選択【悪夢】 《re:Life》


── 全てが 無くなった。

今、ここに居るのは俺一人だった。

 

 室内に空いた大穴からは、無数に煌めく星の瞬きが垣間見え、俺を包む静寂は残酷な程にその美しさを際立たせていた。


『よく耐えましたね……。辛かったでしょう?』

 その言葉と共に姿を現したのは青く輝く女性。直感的に彼女がリヴィアであることを俺は理解した。


「ああ。これから、最後の仕上げが残ってるんだ。落ち込んでる暇は…無いよな」

 俺は床に落ちていたアクムの刀を拾うと、「終わらせよう、創造主を倒すんだろ?」と、リヴィアだった女性に目を向けた。


 彼女は同情するかの瞳で、『ええ、観測者はこれまでと『同じ』選択をしたわ。ただ、今回も同じ結末とは限らない。可能性を信じて進みましょう』と、両手を大きく広げると世界はその姿を変えていった。


 真っ白な空間だった。


 唯一、見えるのは虹色に輝く紐が集まり形成された大木たいぼくの様な物体。

 その木には幾つもの球体の実がなり、それは確か、ユーピテルと対峙した時に見た『知恵の実』と呼ばれていた物質によく似ていた。


『あれが、創造主とこの世界を繋ぐことわりです。そして、今から切り倒すべき……世界樹中枢神経よ』


『そして…』とリヴィアは手のひらを前に突き出すと、そこに緑に輝く光が集まり出し、それは女性の様なフォルムを型取っていく。

『これが、観測者の選択』


── 俺の目の前に現れたのは。


「えっ?…な、ナイン!」

 聞きたかった声が、見たかった姿がそこにはあった。


「アクム。逢いたかった」

 その言葉にアクムが頬を染める。

「私も……って、人使いが荒いのはどっちよ!」

 その、怒った仕草フリをする彼女を、俺はそっと抱きしめた。

「はは……。全く、一言多いんじゃないか?」

「そうね…本当に嬉しい。でも、終わらせなきゃいけないのよね」

 アクムは苦笑いを浮かべると、俺が持っている刀を掴んだ。


『さあ、創造主もそろそろ気付くわ。二人で未来を掴み取りなさい』

 リヴィアの声に俺たちは頷くと、大木めがけ走り出す。 観測者が与えてくれた、最後で少しばかりの、アクムとの時間。 それを、噛み締めながら。


 大木まであと少し、という距離まで辿り着いた時だった。 ボトボトと、大木にある実が落ち始めた。


「あれは……何?」

 落下した実はうねりながら、人の形に姿を変えると襲いかかってきた。

 その姿に、俺たちは息を呑んだ。


「そんな……」

 アクムが震える声を絞り出す。立ち塞がったのは、タイチョーやズイム、キサラギさんまで。

 今まで出会い、別れてきた者達だったのだ。


『二人ともしっかりなさい!それは創造主の『創造物想像』、偽物イミテーションよ!』

 俺とアクムは身をかわし、攻撃を受け流し、ただはしった。


 そして。

「ナインっ! 行くわよっ!」

 アクムの声に合わせ、俺は杖を振り抜いた。


 杖から発生した緑の波動は、アクムの放った衝撃波と混ざり合い、虹色に輝く光の刃となり大木を両断した。

 大木は倒れ、仲間たちの姿をした偽物と共にチリと化していった。


『ああ。これで、やっと…。物語が終えれるのね』

 そう言うリヴィアの笑みには、愛情と憂いが含まれているように見えた。


「リヴィア、ありがとう。これで、現実は救われるんだな」

 俺の言葉に『ええ』と答えるリヴィアは『本当に…長かった…観測者のおかげで『最後』で最良の物語をつむぐ事ができたわ』と続けた。


「リヴィア? どういう事?」

 アクムの言う通り、俺にもリヴィアの言葉の意味はわからない。

 アクムの問いにリヴィアはゆっくりと話し始めた。

『アクム…いいえ、阿仁間アニマ 芽亜メアさん。実は、貴女あなたと何百何千も一緒に旅をしたのよ』と。


 彼女が語った過去の出来事。

ある時はイヴが勝利し人類が滅亡し、

またある時はガーデンが現実を上書きし。

 その度、メアアクムとリヴィアが『物語』のループを繰り返したと。


『今回が初めてよ、『観測者』の意思流入が起こり、メアさんがアクムと語る事となったのは……。だから、予感はしていたの』


「それじゃあ、今回が今までで一番いい結果という事なの? それに『最後』って?」


『ええ、貴女の名前『アニマメア』ってラテン語で『魂』を意味するの。つまり、創造主の意思の一部を持って設定された人物だった……。 けれど、今回、トールとの闘いで貴方は死んでしまった。そこで観測者の意思により『魂』を使ってしまったの。だから、この先ループが出来なくなってしまったのよ』


 俺たちは、あくまで創造主に作られた命という事なのだろうか? だけど、自分たちの未来は自らの手で掴み取ったんだ。


「そう、よかったわ。私にそんな記憶は無いけど、現実世界の皆んなを救えたという事なのね」

 そう語るアクムの横顔は寂しそうだった。


 それはきっと ──。


「アクム、本当に今までありがとう。絶対に現実で逢いに行くからな」

 その言葉に彼女は背を向け「絶対よ!私が彼氏を見つける前に来ないと…知らないんだからっ!」と、語る彼女の肩は震えていた。


 その背中越しに俺はそっと肩を抱きしめ、

「約束だ…」と、えぐられそうな胸の痛みを堪えて呟いた。


『じゃあ、そろそろ夢から覚める準備は出来たかしら?』

 その言葉に俺たちはゆっくり頷く。


『二人とも、本当に今までありがとう。現実でも《二人》で精一杯生きるのですよ』


── 二人で?

 ふと、疑問が頭を掠めたが、辺りを覆う眩しい光と共に意識が薄れていった。

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