第4話「元カノの現状」

 どうしようどうしようどうしよう。

 見られた見られた見られた。

 高校生のころから付き合っている健五郎。

 私の彼氏。

 彼に、夏山先輩と会っているところを見られてしまった。

 走り去っていく彼を見て、猛烈な後悔に襲われる。



「おにいさん!」



 そして、もう一人、見てしまったものがいる。

 


「お姉ちゃん、どういうこと?」

「え、あの春季、これは違うの」

「お姉ちゃん、何をしてるの?ちゃんと説明して」

「わ、わかったよ」



 春季は私なんかよりもずっと頭がよくて、しっかりしている。

 だから、この状態でも無表情を崩さない。

 怖い。

 何を言えばいいのか、まるでわからない。

 けれど、何か言わなくては。

 言わないと。



「先輩にはその、ちょっと相談に乗ってもらってたの」

「相談って、何?ラブホテルでどんな相談をしてたの?」

「それは、その」



 春季は目を細めて、ため息をついた。

 私は、咄嗟に目を逸らしてーー隣にいる夏山先輩を見る。

 先輩は、こんな状況でも落ち着き払って堂々としていた。



「春季ちゃんだっけ、まだ中学生かな?」

「高校生です」

「まだ子供だからわからないと思うんだけどさ、色々あるわけよ恋愛とかしてると。付き合ったからってずっと一緒にいるとは限らない。愛情が覚めたりすることもあるのさ」




 落ち着いた声音で、態度で、子どもに言い聞かせるかのように夏山先輩は語りかける。



「……つまり、姉さんはお兄さんと別れるってことだよね?さっきの会話から察するに」

「……そうよ」




 喉がつかえたような感覚を味わいながら、私は何とか答える。

 だってもう、そうするしかないんだもの。

 仕方がないじゃない!

 二人のうちどちらかを選ばないといけないだなんて。

 ましてや、こんな急激に。

 本当はずっと悩んでいたのに、迷っていたのに。

 じっと、春季は感情の見えない目で私を見つめている。

 中学に上がったころから、彼女はあまり私の前では感情を見せなくなった。

 理由はわからない。

 ある種の反抗期だと解釈していたし、特にあまり気にしていなかった。

 早熟ゆえのものだろうと判断していた。

 今は、そんな彼女の無表情が怖い。

 


「ふーん、わかったよ、好きにすれば?」



 表情を変えないまま、春季は口を開いて。



「私も、好きにやるから」



 ぼそりと、春季がつぶやいた言葉の意味はよくわからなかったが。

 ともあれ、春季が私を責めようとする様子はまったくなかった。

 ああよかった。

 これならきっと大丈夫だろう。



「じゃあ、これから三人で食事でもしないかい?奢るからさ」



 先輩はきらめく笑顔を振りまいている。

 あくまで妹だからと分かっているけれど、少しだけもやもやしてしまう。

 その笑顔は、私といるときだけにしていて欲しいのに。

 格好いいけど。

 


「いえ、この後予定があるので失礼します」

「予定?」



 妹は今部活動にも入っていないし、塾にも行っていないはずだ。

 何かあっただろうか。



「美容院に行かなくてはならなくなったので」

「?」




 美容院に行く、ならわかるけれど。

 行かなくてはならなくなったというのがよくわからない。

 どういう意味だろうか。



「あはは、それは残念。じゃあ、またの機会に」

「ええ、そうですね。そんな機会があればですけど」

 

 

 先輩に対して春季は酷くそっけなかった。

 一瞥すらせず、私達に背を向けると、そのまま歩き始めた。




「それにしてもオシャレな子だねえ」

「オシャレ?」

「いやだってさあ、美容院に行くなんて、あの子多分髪切ったばっかりだろうに。イメチェンでもするのかな?」

「……もう、あんまり他の子に目移りしちゃだめですよ?」

「……するわけないじゃん。俺にはお前ひとりだよ」



 そう言って、先輩は私を筋肉質な両腕で抱きしめる。

 心臓が跳ねる。

 今まで味わった快感を思い出して、身体が熱と疼きを覚える。

 私達は、体をくっつけたまま歩き出した。

 既に、私の頭の中は先輩のことでいっぱいになっていた。



 ◇


「許さない」



 私は――スマホに入っている録音アプリのボタンを押して、録音を止める。

 


「おにいさんを裏切るなんて、あんなにお姉ちゃんを愛していたのに」



 ぎゅうっと潰れてしまうかと思うほどに、私はスマートフォンを握りしめる。



「私は絶対に許さないよ。お姉ちゃん」


 

 たった一人の姉を呪う言葉を発しながら、私は今後の計画を練り始めた。



◇◇◇


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