最弱魔法少女のソロぼっち異世界戦記〜勝てないので私、魔女になります!

ななつき

第0話 希望無き戦場

 夢など持たない事が生き残るすべなのです。

 私はそれをお父様とお母様と、親しい友人の全てを失う事で知りました。知り得ました。

 悲しいけれど全部失ったのです。


 私の4歳までの記憶はもうありません。

 ソレは多分楽しいこと、愉快なこと、笑い合える家族との団欒だんらん、そういった幸せが詰め込まれた宝箱だったように思えるのです。


 でも戦争が起きてから、そんなものはすがる為の夢でしか無くなってしまいました。


 家族はみんな夢を語って散っていきました。

 お父様は爆弾で目の前で木っ端微塵に、お母様は私をかばって銃弾の雨に呑まれて。

 友人達は───もう思い出せないぐらいにぐちゃぐちゃになって。


 その時から私は、夢なんて持たないようにしています。

 そのおかげが分かりませんが、私は───14歳まで運良く生き延びる事が出来ました。


 そこに至るまでに死にゆく人々を私は沢山見ました。


 そしてその誰もが口々に後悔を、希望にすがるような言葉を残して死んでいくのです。


 それを見る度、思うのです。思ってしまうのです。


 "だから夢なんて持たなければ良かったのに"って。


 もし、お母様がいたら私は悪い子と怒られていたでしょう。

 もし、お父様がいたら私は酷い子とののしられていたでしょう。

 もし、お友達がいたら私は怖い子とけなされていたでしょう。


 けれど皆、皆みんな。等しく死んでしまったのですから。

 そんな事はもう起こらないのです。


 でも私は怖いのです。

 ある日、のでは無いか、そう思ったあの時からずっと。


 だから私は祈ることにしました。

 壊したもの、失ったもの、消えゆくもの。

 その全てに等しく私は祈るのです。


 神様は何も言ってはくれません。助け舟なんて出してくれません。

 そもそも私は神様なんて信じていません。

 だからこそ、祈るのです。


 ──希望を捨てたあの日の、一人ぼっちの私の事を何度でも思い出す為に。


 _________________________


 ガタン、と私の乗った軍用トラックが揺れました。

 私は切ったばかりの黒い自分の髪の毛を右手でどかして片目を開けて、状況を確認し、いつもの事だとわかったので目を閉ざしました。


 良くある事です。

 雪道に寝転がっている死体を踏み潰すことなんて。


 私は目を閉じながら静かに祈りを捧げました。

 そうして寒空の早朝の雪景色の中を、再び静けさが襲うのでした。


 私の他にも何人か兵士さんが軍用トラックには乗っていましたが、ほぼ誰も反応していません。


 だから言ったのです。

 だと。

 誰も彼もがそれをよく理解していました。


 ……隣の女性を除いて。


「ね、ねぇねぇ!今、今のなあに!?ゆ、揺れたわ揺れたわ!?あの真っ黒いのは何、!」


 私は煩い人も居るものだなぁ、と耳栓を取り出そうとしました。

 他の兵士は既にとっくの昔に耳栓をつけてぐっすりと眠っています。


 けれど、運悪くと言いますか、まぁ寒さのせいでしょうか。

 私の手が震えた拍子に耳栓を落としてしまったのです。


 そして間の悪い事に、耳栓を隣の女性が偶然にも拾ってしまったのでした。


 私は別に他人に物事をされて、感謝しない訳ではありません。人として、そこはしっかりしておくべきだと昔母親に何度も言われたものですから。


