第2話 黒猫の魔法
アリスは一般家庭出身というだけで断られてしまった。そもそもルミエール座には名だたるかの有名な役者の息子や関係者、その血筋を持った人でなければ入団の許可は降りないというものだった。あまりのショックでひどく落ち込んだアリスは絶望してその後、何に対しても無関心になってしまい友達と遊ぶことさえ出来なくなった。優れた人選をしなければ劇団は衰退の一歩を辿ってしまう。賢明な判断であるからこそ、アリスには自分の無力さが浮き彫りになってしまった。家柄だけでその人は無能とレッテルを貼られてしまうのは当然誰が考えてもおかしいと思う。アリスは現実と理想のギャップに押し潰されかけていたその時、女神がアリスに舞い降りた。
「アリス、あなたは何も悪くありません。この逆境に打ち勝つ覚悟はありますか?もしあるのならあなたはもっと自分を信じるべきです。」
「もう…私には頑張る気力さえありません。あれを見たでしょう。現実は無慈悲で理不尽ものです。心ゆくままに生きても何もいいことなんてない。自分が傷つくだけだ。」
「そんなこと絶対にありません。よく考えてみてください。あなたには世界を覆すチャンスが到来しているということに気がつかないのですか?もしもあの劇団以上にあなたがその能力を開花させたのならば、結局どうでも良いことになりませんか?」
「確かにそうなってもらいたいけど、私にはそんな自信ない。今までも散々否定される人生だった。だからこそもうこれ以上無駄なことなんてしたくない。怖いんだ。」
「なら仕方ありませんね。あなたがどれほど輝かしい存在であるかわからせる必要がありますね。」
「わからせる?どうやって?」
「これから行われる舞踏会に参加するのですよ。あなたの実力を磨くのにはうってつけの機会だと思いませんか?あなたの健闘を祈っているわ。」
すると声は途切れ元の自分の部屋で寝ていた。
一体何だったのだろう…。舞踏会?それとこれと劇に何の関係があるのだろうか?
アリスの心の中は考えるほど錯乱状態になった。
それから数日後、家にある一通の手紙がアリス宛に届いた。
誰からだろう?裏面を見てみるとウィリアムと書いてあった。よくよく考えてみてもこの人が何者であるか思い当たる節がなかった。
仕事から帰ってきた両親に聞くも知らないと言っていた。それじゃ、私の近辺に関係がある人だろうか?
手紙の中身を見てみるとどうやら招待状であることが文面から見てとれる。女神が言っていたことってもしかしてこれのことかな?
日も暮れて欠伸をしていると、窓の外から小さな黒猫が私をじっーと見つめていた。
何か言いたげな雰囲気を醸し出すその黒猫は、家に入れてもらいたくて窓ガラスをペロペロと舐めていた。このままだと可哀想だと思い、仕方なく部屋に入れてあげた。するとアリスに擦り寄り甘え出した。
「どうしたの?甘えん坊だなー。」
アリスは黒猫の頭を撫でると、煙が一瞬口に入って咽せっていると、一人の人間がそこに座っていた。
「ここどこ?君、誰?」
「それはこっちの台詞だわ!」
唐突な返答に思わずアリスはツッコミを入れてしまった。
とりあえず気を取り直し、アリスは詳しく人間に話す。
「ここは私の部屋。名前はアリス。一体どういう風の吹き回しでこうなったの?」
「僕はオズ。その…。簡単に言うと家出してきたんだ…。」
「え?どうゆうこと?」
「実は僕の親父は一座の劇団員で、そこそこ名前のある役者なんだけど僕には他に夢があるんだ。だけどそれ無視して要求を強要してくるんだ。お前はいずれ役者になって俺の跡取りとして一座の中心人物になってもらわなければならないって。僕はあんな厳しいレッスンなんて受けたくもないし、むしろ普通の会社員として働きたいんだ。」
「あなたの夢は会社員になることなの?」
「そうだよ。なのに…。僕はもう嫌になって自前の魔法で猫に化けてこっそり家を抜け出してきたってわけ。」
「どこでそんな魔法習ったの?ていうか、この世界に魔法なんて実在するの?」
「君も見たでしょ。僕が猫から人間になるところ。その質問はナンセンスなんじゃない?」
「一応その話は置いといて、オズはこれからどうするの?お母さんとか心配しないの?」
「母さんは僕が小さい時に他界してるんだ。マリアって言うんだけどとても優しい人だった。なのに親父が母さんを殺したんだ。」
「え!?何があったの?」
「それは小さな誤解から生まれた悲劇だった。母さんには一つ下の異母弟がいて名前はチャールズ。チャールズには婚約者がいて名前はソフィアと言った。ある日、マリアは買い物をしに行くと、別居してるはずのチャールズに会った。二人で会話しているところをたまたま通りかかったロバートが目の当たりにして浮気をしていると思い込みその日の夜、母はナイフで殺された。ロバートは何事にも衝動的な性格で一度殺意が生まれると何が何でも貫徹してしまうんだ。その後、ロバートは警察に捕まって禁錮14年の刑が言い渡された。その間僕は養護施設に入所していた。殺人を犯したのに死刑にならないこの世界は本当にイカれているとその時思った。実の父親だとしても母親を絶対に殺めてはいけないと思うし、人として失格だと思う。それから父親は刑期を終え帰ってきたわけだが、性格は治っておらず、僕に対して暴言も吐く。でも唯一の取り柄なのは人の誰よりも演技力があるということ。」
「散々な目に遭ってきたのね…。」
その話を聞いてアリスはあるアイディアが降りてきた。
「そうだ!オズ、あなたに良い提案がある。」
「それは何だい?」
「私たち交換してみない?」
「え?どういうこと?」
「私はオズになりすまして親父のレッスンを受けて、オズは私になりすまして生活するの。魔法で変装するなら容易でしょ?」
「言っておくけど親父のスパルタぶりはこの地域でも有名だぜ。お前に耐えられるだけの根性があるとは思えない。やめとけ。お前あいつに殺されるかもしれないぞ。」
「それでも私はやり遂げてみせるよ。一度は諦めた夢をまた台無しにしたくないから。」
「僕は知らないよ。」
「オズは会社員になりたいんでしょ?オズにとって好都合だと思うんだけどなぁー。」
「僕からも条件がある。」
「何?」
「この秘密を他の誰にも絶対にバラさないということだ。お前口軽そうだからあんまりのりたくないんだよな。」
「大丈夫!絶対に約束守るから。」
「そういう奴ほど破るんだよ、人間は。はぁ…。こんなことのために魔法は使いたくなかったんだけどなぁ、仕方ないかぁ…。」
「オズこそ家出するために使ってたくせに。」
二人は約束を交わしてその日からアリスはオズになりきって生活することになった。
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