第21話
シオンたちとは反対方向に歩いて行ったソフィアたちの間に、会話はなかった。
ソフィアのルナに対する感情は、最初ほど悪くはないとは言え、決して良いとも言えない。
一方のルナも、ソフィアを邪魔者に思う気持ちは健在。
そんな2人が仲良くするなど、土台無理な話だろう。
だが、今はそれで良いのかもしれない。
何故なら彼女たちは、本気で戦うつもりなのだから。
充分な広さを確保したソフィアは、リルムの魔道具を発動させる。
見た目に変化はないが、これで外から見られる懸念は消えた。
その様をルナが黙って眺めていると、ソフィアは通常の訓練よりも遠い間合いを空けて相対する。
一瞬片眉を跳ね上げたルナは、笑みを浮かべたまま問い掛けた。
「随分と離れているけれど、どう言うつもりかしら?」
「貴女の本領は遠距離攻撃でしょう? 最初から近くにいたら、フェアとは言えません」
「へぇ。 この距離で戦っても、勝てると思っているの?」
「ずっとこのままでは、不利でしょうね。 ですが、接近すればわたしに分があると思っています」
「ふぅん。 まぁ、良いわ。 その自信が間違いだったって、教えてあげる」
そう言ってルナが生成したのは、長い方の銃。
初めて狙撃されたときのことを思い出したソフィアは、固い顔付きになりながら、退くことはなかった。
「そちらこそ、その自信満々な態度、いつまでも続くと思わないで下さい」
長槍と大盾を構えたソフィアに対してルナは、笑みを深めて人差し指を舐めた。
彼女は否定するだろうが、これはソフィアを強敵だと認めた証。
ルナが生きる為に殺し屋をしていたのは嘘ではないものの、彼女自身が強者との戦いを楽しんでいたのもまた事実。
そう言う意味では、シオンよりもよほどバトルジャンキーだと言える。
そんな中でコインを取り出したソフィアは無言でルナに見せ、高く弾き上げた。
重力に引かれたコインは、すぐに地面に落ち――
「行きますッ!」
「ふふ、来なさい痴女姫」
戦端が開かれる。
ルナとの距離を埋めるべく、ソフィアは全速力で駆け出した。
それを見たルナは鼻で笑い、挨拶代わりの1発をお見舞いする。
長銃を真っ直ぐに突き付け、躊躇なく発砲。
目視出来ない速度で弾丸が放たれ、ソフィアに迫った。
もっとも、ルナとてこれで終わるとは思っていない。
恐らく、大盾でガードされるだろう。
ただ少しでも足を止めて、自分のペースに引きずり込もうとしていた。
ところが――
「はぁッ!」
「……!」
ソフィアは大盾ではなく、長槍を用いて弾丸を弾いた。
シオン以外にこのような手段で防がれるとは思っていなかったルナは、内心で衝撃を受けている。
しかし即座に切り替えて、立て続けに3連射。
狙いは頭と右腕、左脚。
同時に凌ぐには面倒な部位を狙った彼女だが、ソフィアに迷いはない。
全身を大盾で隠すようにして、そのまま突き進んだ。
瞬時に状況を把握して対応出来ていることに、ルナは密かにソフィアの評価を上方修正する。
加えて自分の攻撃では、大盾を突破することが難しいとも感じていた。
元々ルナは、単純な攻撃力と言う点ではそこまで高くない。
ただし、それを補って余りある能力と経験値を持つ。
凄まじい勢いで突貫して来るソフィアに笑みを向けたルナは、弾丸を撃ち込んだ。
今度もソフィアは防ごうとしたが、この一撃は外れている。
ミスショットと思ったソフィアはチャンスだと思い――地面に身を投げた。
「あら、良く避けたわね」
本心かどうか知らないが、感心した様子のルナ。
一方のソフィアは大きく息を吐き出し、なんとか気を落ち着かせようとしていた。
ミスショットに思われた、今の1発。
弾丸が捉えたのは地面に落ちた石だった。
それによる跳弾で背後からソフィアを襲ったのだが、本来なら当たっていただろう。
だが、ルナが跳弾させる為に威力を落としたことを察知した彼女は、紙一重で回避に成功した。
そしてこの攻防は、『輝光』最大の弱点を露にしている。
それは、正面以外からの攻撃に弱いこと。
大盾の防御力は途轍もないが、受けられなければ何の意味もない。
シオンとの訓練でもそのことは痛感していたが、ルナにも既にバレていた。
悔しくないと言えば嘘になるが、ソフィアは落ち着いている。
そのことをルナは意外に思いつつ、攻撃を再開しようとして――
「ルナさんは、本気でシオンさんが好きなのですか?」
