第1話 アクムとナイン
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観測者ログイン確認
西暦2158年 1月 17日(火)13:28
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「ナインッ!向こうの『天魔』をお願いっ!」
深い緑のミリタリーコートを身にまとった少女は金色の髪をなびかせながら、
その剣速は破裂音を伴い、音速を超えている事が窺い知れる。
切り裂かれた天魔はガラスが弾けたように虹色の破片となって散り散りに飛散すると、その甲高い音が二人が潜入している『中央塔』内部に反響した。
「本当、アクムは人使いがあらいなぁ……」
ナインと呼ばれた少年は銀色の髪を
瞬きする間もなく撃ち抜かれた天魔は、輝く無数の欠片となって辺りに降り注いだ。
「ふぅー、本当にどこからでも湧いてくるんだからっ! 早く最上階の本体を壊しちゃいましょ!」
アクムと呼ばれた少女は、『やれやれ』と、黄金色に輝くセミロングの髪をかきあげ、ナインに視線を向ける。
その瞳は右目が黒、左目は先程倒した『天魔』と同じ虹色の『オッドアイ』と呼ばれるものだった。
「多分、次の階に防衛システムがいるわ……。 ナインは『
そう言うとアクムは刀を鞘に収め、『カチン』と冷え切った空間に音が響いた。
ここは『
この国にある8つの人口集中地区、通称『セクター』では最北に位置する為、この1月の寒さはとても厳しい。
中央塔内部は機器保全の為、空調が利いているものの、「なあアクム? 今更だけど、なんでアンタはそんなに強いんだ? 災厄の日に『天魔』が現れる前からそんな力を持ってたのか?」と、黒色のコートの上から、自分の腕をさするナインの口からも白い息が溢れていた。
「これはね、災厄の日、私があなたから貰ったクリスマスプレゼントなのよ……。ナインの記憶が戻れば思い出すんじゃない?」
そう答えるアクムは、少し哀しげな表情を浮かべ、内壁沿いを螺旋状に続く上階へのスロープに目を向けた。
それを他所にナインは考え込む仕草で、「うーん、思い出せん…全ての『パンドラ』を破壊するという目的以外さっぱりだよ」と、ボヤいた。
「中央塔最上階の『パンドラ』を破壊すれば、この辺の『天魔』も消えるし、この世の平和の為頑張りましょ!」というアクムの言葉で二人は上階へと向かう。
やがて目の前に大きな扉が姿を現し、アクムが掌を当てると微かな電子音とともに左右に開き、二人の眼窩に広がる空間の中央には、トラックの荷台を思わせる物体があった。
その胴体から伸びる六本足と銃火器の数々。 アクムの言った『防衛システム』が二人を待ち構えていた。
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【LOG:アクム】
── 忘れもしない去年のクリスマス・イヴ。
その後『厄災の日』と呼ばれる事となった、あの日の出来事。
全セクターの夜空に突如として現れた、私の左目と同じ虹色の瞳を持つ天使と女神に似た悪魔達は、現文明の武器を持ってしても全く対抗することさえ叶わなかった。
人々は蹂躙され、生き残った国民が地下シェルターでの暮らしを余儀なくされた忌まわしきあの日に、ナインと出会わなければ私は間違いなく絶命していたのだろう。
間もなく奴らは、天使の様な悪魔という理由で『天魔』と呼ばれる事となり、私たちの日常や大切な者を無慈悲に奪い取った……。
私の大切な人たちも……。
── そして、与えられた。 残酷な真実を。
全国に8箇所ある、各セクターの『中央塔』。
その、最上階にある都市総合通信管理システムである通称『パンドラ』を破壊すれば、そのセクターに
私にその方法と、生きる目的を与えた『ウラギリモノ』の指示により、ナインと初めて破壊したパンドラは、
ナインの攻撃力は信じられないほど高い。
私には傷ひとつ付ける事が出来なかった、パンドラをいとも簡単に破壊した。
しかし、その力は先程使った魔法の様な技だけであって、接近戦や身のこなし方は生身の人間と変わらない。
つまり、『弱い』。
だから、私が守らなければならない……。
「いたわね」
開けた広い空間と、中央の防衛システムが視界に映る。
「私が攻撃を引きつけるから、ナインはトドメをお願いね。それと、決して暴走しない事!」
それは『S・サッポロ』に来る前の、『S•ナガノ』での出来事。
防衛システムとの戦闘の際にナインはそれを見た途端、血相を変えて一人で突っ込んでいった。
まぐれと言っても過言でない、私の放った刀の衝撃波がナインの肩を掠め、防衛システムの放った銃弾の軌道から彼を救う形となったのは只の幸運に他ならない。
改めて、ナインに注意をしておかないといけない。 彼が死んでしまうと全てが水の泡になってしまうのだから。
「ああ、前は…悪かったよ。なんだかあれを見ると、何て言ったらいいのかなぁ、感情が高まってしまうんだよな」
ナインは申し訳無いといった様子で、答えた時だった。
視界の隅で動く者の気配を察し、視線を向けた先にいたのは。
白い髪に、虚ろな瞳をした人間。
「アクムっ!
染人とは、天魔の瞳を直視する事で発症する、操り人形化してしまった、元は『人』だ。
彼らは今までの人格を無くし、染人化していない人を見境なく襲う。 いわば生ける屍と化した者達である。
今やこの国の地上には、パンドラを破壊したS•ナガノを除き『染人』と『天魔』で溢れていた。
「アクム!くるぞ!」
作業着に身を包んだ染人が叫び声を挙げながら襲いかかってくる。
「ええ…任せて。ナインは離れていて」
何とか元に戻してあげたい。でも叶わない。
『ウラギリモノ』は言った……。
染人化した人間を元には戻せないと。
「あなたの悪夢を終わらせてあげる」
私は握りしめた刀に、ありったけ高温のイメージを込める。
燃え盛る刀身の炎は赤から黄色に…… そして静かな青い炎に変わったとき、周りの熱量が一気に増した。
その刃を、私は躊躇いもなく染人に向け放った。
染人は跡形も無く消し飛んだ。
痛みを感じる暇も無かっただろう。
── そんな、ほんの僅かな思考の間に、まだまだ戦闘に慣れない私の弱さが露呈する。
耳元に響く、銃火器の向けられる微かな音……。
それは音も無く忍び寄る『死』を想像するには十分だった。
とき既に遅し…私の目の前には防衛システムの全銃口が向けられていた。
刹那、響く轟音。
反射的に瞼を閉じ、奥歯を噛みしめる……が、いつまで経っても来るはずの痛みは感じられなかった。
ゆっくり瞑っていた瞼を開くと、防衛システムは既に沈黙していた。
ふいに冷たい風が吹き抜け、その方向に目を向けると、壁には大きな穴が空いていた。
そして、防衛システムの本体にも風穴が空いていた。
「あっぶねぇ! 間一髪だったよ!」
ナインが両手を防衛システムに向けながら
青い顔をこちらに向けている。
「ごめんなさい、今度は助けてもらっちゃたみたいね」
── ああ、ダメだ。 染人を見ると思い出してしまう。
災厄の日の光景を、私の目の前で染人となってしまった
「これで、貸し借りなしね! さてと、パンドラを片付けにいきましょうか!」
出来るだけ明るく言ったつもりだが、胸の締め付けられる思いは無くならず、私は首元に装着している『PICT』に触れて呟いた。
「必ず。仇は取ってあげるからね」
「お〜い、アクム。早く行こうぜ〜」
先を進むナインの気楽な様子に、私は口元が緩むのを堪えて駆け寄っていった。
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