転生、2回目

2つの世界の創造神たち

(……あれ? ここは…?)


覚えのある感覚に、京子の意識は一気に覚醒した。


この感覚には覚えがある。


地球で42年の生涯を終えた後に、あの暗い部屋の中で意識が覚醒した時と同じ感覚。


日景 京子ひかげ みやこ

「えっ!? 誰っ!?」


と、呼びかける声に思わず反応して、京子は硬直した。そして震える手で自分の身体に触れ、視線を身体に落とし、その手で首に触れ、顔に触れ、驚愕に目を見開いた。


「か、身体…、声…もっ! 動いて…る…っ」


京子にとって、何年ぶりだろうか。

自由に動く身体、きちんと発音できる声と口。

自分の両の足で立って、身体を支えている自分自身に、京子は震えた。


『その身体は今だけの仮初かりそめのものだ。魂の記憶の中にある京子の姿だよ』

「魂の記憶…?」


よく見ると、京子は見慣れたパジャマ姿だった。

薄い水色の生地で、白い小さな水玉とハートの模様があり、コットンの柔らかい感触が気に入っていて、長い入院生活の中で一番よく着回していたものだ。

足元はモコモコの靴下に覆われて、院内用で履いていた某有名にゃんこキャラクターの健康サンダルを履いている。


(このサンダル、買ってから1年も使えなかったやつだ…。私、あっという間に歩けなくなって……)


懐かしさと、寂しさが同時に込み上げてきた。

サンダルを買った当初は、自分が歩けなくなるとは思っていなかった。原因不明の病とは言っても、全身が麻痺で動けなくなるような病気だとは思っていなかったのだ。


『落ち着いたかい?』

「えっ!? あ、はい、あの…、えっと…」


(此処はどこだろう…。誰かが話しかけてくるけど何処に居るの?)


京子はキョロキョロと辺りを見回すが、見えるのはただ白いだけの空間。空も、地面も、目に見える周辺すべて白く、何も見当たらない。


「日景 京子」

「っ!!!?」


急に後ろから呼びかけられ、京子はビクリッと肩で飛び上がりながら後ろを振り返った。


そこに居たのは黒い長髪の男。


その髪は豊かで艶があり、夜空の星を散りばめたように輝いて見えた。毛先は床まで長く伸び、歩けば引きずってしまうほどだ。顔は恐ろしいほどに整っており、整った眉の下で閉じられている両目が印象的だった。


両目を閉じているはずなのに、何故か彼と目があっている気がするのだ。


着ている服は黒いローブのようなもの。2ピーススタイルで、内側に長いパーツと肩から胴体だけを覆い隠すパーツがケープのように重なっているようだ。


そして、男の隣では不思議な現象が起こっていた。


謎の光の塊が一つ、ふわふわと浮いていた。

大きさはバスケットボールくらいだろうか。

きらきらと光を放っているのだが、決して眩しくはない。むしろ見ていて心が落ち着くような、安心するような、このままずっと眺めていたくなるような不思議な感覚だった。

白くてきらきらしていて、それでいて触るとふわふわした感触がしそうな…。


(大きいケセランパサラン?)


まさにそんな印象だった。


「こちらは『リューエデュン』。京子が転生し魔王となった世界の創造神だ」

「ぅえっ!!?」

「そして私は『宇宙神』と呼ばれている。京子が居た宇宙世界の創造主だ」

「!!!?!?!?!」


もう、驚きすぎて言葉にならなかった。


そんなまさか、そんな冗談…。

とは言えない、というより、どういう訳か彼が言う事が『嘘ではない』と分かってしまった。


(何この不思議な感覚…。神様パワー?)


「そうだね。そういう物だと受け取るといい」

「えっ!?」


(……読心術ですか?)


「そういう物ではないよ。今の京子は魂のままだから、心の声がそのまま聞こえてしまうんだ」


(あーーー……、なるほど?)


分かったような、分からないような。

どうやら今の自分は魂だけらしいということは分かった。

人は、魂だけになってしまうと心の声がダダ漏れらしい。



「此処は世界を創造する神の領域の一端いったんだ。私達の庭のような場所だよ」

「庭ですか……。白いですね」


見たままそのままの感想しか出ない。

だって本当に、『白い』しかないんだもんと、感想を口にしてから言い訳が心の中に漏れる。


「そうだね。白いばかりではないのだけれど、人の魂ではそう見えてしまうんだよ。神域では見せてあげられる物に限りがあるからね」

「あ、そっか…。神様たちが見ている景色と私に見えてる景色が違うんですね」

「その通りだよ。例えば、京子には白く見える空のようなモノはたくさんの世界を映し出しているし、白い地面が続いているように見えているだろうけど、他の神域や他の次元が京子のすぐ側にあったりするね」


(な、なるほど…?)