ピクリと、手を止めた。
油断を誘う為かと思ったルナだが、ソフィアの表情は真剣そのもの。
もしかしたら、最初からこの話をするつもりで誘ったのかもしれない。
そう考えたルナは溜息をつきつながら、はっきりと伝えた。
「好きよ。 いえ、愛しているわ」
「……そうですか」
「それが何なの? 貴女に関係あるのかしら?」
「大ありです。 わたしは、彼と結ばれる運命にあるのですから」
「ふふ……絵本か何かの読み過ぎね。 運命なんてもの、存在しないわ。 いいえ、仮にあったとしても、結ばれるのはわたしよ」
「どこから来るのですか、その自信は」
「鏡を見て、ものを言って頂戴」
「うるさいですね。 そもそも、彼のどこが好きなのですか?」
「まず、強いことね。 あれだけの強さを見せられたら、心を奪われても仕方ないでしょう?」
「否定はしません。 ですが、シオンさんの本当の魅力はそこではありません。 彼は何よりも、可愛いのです。 男性ではあり得ないあの可愛さ……最高です」
「何? 貴女って痴女の上にルッキズムなの? 救いようがないわね」
「どちらでもありません! それに……最初はそうでしたけれど、最近は少し変わって来ています」
「ふぅん、どう変わったと言うの?」
「シオンさんは……優しいのです。 少しわかり難い優しさではありますけれど、わたしが知る誰よりも優しいです。 そのせいで嫉妬することもありますし、本当はわたしにだけ向けて欲しいですけれど……そうではないからこそ、シオンさんなのです」
「……理解出来なくはないわ」
苦笑気味ながらも、どこか嬉しそうなソフィア。
口では控えめながら、内心では激しく同意しているルナ。
このとき2人は、確かに気持ちが通じ合っていた。
それぞれが想いを確認するかのように、沈黙が落ちる。
だがそれは長く続かず、気を取り直したソフィアは、長槍を高々と掲げて宣言した。
「わたしは、シオンさんと結ばれます。 その為にも、彼に最も近しい実力者であることを譲る気はありません」
「……良いわ。 改めて、その勝負受けてあげる。 完膚なきまでに叩きのめしてあげるから」
「やれるものなら、やってみて下さい」
真っ向から視線をぶつけ合った少女たちは、尋常ではない神力を練り上げた。
訓練の枠組みを越えているだとか、今後の旅への影響とか、そんなものは度外視。
今このときに勝利するべく、全身全霊を賭す覚悟を決めている。
こうして彼女たちは、一進一退の攻防を時間いっぱいまで繰り広げ――やり過ぎだとシオンに怒られるのだった。
シオンがサーシャの特訓に取り掛かり、ソフィアとルナが死闘を繰り広げていた頃、アリアは試行錯誤していた。
理論的には出来るはず。
しかし、実際には中々上手く行かない。
だからと言って諦められなかった。
これが出来れば、『剣技士』の弱点を1つ克服可能。
そうすれば、今より役に立てるかもしれない。
もしかしたら、シオンに好きになってもらえるかもしれない。
彼がそんなことを気にしないことをアリアは知っているが、どんな小さな可能性でも良かった。
今のままでは、彼に振り向いてもらえないとわかっているアリアは、藁にも縋る思いである。
方向性が致命的に間違っていることも、重々承知。
それでも今の彼女は、そうせざるを得ない。
地面に視線を落としていたアリアは、頭を振って気を取り直し――
「ちょっと休憩しなさい」
「ひゃ!?」
背後から首筋に、冷たい物を押し当てられた。
驚いたアリアが涙目で振り向くと、そこにいたのは呆れた様子のリルム。
手には果汁ドリンクを持っており、差し入れに来てくれたらしい。
反射的にアリアは謝罪しようとしたが、咄嗟に言葉を入れ替える。
「有難うございます、頂きます」
「あら、今日は素直じゃない。 何かあった?」
「え、えぇと……シオン様の教えを守ろうと思いまして」
「あー、なるほどね。 まぁ、取り敢えず休みましょ」
「は、はい」
そう言ってリルムは、平原に腰を下ろした。
無防備に座っているので下着が丸見えだが、たぶん自分もいつも似たようなものなのだろうと思ったアリアは、敢えて何も言わない。
それから暫くは2人が飲み物を飲む音だけが薄っすら聞こえていたが、今更になってアリアはあることが気になった。
「そう言えば、リルム様は魔箱の研究をするんじゃなかったんですか?」
