第20話
アリアは焦っていた。
『格闘士』ほどではないが、『剣技士』も階位の特性上、集団戦が得意とは言えない。
それでも彼女は自身の非凡な能力をもって、必死にトレントを押し留める。
「【サークル・スラッシュ】……!」
広範囲を斬り裂く、アリアのスキル。
膨大な数のトレントが餌食となったが、すぐに再生が始まった。
しかし、彼女はそれを承知の上で戦っており、連続で【サークル・スラッシュ】を発動することで、復活した傍からトレントを斬殺する。
とは言え、このような戦い方を続けていれば、いずれ限界が訪れるはずだ。
天才と言って差し支えない彼女も、神力の総量はそこまで並外れている訳ではない。
加えて【転円神域】の使用と、ここまでの戦闘によって、少なからず消耗している。
もっとも、そのようなことはアリア自身が、誰より良くわかっていた。
彼女は自分が途中で力尽きるとしても、最後まで全力で戦い続ける決意を固めている。
ところが、それを許せない者がいた。
「飛ばし過ぎよ、メイドちゃん」
「……! リルム様……」
「こいつらは倒したところで復活するんだから、お姫様に近付けないように立ち回れば、それで良いの」
「ですがそれだと、後衛のリルム様は危険なんじゃ……」
「馬鹿ね、そんなこと考える必要ないわ。 あたしなら、自分のことは自分でなんとか出来るから。 とにかく、あんたはペースを落としなさい。 そうすることが、回り回ってお姫様の為にもなるんだからね?」
「……わかりました、有難うございます」
「お礼を言われることじゃないってば。 ほら、また来るわよ」
「はい!」
リルムに窘められたアリアは、それまでのがむしゃらな戦い方から、最低限の敵を倒す方針に変えた。
そのことに微笑を漏らしたリルムだが、予想通り彼女に近付くトレントが増えている。
前衛がいない『攻魔士』は、どうしても後手になりがちだ。
しかしリルムは、そのような常識の外にいる使い手。
「光栄に思いなさい。 あたしの本気が見られるんだからね」
不敵な笑みを浮かべたリルムは膨大な神力を魔力に変え、最も得意とする魔法を詠唱する。
「火の精霊に告ぐ――」
脅威を感じたトレントたちが、一斉に彼女に殺到した。
「紅き炎よ剣と成りて――」
木の根や蔓を振り回して亡き者にしようとしたが、リルムは華麗に避けながら尚も口を動かす。
「我が前に立ち塞がりし遍く者たちに――」
トレントたちは躍起になっているようだが、当たらない。
「斬閃を刻め――」
そして締めの文言を呟き、遂に魔法が完成した。
「【
瞬間、周囲で蠢いていたトレントたちが、粉微塵に斬り裂かれて燃え尽きる。
それを実行したのは、リルムの周囲に浮遊する5本の炎剣。
火属性の上級魔法、【紅蓮焔剣】。
発動するだけなら使える者はいるが、彼女ほど使いこなせる者は他にいない。
本来なら1本の剣を生成するのも難しい魔法にもかかわらず、リルムはその卓越した技量によって、このような神業を成し遂げていた。
その上、アレンジが施された彼女の【紅蓮焔剣】には、オートで敵を迎撃する性能まで備わっている。
やはりリルムも、紛れもない天才。
恐れをなしたトレントたちは動きを止めていたが、彼女はそのような隙を見逃さない。
「やっちゃいなさい!」
振るわれた5本の剣から炎の刃が繰り出され、多数のトレントを灰燼と化す。
それによって行動を再開したトレントは、またしてもリルムに攻撃を仕掛けたが、やはり【紅蓮焔剣】によって防がれた。
攻防一体のこの魔法は、維持する為に神力を消費し続けるものの、彼女は必要最低限で済ませている。
クレバーな戦い方を貫くリルムを目の当たりにして、アリアは自身を恥ずかしく思っていたが、彼女も常識から掛け離れた強者だ。
「やぁッ……!」
大上段から振り下ろされた大剣が、一撃でトレントを屠る。
スキルの乱発をリルムに止められたアリアだが、その代わりに別の力を発揮していた。
【神域】によってトレントの位置を常に把握し、どう動けば最も効率良く倒せるかを考え続ける。
目まぐるしく変わる戦況の中で、それを成し遂げるのは彼女にとっても簡単ではないが、弱音を吐くことはなかった。
そうして2人の天才が協力し、なんとかトレントたちを足止めしていた、そのとき――ドンッ――と。