「……ありがとうございます」


 私は少し素っ気なく、淡々と女性に伝え耳栓を取ろうとしました。

 すると女性はとても楽しそうな笑顔を浮かべ、私の手を手袋ごとぎゅっと握りしめたのです。


 そうして困惑している私の目と鼻の先に顔を持ってくると、私に全力で視線を合わせて──、


「ねぇ!貴女、お名前とか教えてくださるかしら?あと、さっきのあの揺れは何かとか、教えてくださる?わよね?」


 金髪のロングヘアを振りまきながら、私をまくし立てるのでした。


「……嫌です。 どうせすぐに忘れるでしょうし」


 私は嫌悪感を隠さずに、目を背けてそう呟きました。

 けれど女性は問答無用とでも言うのでしょうか、私の頬をがっしりと掴んで、それからもう一度訊ねてきたのです。


「教えて欲しいって言ってるのに、聞こえないのですか?」


 凄まじい圧を感じました。

 ここまでの圧を受けたのは、食料庫に火を付けてしまった時以来です。

 あれは悲しい事故だった……っと、そうではなく。


「……はぁ。…ナハトです。どうせ直ぐに忘れるでしょうし、覚える必要は───」


「ナハトね!ふふん、覚えたわ! 私の目の前で堂々と耳栓をしよーとしたあんぽんたんのことをね!」


 私は少しびっくりしました。

 というのも、この戦場となってしまった土地で、ここまで元気のある人間を見た事が無かったからです。

 何でしょう、これ以上話をするとこの人間のペースに巻き込まれる、そんな嫌な予感がして堪らなかった私は───、


「あと先程の揺れは死体を踏み潰しただけです。 あと何回かあると思いますが、慣れてください。 それでは耳栓を返してください、私は寝るのですから」


 さっさと会話の導線を切ってしまえと考えました。


 私は手を出してそこに耳栓が乗るのを待っていました、けれどどれだけ待ってもそこに耳栓の重さは感じられません。


 代わりにかえってきたのは、手の重さだけでした。


「嫌がらせですか? 人の物を拾ったら直ぐに返すって親に習わなかったのです───」


「あたしの名はソフィ!クラウ・ソフィ16歳よ!あ、あんたの名前もばっちしこのノートに書き留めといたから!」


 何故か不必要な情報を渡されました。

 というかわざわざノートなんかに私の名前なんて書く必要は無いと思うのですけれど?


 私の疑念をよそにソフィと名乗った女性は私の手をにぎにぎとして来ました。

 普通に気持ち悪いと、言いたくもなりましたが、何故かその言葉は、今の私の口からは出そうにありませんでした。


「にへへ〜。 きっと同い年でしょ!だってとっても貴女大人って感じだもの!」


 訳の分からないことを言うソフィさまに、私は──、


「私は14歳です。 貴女より若いのです」


 そんな風に返すことにしました。

 大人びていると言われたのはこれで4度目なので、きっと私は本当にそう思われるのでしょう。


「うそ、年下だった?!───ま、まぁ?大人びているのはいい事ですし?……それにしても本当なのかしら?ぅぅん、確かによく見ると若々しさをじわじわと感じ……分からないわ!私って人を見る目無いわね!」


 何故か分かりませんが彼女は自己解決なさったようなのでありました。

 変な人も居るものです。


「そろそろ耳栓を返してください。 私はしっかりと眠って魔道兵……いえ、リベリオンとの戦いに備えなければなりませんので。 ソフィさまも魔道銃の手入れをして、構えた状態で休む事をおすすめしますよ」