「ん? そうだけど?」
「じゃあ、どうしてここに?」
「気分転換ね。 ずっと研究してると、煮詰まっちゃうから」
「……そうなんですね」
リルムは何でもないように言っているが、アリアは彼女が自分を心配して様子を見に来てくれたのだと察している。
そのことに微笑を浮かべたアリアは、思わずリルムの横顔をジッと見つめた。
それに気付いたリルムは、果汁ドリンクから口を離して問い掛ける。
「どうかした?」
「い、いえ……その……」
「メイドちゃん、あたし気になったことは確認したくなるの。 諦めて話した方が良いわよ」
「わ、わかりました。 えぇと……リルム様って、世間のイメージと全然違うなと思いまして……」
「そうかしら? 自分じゃ良くわかんないわね」
「だって、他人に興味がないとか変人とか言われてますけど、そんなことないです。 凄く親切ですし、しっかりした考えの持ち主だと思います」
「面と向かってそう言われると恥ずかしいけど……ありがとね。 でも、世間のイメージもあながち間違ってないのよ」
「え? そうなんですか?」
「うん。 だってあたし、他人がどうなろうとどーでも良いし。 メイドちゃんが親切って感じたのは、あたしにとってメイドちゃんが他人じゃないからね。 要するに、身内以外にはすっごく冷たいのよ」
「でも……サーシャ様にも、凄く親身になっていませんでしたか?」
「あー……まぁ、あの修道女の場合はちょっとね。 特例みたいなものよ」
「なるほどです……」
「変人かどうかは、何とも言えないけどね。 人間、誰しも何かしら拘りがあって、それを突き詰めて行ったら皆が変人になっちゃうと思うもん」
「それは……そうかもしれませんね」
リルムの言い様に、アリアはクスリと笑った。
そんな彼女にリルムは微笑を浮かべ、気になっていたことを尋ねる。
「ねぇ、メイドちゃん。 昨日何かあった?」
「え!? ど、どうしてですか?」
「うーん、なんとなく? さっきのこともそうだけど、いつもと違うように感じたから、そうなのかなって」
「な、何もないです……とは言えません」
「そうなんだ。 それって、メイドちゃんにとって嫌なことだった?」
「嫌じゃありません! むしろ、凄く幸せな時間でした!」
立ち上がりながら叫ぶアリア。
彼女の迫力にリルムは一瞬呆気に取られたが、すぐに苦笑を浮かべて同じく立ち上がる。
取り乱したことをアリアは恥ずかしがっており、苦笑を深くしたリルムは彼女の頭をゆっくりと撫でて言い放った。
「シオンが好きなのね?」
「……ッ!? そ、それは……その……」
「隠さなくて良いわよ。 たぶんお姫様も、ゴスロリも、もしかしたら修道女も気付いてるから」
「そ、そうなんですか……!?」
「あ、認めたわね?」
「う……!」
「あはは、可愛いわね」
「むぅ……。 リ、リルム様こそ、どうなんですか?」
「あたし?」
「そうです。 リルム様だって、シオン様が好きなんじゃないですか?」
少し拗ねたアリアは、苦し紛れに問い返した。
それを受けたリルムは――
「好きよ、大好き」
にっこりと笑って告げる。
あまりにもはっきりと言い切られたことで、アリアは逆に固まってしまった。
彼女の様子にまたしても苦笑しつつ、自身の想いを語るリルム。
「最初からそんな気はしてたけど、もう決まりね。 あたし、シオンに恋してる」
「……凄く落ち着いてますね」
「そうでもないわよ? 今だって心臓がドキドキしてるし。 でも、嫌な気分じゃないわ」
「……不安じゃないんですか?」
「不安? 何が?」
「シオン様が振り向いてくれないんじゃないかとか、他の人とくっ付いちゃうんじゃないかとか……」
アリアとしては今まさに自分が抱えている悩みで、言葉にすることでより重く感じた。
しかしリルムは、少し考える素振りを見せてから、淡々と言葉を連ねる。
「んー、現時点で振り向いてもらえる可能性は、ほぼゼロじゃないかしら。 あたしだけじゃなくて、他の子たちもね」
「……ですよね」
「でも、だからこそ燃えるのよ」
「え?」
「ほら、あたしにとっては初恋な訳だし、これくらい難易度が高くないとつまんないじゃない」
「……リルム様は、やっぱり変わってるかもしれません」
「そう?」
「はい。 ですが……わたしも、頑張ろうって思いました。 有難うございます」