なんだかスゴイところに来てしまったと、無意識に身体を抱くように腕を組み、縮こまってしまう。


「怖い思いをさせてすまない、京子」

「え!? あの、いえ、大丈夫です!」


まさか神様に謝らせてしまうなんて!? と、京子は恐縮し、慌てて両手を振って否定するが、リューエデュンと紹介されたふわふわの神が、すーっと、京子に近付いてきた。

そして、京子の目の前まで進み出るとそのふわふわの神は静かな声で語り掛けてきた。


「ヒカゲ ミヤコ。私は貴女に謝らなくてはいけません」

「え!?」

「私は貴女が私の世界へ攫われる事を止める事が出来ませんでした。本当にごめんなさい」

「えぇぇ!? いえ、そんなっ! 神様に謝っていただくなんて畏れ多いですっ!!」


わたわたと身振り手振りでリューエデュン神の謝罪を止めようとする京子だが、


「私も京子に謝罪しなくてはならない」

「はぇっ!!?」


いつの間に其処に来たのか、リューエデュン神の隣に宇宙神が突然現れたかのように話しかけられ、京子はあまりの驚きに文字通りその場で飛び上がった。


「君の魂がリューエデュンの世界に連れ去られたと言う事に気付けなかった。本当にすまなかった」


そう言って、伏せた瞳のまま、宇宙神がただの人だったはずの京子に頭を下げてしまった。

京子はあまりの状況に呆けてしまったが、頭を下げているのは宇宙を作った創造神様なんだと思い出した瞬間、「ひぇぇ…」と、情けない声が漏れてしまった。


(待って! 待って!! こ、これって謝罪を受け入れなきゃ神様たちに頭下げ続けられるパターン!?)


なにそれ怖い!! と、京子は二人の謝罪を受け入れるからもう辞めてくれと、涙目で叫んでしまった。


「わ、わたしはもう大丈夫ですから! お二方も、どうかこれ以上お気になさらず…!」


京子は自分は何とも思っていないからと必死に伝えるが、ふと見上げた宇宙神の表情はとても曇っているように見えた。

その表情に何か良くない予感を覚えた京子に、リューエデュン神が静かに語りかけてきた。


「ミヤコ、貴女に話さなければならない事があります」

「え…と、はい」

「……貴女は、宇宙世界に戻れません」

「え?」


(えっと…、なんで?)


「通常の転生とは異なる方法ではありましたが、貴女は私の世界『リューエデュン』で転生をしてしまいました…。もう、のです……」

(…それって…それじゃ、私…宇宙の世界に…、地球に帰れないってこと…?)

「……その通りです」


短い間だったけど、私はたしかに魔王だったもんね…。と、ほんの二ヶ月ほどしか生きられなかったが、京子には確かに、あの暗い部屋の中で過ごした記憶があった。


京子が宇宙神を見上げると、宇宙神は柳眉をわずかに歪めて京子を見つめているようだった。

その表情から、リューエデュン神が言っている言葉の通りなんだと京子は理解した。


「わかりました。私はそれで大丈夫です」

「……もう、地球には帰れないのですよ?」


リューエデュン神は京子を気遣うようにそう言うが、京子には地球での生活に『心残り』と言えるほどの物が然程なかった。

強いて言えば、両親の墓だが、京子が入院してからの墓守は父方の親戚たちがやってくれているはずなので心配はないと思う。

京子が亡くなった後の事も、彼らが面倒を見てくれているはずだ。おそらく自分の遺骨も両親と同じお墓に入れてくれているだろうと思えた。


だからまた生まれ変わるなら、世界が違っても同じだろうと思えた。

転生すれば記憶はリセットされるだろうし、何も覚えていないなら何処で生まれ変わっても変わらないはずだと京子は考えた。


しかし、


「京子…、今回の転生で君の記憶は消せないんだよ」

「……え?」

「これから京子に転生についての大切な話をしなければならない」


と、宇宙神は暗い表情で静かに言った。

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