第22話 因縁の対決
《絆視点》
時は、少しばかり遡る。
シャルに案内されたワープポータルから28階層へ飛んだ僕は、あちこちから生えた鉱石や岩を飛び越えて駆け抜けていた。
「お母さん! ミリーさんの気配はわかりませんか!?」
「あなたにお母さんと呼ばれる筋合いはないわ!」
えぇ……でも名前知らないしな。
そんな風に思っていると、小川を飛び跳ねて併走する人魚母が早口で言った。
「旦那と違ってそういう能力はないからわからないけど……いる気はするわ!」
「根拠は?」
「この間、あの子が綺麗な光が舞ってるのを見たって言っていたもの」
十分だ。
僕とシャル、それに人魚母は、“ライト・バグ”の群れが蔓延る空間を駆け抜け――やがて、見つけた。
人魚姫と思われる人影を。
しかし――その背後に見知った顔があり、今まさに人魚姫の身体に短剣を突き立てようとしている姿を。
「くっ!!」
僕の頭は、一瞬にして沸騰した。
正直、怒りで頭が真っ白になっていた。
「離れろ!!」
怒りのままに、僕はケンちゃんに向かって跳び蹴りをかました。
蹴りを放ったあとで、彼が人魚姫に組み付いていたことに気付き、一緒に吹っ飛ばされないかヒヤッとしたが、蹴りの衝撃があまりにも強すぎたらしい。一応、手加減はしてるはずなんだけど。
ダルマ落としのように、ケンちゃんの身体だけが水平に吹っ飛び、向こうの壁にたたき付けられていた。
「ぐっ! いでぇえええええええええええええ!」
ケンちゃんの上げる絶叫。
「……あ」
ミリーさんは呆けたような顔で、僕等を見ている。
「間に合った」
僕は、思わず安堵の息を吐いた。
もう少しで、ミリーさんは殺されていたかもしれない。
しかし、娘の無事がわかったというのに、母親の顔は優れない。
むしろ、どんどん青ざめているような――
「て、テメェ!! いきなり何す――ッ!?」
勢いに任せて吠えかかってきたケンちゃんが、僕を見て息を詰まらせる。
「――は? おい、なんでお前が……お前がこんな深い階層にいんだよ」
信じられないものを見たような顔で、ケンちゃんが呟く。
深い階層? ああ、そうか。確かに中層はかなり深い方だと言う人もいる。けど……バケモノが蔓延る深層から帰還した身で言うと、深いとは言えない。
もう感覚がバグりつつあるのだ。
それに、コイツのくだらない質問に答えてられる精神的余裕はなかった。
「あのさ、ケンちゃん。今、その子を殺そうとしたよね?」
「あぁ? だからどうした! そんなくだらねぇことよりも、俺の質問に――」
「くだらねぇこと?」
「っ!?」
殺気が、僕の身体から漏れ出た。
あまり他人に対して殺意なんて持ったことがないけど、今回ばかりはそんな甘さがどこかへいった。
「泣いて震えてる女の子を、笑いながら殺そうとしたことが、くだらないこと? 本気で言ってるんだとしたら、ちょっと見過ごせないんだけど」
身体から漏れ出た殺気がオーラとなって、空気がビリビリと震える。
一触即発――というよりも、ケンちゃんの額に見るからに脂汗が浮きまくっていた。
それでも、僕みたいな落ちこぼれには、大きな顔でいたいプライドみたいなものがあるんだろう。
「はぁ? 女の子? 何言ってんだテメェ。下半身が魚とか、どっからどう見ても気色悪いだけのバケモノだろうが! バケモノをいたぶって、殺して、何が悪い!?」
「……そっか」
僕は、心の中で嘆息した。
正直、ウンザリだ。僕を苛めてきたときは、優越感に浸りたいだけの悲しいキャラだと思っていた。
人にはそれぞれ考え方がある。
シャルみたいな龍の女の子を、モンスターと躊躇いなく分類するヤツも中にはいるだろう。
“最強種”は、智恵を持つだけで、本質はモンスターなのだから。
でも、泣いて、笑って、甘えて、嫉妬して。
そんな風に生きている彼女たちを高笑いしながら、なんの罪悪感もなくいたぶって殺すようなヤツを僕は許したくない。
ただの偽善だと言われようが、そんなことは関係ない。
シャルやミリーさんのような子を知ってしまったのだから、僕は彼女たちの味方でいたいと思う。
だから――
「もういいよ。君だけは、ボコボコにする。ミリーさんに土下座するまで」
「やってみろや! インチキでレベル上げただけのカス野ろ――」
最後まで待たなかった。
次の瞬間には、彼我の距離を一瞬で詰めて腹に強烈な一撃を叩き込んでいた。
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