「───分かってるわよ。 でもね?私はお話がしたいの!」


 酷く傲慢な事を言い出しましたね、このソフィという方は。

 ですが私の意見など恐らくですが彼女は聞く耳を持たないのでしょう。


 それに耳栓を彼女に拾われている私には彼女の話を無視する術がありません。

 仕方の無い事だと私は割り切り、彼女の話を聞くことにします。

 ──どうせ数時間後には彼女の事など思い出す事も無いでしょうし。


「ふふん、聞いてくれるのね? いいわ、じゃあまずは私の妹が可愛くって仕方の無いって話から───」


 _________________________


 あれから小一時間、彼女はひたすら喋り散らかしていました。

 そのせいで私はどうでも良い他人の話を聞く事の苦痛を思い出してしまった程です。


 それでも彼女の話はとても楽しいもので、尚の事戦争中で無ければ良かったのに。

 そう思えて仕方がありませんでした。


 彼女は語ってくれました。

 妹がいて、救護兵を目指していて、私と同い年な事。

 彼女は私と異なり、つい先日戦場に来たという事。

 彼女の両親がとても優しくて、身体が悪かった事、それを見て私が代わりに戦場に行くと決意したと言う話まで。


 そして彼女は最後に、こんな話をしだしたのです。


「そうよ、貴女……が終わったら、私の両親のお店に来なさいな。 父自慢のパスタを思う存分振舞って差し上げるから!」


 ……それは彼女が戦争をあまり知らないからなのでしょう。

 な話をした人間は───、


「それは、そうですね。 私も居られたのならぜひ行って見たいものですね」


 声色を崩さないように、私は優しくそう返すことにしました。

 ……胸の奥がきゅうっ、と縮こまる感覚がしました。


 そんな私を見て、知ってか知らずかは知りませんがソフィさまは……。


「 ふふん、心配しなくても戦争なんて直ぐに終わるわ!人類は強いのよ?道具なんかに、人が創った魔道具風情になんて負けないわ!───だから、絶対よ?約束……そうね、貴女手袋を全部外しなさい?」


 寒いから嫌なのですが、彼女は強引に私の手袋を全部剥ぎ取ると……。


「───はいっ!これが私の故郷の約束を叶える為のおまじないなの。 えへっ、ちょ、ちょっと照れくさいけどね───」


 それは互いの指と指を絡ませて、握り合うというものでした。

 ……不思議なものです。


 まだ朝日が少し見えるぐらいの寒空で、手袋を脱いでいるのは寒いはずなのに───、


 ソフィさまの手の暖かさに、私は少しだけ安心を憶えてしまったのです。

 そして私は、彼女を一輪の花のように錯覚してしまったのでした。

 色あせた雪景色に、ぽつんと咲く強かな花のように、そう彼女は見えてしまったのです。


 _________________________


 もし平和な世界であったのならば、私は彼女との楽しそうな毎日を心から願っていたでしょう。


 ですが、今は戦争の最中なのでした。

 そして、優しい彼女は────もう、

 先程魔道具による強襲があり、それにより私達は大打撃を受けました。


 戦争は簡単に命を終わらせてしまいます。

 その人の人生の内容の素晴らしさなど、まるで意に返さないのです。


 既に冷たくなってしまったソフィさまの左手を、静かに私は握ります。

 ピクリともしません、そしてそれに私は恐怖を覚えることすら出来ませんでした。


 あまりにも、よく見た結末でありすぎたからなのかも知れません。

 それともやはり───いえ、きっとそうでしょう。


 私が悪い子だからそんな反応をしてしまったのかも知れません。

 ごめんなさいお母様、お父様。ソフィさま……。


 私は静かに手を振りほどくと、彼女の前で祈りを捧げました。

 それから僅かにソフィさまだった物に積もった雪を振り払いまして、私は戦地へと赴くことにしたのです。


「……さようなら、ソフィさま。冬空に咲く一輪の花のような強かなお方へ。……おやすみなさいませ」


 _________________________


 私は言葉を投げかけたあと、きびすを返して走り出しました。

 もうその頃にはソフィさまの事などきっぱりと忘れて。


 戦争とはこういうものです。

 戦場とはこういうものです。


 夢も、希望も、願いも、全部無い方が良いのです。

 それを、私はかつてソフィという人間だった骸の瞳を見て改めて思った訳なのでした。


 ……きっと私もここで死ぬのでしょう。


 だから最期ぐらい─────、


 そう私が思った瞬間でした。

 私の頭に物凄い衝撃が走ったのです。


 それは味方の流れ弾だったのかもしれませんし、敵の魔力弾だったのかも知れません。


 兎も角、私は静かにその場に倒れ込んだのでした。


 ゆっくりと意識が遠のいて行きます。


 怖いです。

 でも、何故かほっとするような、そんな自分が何処かに居て……。


 ごめんなさい、お母様。

 ごめんなさい、お父様。


 私はやっぱり、悪い子なのです。


 私の意識は、そこで途絶え……て……。











『────うーん、どうしたものか。 困ったぞ。 早く彼女を起こさなければ素体がダメになる。 あぁ、折角見つけたというのに、 の素体を……』
















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2024年11月30日 13:00

最弱魔法少女のソロぼっち異世界戦記〜勝てないので私、魔女になります! ななつき @Cataman

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