第26話 作戦
── 作戦はこうだ。
この中央塔内部に、ガーディアンのメンバー全員を閉じ込める。 その方法は、この中央塔自体を覆ってしまうというものだ。 俺の『理を超える』強度の防壁で。そして、ガーディアンのアジトの地下室に至る、階段に使われていた電波を遮断する材質で。
これで、現実世界と分断されたユノ達ガーディアンは野望を果たす事が出来なくなる。と共に、目の前にあるパンドラを破壊しエリの脅威を阻止しなくてはならない。
他のセクターにあるパンドラに移動されてはいけないから。
── つまり、俺は、エリの精神を『殺す』事になる。
カイセの話を聞いている間すでに、中央塔を包むイメージは構築しておいた。 今や、俺の脱出口となる最上部以外は完成している筈だった。
その後、全国のパンドラ全てを破壊する必要がある。 現実世界とオリュンポスを完全に分断するために。 だから、俺は生きてここを脱出しなければならない。
「アルト! 何をしているの!?」というユノの悲鳴に似た声が胸に刺さる。
── ユノ。 少しの間だったけど、本当に君の事が好きだった。でも、君たちの理想は間違っている……。俺は絶対に阻止しなければならない。
どんな、罪を背負う事となっても。
刀が淡く緑色の光を放ち始める。
俺は、歯を食いしばり刀を振り抜くと、緑に輝く閃光がパンドラに向かって走った。
誰の声かもわからない「やめてぇぇ!」という叫び。怒りか恨みか、またはその全てか「やめろぉぉー!」という怒号。
ユノたちの悲痛な声が響くなか、閃光はパンドラの上部を切り裂くとともに、天井にも穴を空けた。
その刹那、爆発音と共にパンドラは煙と炎を吐き出した。
「貴様ぁ!」
カイセが鬼の形相で睨みつけてくるが、それに視線を真っ直ぐに返す。
「あなたたちの理想は間違っている! 強制的に書き換えられた現実なんて、あってはならないんだ!」
その中、ユノは破壊されたパンドラを眺めながら「……が…わたしが…あまかった…せいで…わた…あああああ!!!」呟きは絶叫へと変わり、その瞳の奥に狂気を宿す。
「アルトッ! 許さない、絶対に許さない! 殺してやるわ……。 もう、馬鹿なユノはここにいない! 私は『
そう言い放つと、ユノ…いや、ズイムが襲いかかってくる。 が、しかし ──。
(ユノ、実力の差は歴然だ…俺には勝てないよ)
その拳を避けると、ズイムは勢いよく床に倒れ込んだ。
「なんて事しやがるッ!」
正面からトヨダが銃を撃ってくるが、これも簡単に弾道が見える。それを半身でかわすと、背後からヤナセがワイヤーのような武器を放ってきた。
しかし、その動きはスローにしか見えない。
── みんな必死の形相だ……。 本当に信念を持って、今日のこの時、この瞬間を夢見てきたんだろう。 俺には偉そうなことを言う権利はないかもしれないけど、大きな夢を見すぎると足元が見えなくなってしまうのだろう。 今を生きる者たちの魂の大切さを。
「なんでだよ! なんで気付かないんだよッッ!! それが、あんたたちの『正義』なのか。今、現実を一生懸命生きている人たちの意識は、どうでもいいのかよっ!?」
俺の声に返ってくる言葉は無い。代わりに向けられたのはズイム達の止まらない攻撃だった。
── もう、説得出来る余地はない。天井の穴から脱出するしか……。 と、跳躍の為に踏ん張った時だった。
「……え?!」
俺が見たのは異様な光景だった。
それは、自分の脇腹から赤く濡れた剣が突き出ていたのだ。
後ろから刺されたと気付くより早く、耐え難い激痛が全身を走る。
「っぐっ!!」
今まで感じた事の無いほどの痛み、焼ける程の熱さに声すら出せなかった。 刺された方向に振り向くと、そこにはカイセの歪んだ顔があった。
「やっぱり、殺しておくべきでした」
その瞳には黒い炎が宿り、口元には泡がこびり付いていた。
──何故だ?! なぜ、背後を取られたんだ!?
そんな疑問に答える様に、カイセは言った。
「さすがに、空間消去のスピードにはついてこれなかったようですね……」
俺の空間消去を真似されたんだ。
どこかで自分にしか使えないと。 俺より強い奴は居ないと。 ……慢心していた。
途端に身体の自由が奪われた。
トヨダの弾丸が脚の肉を削ぎ、顔にズイムの蹴りが炸裂する。
魂ごと持って行かれそうになるが、中央塔を封印しなければならないという想いだけが、俺の意識を繋ぎ止めていた。
「もう……、手段を、選んで、られないな」
俺は自分の足元に『爆発』をイメージした。
その爆風がズイムとカイセを吹き飛ばし、俺自身をも上空へ打ち上げられる。
「ガーディアンの皆さん……。 ユノ。さようなら」
俺はその勢いのまま、天井の穴から脱出すると、計画通りに中央塔の周りを防壁が球体状に覆われていた。
僅かに残した出口へと、重力操作し浮遊しながらそこへ急ぐ。
防壁の穴から出た時、空には数多の星が輝いていた。
── そして、俺は。
歯を食いしばり、脱出した穴を塞いだ。
「はぁ、ぐっ…」
涙と脇腹からの血液が、球体状に仕上がった防壁に滴る。その赤を追って地上の様子が目に映った時だった。
予想だにしない光景に、俺は息を飲んだ。
「なんで……。『セレクター』が外にいるんだ。しかも、あんなに沢山…」
地上には夥しい数の『セレクター』が溢れ、人々を襲っていた。それはまるで地獄さながらの光景だった…。
その時だった。背面より声が響く。
『とんでもないことしてくれたわね』
振り向くと、そこには──。
虹色の髪と瞳をした少女、『エリ』が浮かんでいた。魔法少女のようなフリルのついた衣装の背中からは幾つもの輝く触手を揺らめかせ、鋭い眼光を湛えて。
『あなたのせいで……。エラーが。現実世界で『器』を作る為のセレクターを、
エリの身体にノイズが走る。 おそらくは思念体の様なもので実体では無いのだろう。
「あんな物を…現実世界に…だって?! く、狂って……」
その言葉にエリは、『狂っているのは、あなた達。社会というシステムを盲信する家畜の事よ』と、蔑む表情を浮かべると、触手を俺めがけて放った。
『あなたの力をもらうわ……。そうしたら、みんなを解放して喜んでもらえる! 褒めてくれる!』
迫る虹色の触手は、この世界の理を超える速度ではないものの、失血により朦朧とする意識の中で回避するのには限界があった。
「っっ!」
触手の一本が左腕に突き刺さり、魂が抜き取られる様な感覚が。
「させないっ!」
エリの目的は俺の『理を超える力』なのだろう。
それを渡す訳にはいかない。
すぐさま刀で切り裂くと、エリは『凄い精神力ね…』と、呆れた様に呟いた。
『もう少しおとなしくして貰うわ』
エリが掌をこちらに向けると同時に閃光が走る。 俺は衝撃と共に吹き飛ばされた……。
もう、自分の精神を制御する力は残っていなかった。 地上に落下する感覚を覚えながら、目の前に流れる自分の髪の色が薄くなっていくのが見える。
何か布のようなクッションに落下すると、そのまま俺の意識は途絶えた。
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