弾フレイム・バレット》!」


 リリィがすかさず詠唱を終え、空中に魔法陣が展開される。そこから放たれたのは、無数の火の弾丸。赤い流星のように、ゴブリンジェネラルを目掛けて一斉に襲いかかる。


 だが次の瞬間――


 ゴブリンジェネラルは無言で腕を一振りした。

 それだけで、火弾の群れはまるで意思を失ったかのように軌道を乱され、空中で霧散していった。


 ジークの大剣とゴブリンジェネラルの斧が火花を散らしてぶつかり合う。

 ところが、その直後に――重々しい金属音とともにジークの身体が弾かれた。


「ぐっ……あぁッ!」


 地面を転がるようにして後方へ吹き飛び、背中から太い木に激突する。

 鈍い音が響いた直後、ジークの口元から鮮やかな赤が滴った。


 ――そろそろ潮時だな……。


 僕は静かに立ち上がる。


 三人の視線がゴブリンジェネラルに集中した、その一瞬。

 僕はそっと息を吐き、誰にも聞こえないほどの声で囁いた。


「――《虚数領域イマジナリー・フィールド》、展開」


 すると、空気が揺れ、世界が微かに軋んだ。


 “最弱”と嘲笑あざわらわれる僕――リアン・グレイは。


 本当は唯一の、虚数属性持ち。


「……こっからは、の時間だ」




――――――――――――――――――――――

こちらの新作も良かったらどうぞ!


『『キス、リハビリ。』 〜キスが冷たいと彼女に振られた俺は、学年一の美少女とキスの練習をすることになった〜』

https://kakuyomu.jp/works/16818622175149937297

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