A級冒険者/S級薬師ガイン・1

獣から街を守る門の開門時間に合わせて、街に戻ってきた薬師兼冒険者のガイン。


此処は『ディザロッテ』と呼ばれる街で、ディザロッテ伯爵が納める領地の街だ。

街と言っても、規模としては小から中規模の比較的小さな街で、『西の森』と呼ばれる森に凶暴な野獣が少ない事から、初心者冒険者が多く訪れる街になっている。


ミヤとフェンリルが居るその西の森は、街の西側に広がる大きな森で、北は竜の壁ドラゴン・ウォールの裾野に広がり、西の最果ては他の国、ミトゥ教国とは別の国の国領になっている。

つまり、此処はミトゥ教国の西の端だ。


隣国とは西の森が国境となっているが、隣国は古くからの同盟国のためか国境になる森に検問のようなものはない。



「こんなデカいコカトリス見たことねぇ…」

「西の森にこんな奴が居たとはな」


ディザロッテの冒険者ギルド内にある解体場では、朝からどよめきが起きていた。

原因は、ガインが持ち込んだコカトリスという鳥獣だ。


コカトリスは鳥獣の中でも大型の部類になる鳥型の獣だ。

鳥獣ではあるが、空を飛ぶ事ができない種類で体高は約2.5メートル以上。

空を飛べない代わりなのか、脚力が異様に強いのが特徴で、スタートダッシュ時には地面が大きく抉れるほどだし、その脚をもろに食らったら身体のパーツが千切れてしまう事もある。


そのため、冒険者ギルドでは討伐にはB級以上のパーティーを、ソロであればA級以上の冒険者を推奨している獣だ。


そんな通常のコカトリスより一回り以上大きく、パンッと張った筋肉が膨れ上がった脚を持ったそれが冒険者ギルドの解体場に出されると、解体場の責任者と彼の弟子たちがざわつき出したのだ。


「ガイン、お前さん今いくつだよ」

「58だが?」

「か~~~っ! その歳でこいつを一人でかっ! A級は伊達じゃねぇな」


そう言って、ガインを囃し立てる解体場の連中にガインは「ふんっ」と鼻息を漏らし、


「野獣の肉は全部引き取りだ。残りの素材と魔獣は全部売却で頼んだぞ」


と、伝えその場を後にした。


ガインは内心複雑だった。

あのコカトリスを仕留めたのは森で会ったフェンリルと言う野獣だ。それに、コカトリスは西の森で狩った物じゃない。他の場所で仕留められた物がフェンリルのアイテムボックスで眠っていたのだ。


自分が狩った物じゃないというのがバレるような失態は犯さないつもりだが、変に囃し立てられては居心地が悪い。

下手を言う前に退場するに限る。


「おう、ガイン! ちょっと待て」


冒険者ギルドを出て薬師ギルドに向かうつもりだったガインを引き止める奴が居た。


この冒険者ギルドのマスター『ピット』と言う男だ。


ガインより6歳若いが、50歳で冒険者を引退し、生まれ故郷のこの街に戻って新人冒険者の育成を務めていたが、冒険者としての長いあいだの経験と実績を評価されてギルドマスターになった元・A級冒険者の実力派のギルマスだ。


