第26話 人魚姫の憂い

 雷が荒れ狂う。

 ケルピーって水に住んでる精霊だろ! 雷って違うだろ!


 そう言ってやりたいが、そんなことを叫んでいられる余裕はない。

 次々と放たれる雷を、《龍翼》をはためかせて三次元的に飛び回りながら躱していく。


「《ファイア・ボール》!」


 反撃とばかりに火球を放つが――ケルピーの正面に水の壁が出現し、易々と鎮火されてしまった。


「はぁ!?」


 あんまりな状況に僕は思わず叫んでしまう。

 いやまあ、ケルピーだから水魔法とか得意だろうけどさ。雷も水もとか、聞いてないし!!


 理不尽すぎて泣きたい。


「ちくしょう剣砥のヤツ! 後で絶対シメる!!」


 呑気に気絶しているいじめっ子を恨む。

 大体、この状況は全部このバカがしでかしたことだ。なんで僕が尻ぬぐいしなくちゃならない。


 と、そんな僕の鬱憤が伝わったのだろう。

 

「お、お父さん! もうやめて!」


 可愛らしくも逼迫した声が、辺りに響いた。

 声の主は、ミリーさんだ。


「その人は私を助けてくれただけ! だからもういいの! お願いだから正気に戻って!!」


 自分の娘の、悲痛な叫び。

 これを聞けば、理性を失った父親が、動きを止めて目から涙を流し、理性を取り戻していく感動の展開に――


『ヒヒィイインッ!!』


 ――ならなかった。

 嘶きと同時に、ケルピーの周囲に水の玉が生まれる。


「いやセオリーガン無視するなよ!! 愛する娘の言葉だぞ! しっかりしろお父さん!!」


 が、僕の命がけのツッコミも虚しく、次々と生まれるバスケットボール大の大きさの水を凝縮した玉は、ざっと100を超える数。こんなものが周囲に向けて放たれれば、僕どころかミリーまで巻き込まれてしまう。


「こんの頑固親父!!」


 ケンちゃんもミリーさんの父親も、本当に余計なことしかしない。

 僕は慌ててミリーさんのところへカッ飛んでいき、横抱きに抱えるとその場を離れた。

その瞬間、水の玉の群れが放たれた。


大量の水は、縦横無尽に飛び回る僕等を掠め、周囲の壁や天井に激突し、次々とクレーターを作っていく。

こんな中、動かずにいるケンちゃんに玉が当たらないのは、悪運が強いという以外の何物でもないだろう。


「くっ、反撃のチャンスすくれないのか!」


 どんどんと速度が上がっていく猛攻。

 今はなんとか逃げ回っているが、致命的な攻撃を喰らうのももはや時間の問題だ。


「ごめんなさい」


 不意に、腕の中で震える声が聞こえた。

 見やれば、ミリーさんが目元に涙を浮かべていた。


「私が、勝手に外に出てきさえしなければ、こんなことにはならなかったんです。私の身になにかあれば、お父さんが怒ることは、知ってたのに……だから!」


 ぎゅっと唇を噛みしめるミリーさん。

 僕は小さくため息をついて。


「まるで、「これからはずっと自分の部屋で寂しく暮らしていく」とでも言いたげだな」

「え?」


 ミリーさんは、驚いたように僕を見る。


「別に、我が儘言ってもいいんだよ。まだ子どもなんだから。シャルと一緒に冒険して、怖い思いもして、でもそれ以上に楽しい経験をして、そうやって大人になっていく」


 僕は、壁を蹴って水の猛攻を避けながら、言葉を続ける。


「それを親が心配するのは当たり前だけど、それでも君がここに来たことは間違いなんかじゃないよ。自分の意志で、したいことをしに来ただけなんだから。僕は君のせいで厄介ごとに巻き込まれたなんて、そんなしょうもない嘘は言わない」


 はっきりと、断言した。

 この状況は、君の我が儘が招いたものじゃないと。君はもっと自由でいいんだと。

 

 それを受け止めたミリーさんが、なんとも言えない表情をする。心なしか、頬が赤い気もするが……


 と、そのときだった。

 水の玉に隠れるようにして、極太の稲妻が放たれた。


「まずっ!」


 これは、避けきれない!

 僕は反射的にミリーさんを庇い、稲妻が直撃するギリギリで腕に《龍鱗》を纏わせる。

 が、よほど威力が大きかったのだろう。

 

 稲妻が鱗を貫通して――危うく意識が飛びかけた。


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