地面を震わす衝撃を感じたリルムとアリアが、すぐさま発生源を探ると、ちょうどソフィアがいる辺りだった。
反射的に振り返ったアリアが、どうするべきか迷った一方で、リルムは端的に告げる。
「行きなさい」
「え……?」
「お姫様が心配なんでしょ? トレントはあたしに任せて、助けに行ってやりなさいよ」
「しかし、それではリルム様が……」
「大丈夫よ。 時間稼ぎくらいなら、1人でも平気だから」
「……信じます。 だから、絶対あとで会いましょうね」
そう言い残したアリアは、ソフィアの加勢に向かった。
その姿を敢えて見送ることもなく、リルムは自嘲気味に笑みをこぼす。
「あーあ。 仕方ないとは言え、損な役回り引き受けちゃったわね。 でもまぁ、格好付けた手前、頑張るしかないかな」
現在進行形で、【紅蓮焔剣】を用いて戦っていたリルムだが、ここから先はそれだけでは足りない。
1人でトレントを止めると言うことは、かなり広範囲をカバーしなくてはならないからだ。
一瞬、魔導書のことが脳裏を過ぎったリルムだが、首を横に振って却下する。
「駄目よ。 今いるトレントを一掃して終わるならともかく、復活する相手に使うものじゃないわ。 面倒だけど、地道に掃除して行くしかないかぁ……」
ウンザリとした様子で溜息をつきながら、逆に闘志を昂らせるリルム。
獰猛な笑みを湛えながら足を踏み出した彼女は、【紅蓮焔剣】を防御に集中させ、【火球】で確実に1体ずつ倒して行く。
研究熱心なリルムは、工房に閉じこもっていることが多かったとは言え、実験に必要な素材を集める為に、1人で危険地帯へ赴くことも度々あった。
それゆえに体力も意外と多いのだが、流石に本職の近距離タイプの階位には及ばない。
森を走り回りながら魔法を行使するのは見た目以上の重労働で、リルムの息は荒くなり、とめどなく汗が流れている。
尚且つ、この戦いは終わりが見えず、精神的にもかなり辛い。
だが、彼女は一切の弱みも見せず、むしろより一層勢い込んで魔法を繰り出した。
今の彼女を支えているのは、ソフィアとアリアを守ると言う使命感もあるが、それ以上に大きなことがある。
「シオンは特殊階位の相手をしてるのよ。 それなのにあたしが、トレント如きに負ける訳にはいかないでしょーがッ!」
自身を鼓舞するように叫んだリルムは、魔箱からアイテムを取り出して飲み干す。
回復薬のように見えるが、微妙に色が違った。
これは彼女特製の薬品で、体ではなく神力を回復させる。
存在を知れば欲しがる聖痕者は後を絶たないだろうが、リルムに流通させるつもりはない。
理由の1つは作成者、つまりリルム本人にしか効果がないから。
そして、もう1つは――
「うぐッ……!」
劇的な効果と引き換えに、耐え難い痛みを伴うからだ。
歯を食い縛って目尻に涙を浮かべ、必死に激痛と戦いながら、【火球】を撃ち続ける。
神力は回復出来たものの、根本的な体力は限界に近付いていた。
それでも、休息を訴える体に鞭を打って、足を動かし続ける。
【紅蓮焔剣】をもってしても、全ての攻撃を凌ぎ切ることは出来ず、リルムの体に細かな傷が刻まれ始めた。
多くの苦痛を味わいながらも、彼女の心は折れない。
体力が尽きたら気力で勝負。
ニヤリと笑ったリルムは唐突に立ち止まり、ぜぇぜぇと肩で息をしつつも、強気に言い放つ。
「ちまちま動き回るのはやめよ。 ここからは、あたしが倒れるのが先か、お姫様たちがミゲルを倒すのが先かの勝負だからね! 【爆裂炎】! 【爆裂炎】! またまた【爆裂炎】ッ!」
【爆裂炎】を連続発動させたリルムは、森ごとトレントたちを吹き飛ばした。
先ほどまでと打って変わって大雑把な戦法になったが、これは苦肉の策。
体力を失った彼女は、余力のある神力を総動員して、力ずくでトレントを押し留めることに決めたのだ。
長持ちしないのは百も承知だが、リルムに迷いはない。
「お姫様、メイドちゃん! 死んだら化けて出てやるんだから!」
憎まれ口を叩きながら笑みを浮かべた彼女は、最後の一滴まで絞り出すつもりで、魔法を発動し続けた。
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