ガインから見れば、まだまだ冒険者としてもやっていけそうな筋肉ムキムキのピットに解体場の出入り口付近で呼び止められ、少し面倒そうにガインは足を止めた。


「お前さんに指名依頼だ」

「俺に? 何だ急に…」

「お前さん、昨晩は西の森の中に居たんだよな? 光の柱が空から伸びたのを見てないか?」

「……見たな」


ガインは心の中でギクリっとし、一瞬「見ていない」と事実を隠そうとも思ったが、そう答えるには間が空きすぎた。


「現場の近くには行ったか?」

「あぁ、一応な…。光の正体は分からんかったが、何かが森の中を走った痕跡は見たぞ」

「魔獣か?」

「いや、分からん。森の中で木が薙ぎ倒されているのとデカイ獣の足跡を見ただけだったからな、魔獣か野獣かまでは分からねぇ」

「デカイ獣? ほう…。お前さんに光の柱の件で森の調査を依頼したかったんだ」


話の流れから(だと、思っと)と心の中だけで答えた。


「なんで俺なんだ? 調査ならE級、D級の案件だろ」


単なる調査という名目であれば、担当はD級以下の冒険者が担当するのがお約束だ。


冒険者には下からF~E級の新人、D~C級の中堅、B~A級のベテラン、そしてS級のマスターがある。


先ほど、解体場の責任者が言っていたようにガインはA級の冒険者だ。A級冒険者は上から2番目の階級になるのだが、A級が受ける調査依頼は未知のダンジョンの調査など、難易度がかなり高い案件になる。


「領主様からのご指名だ」

「チッ!」

「おい、やめろ。領主様直々のご指名だぞ? お前の事を信用して依頼してくれてんのによぉ」


そいつは違うぞピット。と、心の中だけで応えて口には出さない。


この街の領主ディザロッテ伯爵はガインを毛嫌いしている。


ガインは冒険者だが、S級の薬師でもある。

むしろ、そちらが本業なのだが、冒険者をしているのは薬の原料となる素材を自分自身で採取するようになったのがきっかけだ。

冒険者に依頼しても、満足する品質で材料が届けられない事に憤り、結果自分で集めるという行動に出た。

そんな事を続けている内に、冒険者としての腕前がメキメキと育ち、気付けばA級にまでなっていた。


ちなみに、ドラゴンをソロで討伐し、戦利品としてその本体を冒険者ギルドに持ち込めばA級の上、S級になれる。

ガインはドラゴンをソロで討伐したことは何度かあるが、持ち込みはしたことはなかった。持ち込んでも鱗や爪などの部位のみだ。


ガインはS級になることを拒んでいる。


S級になってしまうと、国からの指名依頼が舞い込んでくる。今でさえ領主から指名依頼を出されて面倒だと思っているのに、そこに国まで入り込んで来たら更に面倒この上ない


話を戻そう。

この街、ディザロッテの領主、ディザロッテ伯爵がガインを毛嫌いしている原因だが、それは以前、ディザロッテ伯爵がガインの造った薬のレシピと販売の権利を買いたいとガインに申し出た件が関わっている。


買い取りにはかなりの金額を提示されたが、ガインはレシピと権利を売ることを『絶対にイヤだ』と断った。


件のレシピとは、火傷や裂傷に効果のある『イン・ポーション』という液体の薬だった。


この世界で広く出回っている傷薬『ポーション』とは異なった薬で、所謂どんな外傷も回復できるポーションとは違い、イン・ポーションは軽い火傷や浅い裂傷を治す程度の効果しかない。


だた、1瓶銀貨1~2枚ほどのポーションに比べ、イン・ポーションは1瓶で鉄貨5枚ほどの価格で買えたため、ポーションを買えない貧民層はもちろん、平民たちが喜んで買い漁る傷薬になった。


そのレシピと販売の権利を買いたかったディザロッテ伯爵。

買ってどうするのか。


通常のポーションよりも飛んで売れる勢いの傷薬なのだ。

もっと高い値段で売れば更に儲けられる。


貴族と違い野良仕事が主な平民たちにとって、怪我はつきものだ。そして貴族の数に比べれば、平民の方が圧倒的に数は多い。

多少値段を上げても、ポーションより安い価格を設定すれば平民でも買えないことはない。



貴族の考える事なんてそんなものだ。


本当に薬を必要としている人の事を考えず、己の利益のことしか考えてない。


ガインはそういう考え方をする貴族連中が大嫌いだった。


だからガインは、イン・ポーションのレシピを薬師ギルドを通して公開し、その販売権利を薬師ギルドに売った。

イン・ポーションはこれまでディザロッテ領の薬師ギルドでしか買えなかったが、レシピが公開された事で、今では何処の薬師でも作れる薬になった。


薬師ギルドはディザロッテ伯爵が提示した金額の1/3以下の金額で、イン・ポーションの販売権利を買い、鉄貨5枚で買えたイン・ポーションの価格を、更に鉄貨3枚まで落としても有り余る利益をギルド全体で出しているらしい。