「お礼を言うなら、シオンを諦めてくれると助かるんだけど?」
「絶対嫌です」
「あはは、そうよね。 じゃあ、競争ね。 あたしとメイドちゃんとお姫様とゴスロリと修道女……ううん、もしかしたらまだ増えるかもしれないけど、誰がシオンを射止められるか勝負よ!」
「はい、負けませんから……!」
「そう来なくっちゃ」
笑顔を交換した2人は、固く握手した。
リルムは平気なようだが、実際はアリアと同じような不安を抱えている。
それでも口にしたことに偽りはなく、本気で自身の恋を楽しもうと考えていた。
彼女に勇気付けられたアリアも吹っ切れ、今後もシオンを想い続ける決意をしている。
そうして恋愛話に花を咲かせていた少女たちだが、本来の目的も忘れてはいない。
「それで、メイドちゃんはどんな訓練をしてたの?」
「あ、実は……」
アリアの説明を受けたリルムは一瞬目を丸くして、次いで楽しそうに笑った。
発想自体は、それほど突拍子もないことではない。
ただ、『剣技士』と言う階位に詳しければ詳しいほど、それが難しいとわかるはず。
目の前の少女が改めて規格外な存在だと認識したリルムは、興奮を抑え切れず声を上げた。
「面白いじゃない! メイドちゃん、あたしも協力するわ!」
「え!? で、ですが、リルム様には研究が……」
「だいじょーぶよ。 実はあたしも一区切り付いて、試したいことがあったの。 だからギブアンドテイクってことで、こっちの実験にも付き合ってくれない?」
「わ、わたしに出来ることでしたら……」
「オッケー! じゃあ、早速始めましょうか!」
「は、はい!」
その後、2人は時間ギリギリまで協力して訓練を続け、なんとか形にするところまでは辿り着いた。
それぞれの時間を過ごしたシオンたちは魔家に集合し、旅を再開する。
たった数時間の出来事ではあったが、パーティに確かな変化が起きていた。
それが良いか悪いかは、現時点でははっきりと言えない。
清豊の大陸は昼間でも、真夜の大陸は常に夜。
分厚い雲が空を覆い、雷雲が轟いている。
居城のテラスから外を眺めていたユーノの顔には、感情の窺い知れない無表情が張り付いていた。
しかし、彼と親しい者が見れば、その内に激情が渦巻いていることに気付くだろう。
尚もユーノは無言を貫いていたが、唐突に声が響いた。
『お待たせ致しました、ユーノ様』
「いや……時間通りだ、ヘリウス」
声の主はヘリウス。
発生源は部屋の中の鏡。
それから暫く無言の時間が続いたが、へリウスはユーノの言葉を待つ。
その場を静寂が支配し、2人の時が止まっているかのようだ。
だが、確かに彼らは生きており、やがてユーノが口を開く。
「首尾はどうだ?」
『今のところ問題はありません。 順調だと言えるでしょう』
「わかった。 引き続き頼む」
『かしこまりました』
再びの沈黙が落ちたが、今回はそれほど長く続かない。
伝えるべきことを伝えたヘリウスが、率先して終わりの言葉を紡ぐ。
『それでは、失礼致します』
「あぁ、ご苦労」
彼らのやり取りは、基本的にいつもこのような感じだ。
端的で、無駄がない。
ところが――
「へリウス」
ずっと外を見ていたユーノが振り返り、鏡を見つめる。
呼び止められたことにへリウスは驚いたようだが、返事を遅らせるようなことはなかった。
『いかがされましたか、ユーノ様』
逆にユーノはすぐに答えず、口を閉ざしている。
見た目には、おかしなところはない。
それでもへリウスは、姿が見えなくてもユーノの心が乱れていることを察していた。
無慈悲なようで仲間を大切にする主の心情を思い、へリウスは鏡の向こうで密かに苦笑する。
そうして遂に、ユーノが沈黙を破った。
「お前には、いつも世話になっている。 我の唯一の腹心として、本当に誇らしい」
『勿体ないお言葉です』
「これからも、我を支えてくれ」
『無論です。 この命が尽きるまで……いえ、肉体が朽ちようと、わたしはユーノ様に忠誠を捧げます』
「……そうか。 良い報告を期待している」
『お任せ下さい。 失礼致します』
その言葉を最後に、へリウスの気配が鏡から消えた。
ユーノはその場から動かずにいたが、何かを振り切るように外に目を移す。
視界に広がる夜の闇に心を侵食されないよう、彼は強く拳を握った。
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