第16話 ボス戦

「ふぅ~ん。今日はお仲間も一緒なのね」


 斧を落とした泉から女神が出てくるみたいな感じで出てきたソイツは、切れ長の瞳で僕を睨んだ。

 ぞっとするほどに美しい声。


 それもそのはず。

 ソイツは――このお屋敷のボスの正体は。

 緩くウェーブした薄緑色の髪と、女性の上半身と、美しい魚の尾鰭を持つモンスター――


「に、人魚!?」


 僕は思わず叫んでいた。

 え!? なんで!? 囚われてるのも人魚で。でもここにいるボスも人魚で……どういうこと!?


「? そこの殿方は“最強種”ではない……ただの人間かしら? ふふ、ひ弱な人の子を番いにするなんて、あの偉大な「漆黒龍」の血を引く者も堕ちたものね」

「ちっ、やかましいわ。今は父上のことなどどうでもよかろう!」


 シャルの父親?

 なんかよくわからない話が出てきているが、今はそんなこと気にしている場合ではない。


「まあいいわ。なんのつもりかわからないけど、!」


 何やら引っかかりのある言葉を言い放った刹那、人魚の目が怪しく光った。


「来るぞ!」


 シャルの叫び声。

 人魚の周囲の水が浮き上がり、3桁を超える水の弾丸が視界を埋め尽くして迫る。


「いっ!?」

「人魚の固有スキル、《水流操作》じゃ! 気をつけろ! 気を抜いたら身体に風穴が開く!」


 なんだそのデタラメな威力は!?

 歯噛みしつつも、僕は《ファイア・ボール》を連射して水の弾を迎撃する。


 それでも、根本的に物量が違いすぎる。


「《龍鱗》!」


 迎撃を諦め、全身に龍の鱗を張り巡らせて耐える。

 隣のシャルも、同じようにして攻撃を耐えていた。

 しかしこれ……とんでもない威力だ。Sランクモンスターの“キング・サイクロプス”の棍棒すら逆に粉々にする強度の鱗だというのに、ただの水鉄砲を受けただけでミシミシと悲鳴を上げている。


「あら? シャル嬢はともかく、あなたまでそんな技が使えるのね? ただの人間にしてはやるけれど――」


 言いながら、人魚は尻尾をうねらせて水面を叩く。

 刹那、巨大な水の刃が生じて僕めがけて肉薄し、容赦なく身体を刻んだ。


「っづ!」


 痛みが走る。傷は浅いが斬られた。

 シャルの鱗でも防ぎきれない威力! これが、“最強種”か!


「く、そ!」


 僕は手を伸ばし、反撃とばかりに《ファイア・ボール》を撃つ。

 が――


「――まだまだ青いわね」


 同じ速度でぶつけた水の弾と混ざり合い、対消滅してしまう。


「くっ!」

「良い子はお寝んねしてなさい。私は、この泥棒猫……あら? この場合泥棒龍かしら? まあとにかく、そこの若輩に用があるから」

「誰、が――!」


 即座に反撃に移ろうとする。

 しかし、次の瞬間人魚の声色が変わった。


「いいわ、子守歌を聴かせてあげる。ラ~ララ~♪」


 刹那、身体がガクンと傾ぎ、飛ぶ力を失ってそのまま真っ逆さまに落ちていく。


「な、んだ……?」


 酷い脱力感。それに眠気も――この歌のせいか?


「くっ! やられた! 《蠱惑之美声ローレライ》……歌声を聞かせた相手の自由を奪う、状態異常系の固有スキル!」


 真っ逆さまに落ちていく僕の視界に、苦しげに呻くシャルの姿が映る。

 彼女は辛うじて飛ぶ力を維持しているようだが――長くは持たないだろう。


「あなたには聞きたいことが山ほどある。洗いざらい佩いて貰うわよ。ただで済むとは、思わないで?」

 

 掠れていく思考の端で、冷たく冷え切った人魚の声色が響く。

 そして――僕の身体は水面に到達し、飛沫をあげてプールの底まで堕ちていく。


 昇っていく泡を見上げながら、僕の思考は徐々に焦りで埋まっていた。

 息が出来ないから死ぬ、とかそんなことじゃない。

 1人残されたシャルは、何をされるんだ?

 僕の知らない場所で、八つ裂きにされるのか? あの子が……無邪気で、ウザくて、でも心優しい。側にいるだけで元気をくれる、あの子が?


 そんなの……許せるわけがないだろう!

 ゴポリと、口から大きな泡が吹き出る。状態異常をかけられて身体が動かないなら、無理矢理動かせ!

 あの歌声が僕の思考を縛るなら、いっそ酸素なんてこの場で全部吐き捨てろ!


 わけのわからないスキルの魅了が、シャルが僕にくれたものに勝てるものか! 僕はとっくに、シャル=リーゼリクスという1人の女の子に魅了されてる!


 水中で身体を反転させ、半分意識が飛んだ身体で水面の上を見据える。

 さあ、反撃開始だ。

 


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