なお、ガインには薬師ギルドから収益の数パーセントが毎月支払われるようになっているので、薬師ギルドへ販売権利を売ったガインにとっても全く悪い話ではなくなったのだ。

ディザロッテ伯爵に権利を売っていた場合、こうしたマージンも発生しなかったはずだ。



今から1年以上前の出来事なのだが、これを根に持ったディザロッテ伯爵は、ガインに痛い目を見せてやろうと色々画策してくるのだ。


そしてこの件を冒険者ギルドのギルマス、ピットは知らない。

事実を知っているのはイン・ポーションの権利をガインから買うための手続きをした薬師ギルドのギルマスだけだ。


(おおかた、今回の調査依頼も俺が何か失敗をするように森に仕込んでやらかす気だろ……、面倒くせぇ)


と、言うように、伯爵はガインに対して長いこと嫌がらせを続けている。

森にこのあたりでは見かけない魔獣を放ったり、ガインが採取場にしている場所に火をつけたりと、どれもこれもガインを苛立たせるには十分な内容なのだが、大きな問題になるほどの事ではないので、ガインは見てみぬふりを続けていた。


「ほら、カード出せ。依頼を登録するから」

「断ると言ったら?」

「カードは没収だ。冒険者としての資格もーー」

「俺はそれでかまわん」

「いや、お前は良くても俺が困るんだよっ」

「知らん」

「頼むよっ! 領主様からの依頼が達成できんと、ギルドとしての立場が!」

「知らんな。俺はこんな街いつ出てもかまわないんだ。俺もそろそろ60だし、昨日も引退を考えていたくらいだ」

「ちょ、待て! 早まるな!」

「早まってねぇ。引退は真面目に考えてんだよ。あと1回ドラゴンぶん殴ってそれで終わりだ」

「ド…、ドラゴン…」


ガインは「ふんっ」と鼻息を漏らし、胸元からギルドカードを取り出すとピットに投げ渡した。


「後で肉と金を受け取りに戻るからその間に選べ。俺に調査依頼を出すか、出さないか」


そう言ってガインは今度こそ薬師ギルドへ向かうため冒険者ギルドを後にした。



ピットは、ガインから受け取ったギルドカードの裏面を眺めて溜め息を吐いた。


そこには『無手の達人』と『ドラゴン・キラー』の称号が書かれている。

称号とは、スキルや加護と同じように、その道を極めた者に天から与えられる二つ名だ。中には二つ名を手に入れる事で、新たなスキルに目覚める者も居る。

冒険者ギルドのギルドカードの裏面はその称号が勝手に浮かび上がってくる仕組みになっている。


ガインは現在S級ではないが、実力はS級で間違いないのだ。

『ドラゴン・キラー』は、ドラゴンを複数体ソロで狩らなければ得る事のできない称号だからだ。


そんな実力者が引退を考えるほど、領主の依頼を受けたくないと言う。

冒険者ギルドのギルマスピットは頭を抱えた。


ドラゴン・キラーである冒険者を引退前に失いたくない。

彼が居れば、珍しい野獣や魔獣の素材、ダンジョン産の素材、珍しい植物や鉱物、時には海の素材なんて物までギルドに持ち込まれるのだ。

高ランク冒険者はギルドにとっての稼ぎ頭で間違いないのだ。


「うぅ……、ガインのおかげでうちのギルドもドラゴンの素材をいくつかオークションに出せているのも事実…っ」


そのおかげでギルドの金庫が潤い、大量のポーションやイン・ポーションを薬師ギルドから降ろしてもらい、初心者冒険者の致死率も下がっているという事実まである。


「しかもそのポーションを造っているのもガイン…ッ!」


優秀すぎるのだ。

薬師としても、冒険者としても。




この場合、冒険者ギルドのギルマスとして、どっちの肩を持つかは決まっている。

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