第52話 セクター長

     【 LOG:ナイン 】


 昨夜は色々と思う所があり、中々寝付けなかった。

 リヴィアの話によると、侵入者が6人も居るらしい。


 ── 俺と同じ『精神接続』をしている人間。つまり、こちらで死ねば現実の肉体も……。

 これから、その侵入者と戦う事になる可能性が高い。


「アクムには…伝えられないな。侵入者と戦わない方法を考えないと」

 俺は、とあるビルの前で天を仰ぎ呟いた。


 時刻は朝の9時。

俺は一人でハシダの執務室に訪れていた。

とはいえ、ここまでタイチョーが車で送ってくれたのだが。

 

 俺がハシダに会いたい理由は一つ、上に立つ者の考え方が知りたかったから。決してお礼が欲しかった訳ではなかった。

 案内されたエレベーターで上階に上がると執務室に通された。

 『ここで待っていて下さい』

 秘書の女性に促され、革張りのソファーに腰を下そうとしたが、辺の様子が気になりキャビネットに歩み寄る。その中には、『人心掌握術』や『成果を出す為の心構え』といったタイトルのビジネス書が詰め込まれていた。

「紙の書籍なんて珍しいな」

 俺は辺りを見渡すと執務室内は殺風景なもので、来客用の応接セットの他にはハシダのデスクがある程度だった。


 しばらくして、眼光が鋭いスーツ姿の男性が現れた。

「待たせたな、先ずは礼をいう。私はこのセクターを管理するハシダだ。君の名前は何と?」

 見た目は紳士だが、高圧的な態度でハシダは語りかけてきた。

 しかし、ユダの言葉が正しければ、これは演技なのだろう。


「ササキ アルトと申します。事前に了承無く中央塔を破壊した事はお詫びします」

 俺の言葉にハシダは表情を緩ませ、「問題ない、結果が全てなのだから、プロセスには興味は無いさ」という言葉に続けて、「報酬は何を望む?金か?」と、金庫に歩み寄る。


「俺の望みは、あなたの考えを教えて欲しい、それだけです」

 ハシダは『ほう…』と目を細め、俺に向き直った。


「あなたは、何故、そこまで憎まれてでもセクターを救おうとしたのですか?」

 その言葉に対し、『そこに掛けなさい』と、ソファーを指差し、俺はそれにならった。

「君は……。何を言っているんだね?」


「とぼけないで下さい。あなたが着任してから此処ここの治安は回復した。悪化したのはあなたの人気だ」


 ハシダは声をあげて笑い、語りだす。

「誰かがやらないといけない事をやったまでだ。そして、今、君と言う完成材料が現れた。これは嬉しい事だ」と。


 俺は、意味が解らないという表情をしていたのだろう、ハシダは続ける。


「例えばの話をしよう。学級崩壊したクラスがあるとする。それを根本的に改善するとすれば、どうしたらいい?」

 ハシダは嬉しそうに問いかけて来る。

「熱意のある教師を担当させる事でしょうか」


「近いが不正解だ、バラバラの意思を如何に教師が優秀でも、まとめる事は難しい。反抗勢力は数人残ってしまうからな。先ずは、意思を統一化する必要がある。人数が多ければ尚更だ」

 その方法は何か?という問いに、俺は答える事は出来ず、ハシダが続ける。

「人間が意思統一しやすい感情……。それは、恐怖と恨み。共通の『敵』を作ることだ」


「じゃあ、あなたは、その『敵』にわざとなっているという事ですか?その先はどうするんです?」

 ハシダは笑顔で答える。

「後は集約した意思。つまり、『君』の様な正義に倒される事で私の役目が終わり、セクターはより良いものになる。これは私のお願いだ、どうか、クーデターを起こし私を失脚させて欲しい」


「何故、そこまでして?」


「それは、私の『覚悟』だよ。責任を果たす義務と云うべきかな。そして、これまで犠牲にしてきた者への贖罪しょくざいでもある」

 そう語る彼の晴やかな表情は、威圧という仮面を脱いだ真の姿だったのだろう。


「俺は…あなたと話せて良かった。きっと、また『本当のあなた』に会いに行きます。そして、いつかあなたの望みを叶えます」

 ハシダには『本当のあなた』の意味が解らないはずだが、嬉しそうに頷く。

 そして、「待っているぞ」という言葉を聞くと、俺はきびすを返し部屋を出た。

 背中に感じる温かい視線。それは、心の中に芽生えた想いを明確な形に変えてゆく。

 俺が生きて帰れたら、やりたいこと。

今までのレールに乗った人生から、自ら道を切り拓いて辿り着きたい場所。

「いつか、俺はセクター長になる」


 庁舎を出ると、前でタイチョーが待ってくれていた。

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