A級冒険者/S級薬師ガイン・2
「おはよう、ギルマスに依頼されていた薬草の納品だ」
「おはようございます、ガインさん! ギルマスに確認してきますのでお待ちください!」
そう言って薬師ギルトの受付に居た女性がギルドの奥にある階段へ駆けて行った。
ガインは薬師だ。こちらが彼の本業である。
5歳の時の洗礼で自分に錬金術のスキルがあると知って以来、将来は薬師になると考え行動し、今がある。
なお、スキルは創造神リューエデュンの加護を持っている者にしか発現しない。
そのため、リューエデュン神への信仰がほぼ無い今のこの世界でスキルを持っている者は少ない。
錬金術のスキルがある者は、ガインのように薬師になる者がほとんどだ。
薬師とは植物などから怪我や病気を治す薬を作るのが主な仕事だ。
怪我は治癒魔法で治す事もできるが、治癒師など居ないに等しいと言えるほど少ない。この街にも治癒院はあるが、中で働いているのは薬師ギルドから派遣されている薬師たちだ。
なので薬師はこの世界ではとても重宝される職業で、錬金術スキル持ちの将来は安泰と言われている。
「ガインさん、お待たせしました! ギルマスがお会いします」
ギルマスの部屋へどうぞと言われ、ガインはギルドの奥の階段を上り、ギルマスの部屋をノックした。
「どうぞ」と言う、しわがれた声を聞いてからドアノブを回す。
「やぁ、ガインくん。おはよう。朝からありがとう」
「おう、おはよう。今日中までの依頼だったからな」
大量の本と、羊皮紙。それに乾燥した薬草や、青々と茂った植物に埋もれたようなデスクの奥から、ガインよりも歳の行った老人がにこやかに挨拶をしてくる。
これが、この街の薬師ギルドのギルドマスター、センドリュー・キルエンだ。
元・貴族ではあるが、三男だったため家を出る事になったセンドリューは、錬金術のスキル持ちだったため、学生の頃から将来は家を出て薬師になると決めていた。
成人し、家を出る事になったが家族仲も悪くなかったため家からの援助があり、薬の研究を長く続けられ、10年ほど前にポーションを粉にして持ち運べるようにした。
その功績が認められ、元貴族ではあるが、実力だけで薬師ギルドのギルマスにまで叩き上げで上り詰めた人だ。
「センドリュー、少しは掃除したらどうだ? 俺の家より埃っぽいぞ?」
「掃除をしたら何処に資料をしまったか分からくなくなるんじゃ」
「ならせめて換気するとか」
「外の光を嫌う薬草を持ち込んどるから今は無理じゃ。ほほっ」
穏やかに笑って掃除を嫌うセンドリューをガインは呆れた顔で見つつ、デスク前の開けた場所に背中に背負っていたリュック型のカバンを降ろした。
中にはギルドマスター・センドリューから直接依頼された薬草が詰まっている。
薬草の採取を冒険者に依頼する場合は薬師ギルドから冒険者ギルドを通して依頼が出される。
しかし、薬師ギルドのマスター、或いはサブマスター直々の依頼であれば、ギルドを介さずに冒険者へ直接依頼できる。
この場合、依頼が失敗しても冒険者ギルドに所属する冒険者への責任、及び冒険者ギルドへの責任は一切問わない事が条件だ。
なお、依頼が成功した場合の支払いも薬師ギルドから直接支払われるが、冒険者ギルドのギルドカードには依頼達成の記録が残される。
「確認をしてくれ」
「ぱっと見ても無事、依頼達成じゃ」
「……ちゃんと確認しろ。後からあれが無い、これが無いを言われたらお互い面倒だろ」
こうした確認を怠り、依頼案件の達成に後から問題があった場合、依頼失敗の手続きと受け取った金銭の返却手続きをしなければならない。
「ガインくんが今まで依頼を疎かにした事は無いしのぉ。その辺は心配いらんじゃろ。それに注文以上の出来じゃ」
そう言って、センドリューは床に並べられた植物の中から、ガラスの容器のような物の中で土をつけたまま花を咲かせ続けている植物を手に取った。
「ペントクラウン。研究のために根本の膨らんだ茎の部分の採取を依頼したが、こうして花のまま土まで持ち帰ってくるとは」
「そいつを研究するなら花も茎も葉も根もあった方がいいだろ? あとそいつの周りの土も」
「その通りじゃ! さすがは薬師じゃ、分かっとるのぉ」
「おう」
当然だと、腕を組んで胸を張るガインにセンドリューは満足そうに頷き、依頼内容に間違いがないか確認を続ける。
「そういえばガインくん、昨晩は西の森に光の柱が建ったと街で噂になっておったが見たのか?」
「あぁ、ちょうど森の中に居たからな。気になって様子を見に行った」
「ほぉ。何かあったかい?」
「あったと言えばあったが、デカイ獣が走ったような跡を見たくらいだ」
「魔獣かい?」
「わからん。だが、野獣や鳥獣どもも変わりがなかったからな。問題はないだろうさ」
「ふむ…。まぁ、君がこの街におる内はドラゴンが出てもスタンピードが起こっても大丈夫じゃろて」
「大丈夫じゃねぇよ。いつでも地下に逃げ込めるように準備しとけよ」
ドラゴン・キラーの称号持ちが弱気じゃとセンドリューは笑うが、ガインは真実を言ったつもりだ。
ドラゴンは大抵は一対一のタイマンだが、スタンピードは一対多勢。ガインが最も苦手とする戦況なのだ。
ガインは武器を使わない。素手での戦いが好みだし、そちらが得意だ。腰に差した剣は森で進む方向の雑草や枝を切ったり、獣を解体するための便利な道具として使っているにすぎない。
なので野獣や魔獣との戦い方を知らないセンドリューのような人間はだいたい勘違いをしてくる。
ガイン一人で大量の野獣や魔獣が起こすスタンピードに対応できると。
「よし、確認終わりじゃ。ご苦労さんじゃった。報酬は受付でもらってくれ」
「おう。それと明日から森に入るからしばらく留守にするかもしれん」
「なんじゃ、冒険者ギルドから何かあったか?」
「いや、ギルドは関係ない。俺個人の研究のためだ」
「そうかそうか、気を付けてな」
「おう、じゃまた何かあれば声かけてくれ」
無事、受けていた依頼案件も終わり、あとは冒険者ギルドで肉と金を受け取って家に戻るだけだ。
「あぁ、買い物もしねぇと」
フェンリルからパンと調味料の調達を頼まれていた。
このまま市場へ向かおうと足を市場の方へ向けかけたが、思い直して街の中心の方へ向ける。
頼まれた物とは別に、買いたい物があったのを思い出した。
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