第25話 暴走

『ヒヒィィイインッ!』


 いななきが、ダンジョン全体を振るわせる。

 一見すると馬の鳴き声だが、その質は桁違いだった。


 声だけで、周囲の壁がガラガラと崩れ去り、“ライト・バグ”の群れが危機を察知して次々と自爆していく。

 幸い、僕等の近くにいた“ライト・バグ”は地面に落ちて行動不能になっているから、爆発に巻き込まれることはなかったが――


「マジか……」


 僕は、壁を割って現れたそのモンスターを前に、戦慄していた。

 大きさはこの間相対した“キング・サイクロプス”より一回り小さい程度。しかし、感じる威圧感は比べものにならない。

 全身のデザインは馬に酷似している。青白い肌に、筋肉質な身体。ブルーメタリックの立派な毛並み。

 尻尾は馬というよりも魚の尾ひれに近い。


 最強種“ケルピー”。

 そして――人魚母の旦那にして、ミリーさんの父親。


「ま、マズいのう。これは!」


 僕の隣に並んだシャルが、脂汗を垂らしつつ呟く。


「あ、あなた! 娘は無事よ! 正気に戻って!!」


 人魚母が叫ぶが、赤い目を光らせたケルピーの怒りが収まる様子はない。

 ダメだ。完全に理性を失って暴走状態に入っているらしい。

 娘が危うく殺されかけたことを察したのだから、無理もないのかもしれないが――

 

「とにかく、なんとかするのじゃ! コヤツに暴れられたら、死者が何人出るかわからぬぞ!!」


 シャルが矢継ぎ早に言い、魔力を解放しようとして――


『ヒヒィイインッ!』


 再びケルピーが嘶く。と同時に、ケルピーの額に巨大な魔法陣が展開され、バチバチと稲妻が弾ける。

 そして――極大の雷が放たれた。

 

 世界が、明滅する。

 耳元で爆竹を鳴らしたような爆音が脳を揺らし、いくつもの雷撃が弾ける。

 その稲妻はダンジョン内を駆け抜け、地面をことごとく舐め上げた。


 地面も、壁も、大地震が来たかのようにグラグラと揺れ、地面や天井が砕ける。


「なっ!」


 僕は、明滅する視界の中で見た。

 僕のすぐ横の地面が崩落し、シャルと人魚母が真っ暗な穴に落ちていくのを。


「シャル!」

「旦那様! 今、そちらへ飛んで――」


 シャルが翼を広げたが、その瞬間、崩落してきた天井が穴を塞いでしまう。


「シャルッ!!」


 必至に叫ぶが、天井の分厚い岩で塞がれた穴の向こうから、声が返ってくることはなかった。

 そして――雷鳴が止む。


 黒い煙が晴れたこの場所には、恐怖からか気を失って股間を濡らしているケンちゃんと、ミリーさん。そして、僕だけが残されていた。


「嘘……でしょ?」


 全身を駆け巡る怖気おぞけ

 

 目の前には、無傷のケルピー。

 頼みの綱のシャルはこの場にいないし、強力な“最強種”である人魚母も奈落の底に消えていった。


 残されたのは、中途半端な力しかない僕と、箱入り娘のミリーさん。

 そして――ケンちゃん……は、恐怖失禁してなくてもどのみち戦力にならないから関係ない。


「この状況、どうしろと?」


 理性を失ったケルピーの前に、娘の声が届く――とも思えない。

 僕は、ピンチな状況に歯噛みした。

 

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