EP.14 ふみの想いとメルの考え

翌日、ハヤトは学校に来なかった。俺は「そんな時もあるだろう」とやや楽観視していたが、ふみはそうではなかった。


「私、ハヤトくんの家に行ってみようと思う」


放課後の部室でふみはそう宣言をした。メルは何も言わず、ただ窓の外を眺めている。


「俺は…、どうしようかな」


「別に行かなくていいんじゃない?」


冷たいメルの言葉に、ふみが露骨に嫌悪感を露にした。だが、2人はそれ以上言葉を交わすことは無く、ふみは鞄を持つと早々に部室を飛び出していった。


「…なんでメルはそんな冷たい言い方をするんだよ?」


「別に冷たくないと思います」


「けど、せっかくふみがハヤトを助けようとしてるのにあんな言い方はないんじゃない?」


「先輩、本当に追い詰められてる人にとって中途半端な優しさは、プレッシャーにしかならないと私は思います」


なぜだかメルの言葉には妙な説得力があった。だけど言葉では伝えきれない思いが俺の胸にあるのもまた事実だった。


「…それでも俺は放送部の部長として部員を守りたい」


「そっか、先輩は優しいんですね」


メルはそう言うと初めて控えめな笑顔を見せてくれた。俺はその笑顔を見てなぜだか胸が高鳴った。


「多分、ふみ先輩はハヤトくんと深く関わる事で傷つくと思います」


「…それはどういう意味?」


「弱ってる人を支えるのって、凄くエネルギーが必要だし、多分ハヤトくんの痛みをふみ先輩自身も同じように感じると私は思います」


俺は正直メルは凄いと思った。つい1ヶ月前まで小学生だったとは思えないくらい、メルの思考は大人びていた。


「ハヤトくんの事はふみ先輩が支えて、ふみ先輩の事は先輩が支えて、先輩の事は私が支えますね」


「…それだとメルの事は誰が支えるんだよ?」


俺の問いに、メルは再び視線を窓の外へと向けた。メルの背中からはほんの少し「孤独」が感じ取れた。


「私は誰にも支えてもらわなくて良いんです。だから先輩は何も心配せずに、ふみ先輩を支えてあげてください」


それっきりメルは口を閉ざし、俺もどんな言葉をかけるべきか分からないまま時間だけが過ぎていった。


「もうこんな時間ですね、そろそろ帰りましょう」


「…あ、ああ。そうだな」


そうして2人揃って部室を後にし、それぞれが帰路に着いた。家に帰ってからも俺の頭の中にはメルの言葉がぐるぐると回り続けていて、それと同時に初めてメルの笑顔を見た瞬間の胸の高鳴りを思い出し、恥ずかしいようなくすぐったいような妙な感覚に包まれていた。

翌日、昼休憩に部室へ向かうと少し落ち込んだ雰囲気のふみが廊下に座り込んでいた。


「…なにかあった?」


「…あっ、けいすけ。うん、昨日ハヤトくんの家に行ったんだけどね」


ふみはそこで言葉を切ると、ゆっくり立ち上がった。廊下でするような話ではないのだろうと思った俺は、部室の鍵を開けて中に入った。


「それで、ハヤトには会えたの?」


「ううん、出てきてくれなかった」


そう語るふみの横顔はどんよりと曇っている。


「…今日もハヤトは休んでんの?」


「うん、さっきハヤトくんのクラスの担任の先生に聞いてみたんだけど、休んでるって」


「そっか、でもまだ風邪で休んでるだけかもしれないし、もう数日様子を見てみた方がいいんじゃない?」


「…そうだね、ありがとう。そうしてみる」


この日はそれで解散し、放課後の部室にもふみは姿を現さなかった。とはいえ放送部の活動を止める訳にもいかないので、俺はメルを連れて長井楽器店へと通い、アナウンスの練習や未だ手付かずの企画についての勉強を続けることにした。

そうして3日が経過した放課後、ふみがようやく部室に顔を出した。


「…けいすけ、ちょっと相談があるんだけど」


部室にはメルもいたが、ふみが何となく話しづらそうにしていたので、俺はメルに「1人で長井楽器店へ行くように」と伝え、ふみの話を聞くことにした。


「どうした?」


「ハヤトくんの事なんだけど、昨日ね、やっとインターホン越しに会話ができたんだ」


「そっか、それでハヤトはどうだった?」


「…うーん、やっぱり元気が無いというか、元々明るいタイプじゃないけど、それとは違う感じと言うか」


確かにハヤトは元々明るく活発なタイプではない。むしろ控えめで1歩下がっている、そんな印象の男の子だ。


「それで、昨日はどんな話をしたん?」


「私ね、不器用だから回りくどい言い回しとか出来なくて、ストレートに聞いちゃったんだよ。なんで学校休んでるの?クラスメイトから虐められてるの?って」


ふみの真っ直ぐな性格からしてそれは仕方の無い事だと思った。


「ハヤトはなんて答えたん?」


「…なにも。最初はね、ちょっとだけ世間話も出来たんだけど、私が学校に来てない事とか虐めの事を聞いた途端に黙っちゃった」


俺はなんとなくだけど、ハヤトの気持ちが分かるような気がした。いくら先輩とはいえ、女の子からそんな風に聞かれるのはプライドが傷つくだろうし、場合によっては元々あった傷をもっと深くえぐる可能性だってある。


「…私、余計な事しちゃったのかな?」


そう呟くふみの両目には、今にも溢れだしそうに涙が溜まっていた。俺はどう励ましたら良いか分からず、ふみの肩に手を置くことしか出来なかった。

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