第13話 バケモノ2人、ダンジョン攻略
――場所は移り、ダンジョンの72階層。
61階層より下の、いわゆる深層と呼ばれる場所。
「また、ここに来るなんて……」
僕は、思わずそう呟いていた。
押し入れの奥にあった扉。そこから空間を飛び越えて繋がっていたのが、この深層だ。
昨日、ケンちゃんには「ま、クズナだもんな。押し入れの中でガタガタ震えてるのがお似合いだぜ。ぎゃっはははは!」と言われたが、押し入れの中がここなのだから、ガタガタ震えるのも仕方ないなと思ってしまう。
足を踏み入れただけで、濃密な死の気配に全身がピリピリとした感覚に包まれる。
モンスターの遠吠えが洞窟の中に反射して、奇妙な鳴き声となって流れている空間を、僕はシャルと共に歩いていた。
一歩踏み出すのにも勇気が要る深層で、しかし昨日のようにパニックに陥っていないのは、僕のレベルが上がったから。というだけでは決してない。
僕の
「ふんふんふ~ん♪」
……あと、当の本人が緊張感の欠片も無く鼻唄を歌いながら歩いているせいもある。
気を抜いたら一瞬で挽肉になりかねない場所で、野原を散歩でもするような調子なのは流石としかいいようがない。
――と、そのとき。
むせかえるような死の臭いが急に濃くなった。
「っ! シャル!」
慌てて叫び、シャルの身体を庇うように前に出た。
次の瞬間、ダンジョンの壁を突き破って何かが出現した。
圧倒的デジャブ。
このダイナミックな登場の仕方は――
「“デーモン・クラブ”!」
なぜかいつも壁を突き破って出現する、青黒い巨大なカニ。Aランクモンスターの“デーモン・クラブ”が、その巨大なハサミを振りかざし、僕等めがけて振り下ろしてきた。
「くっ!」
シャルを抱え、咄嗟に飛び下がる。
半瞬前僕がいた場所の地面をハサミが叩き砕き、轟音と共に土埃が舞った。
どうする? ここは距離を取って魔法で――いや、こんな近距離だとシャルを巻き込んじゃう!
昨日Sランクモンスターを4体倒した上に、シャルの力の一部も上乗せされている。今更Aランクのモンスターに後れを取ることはないが、それでもここは深層。
悠長に考えている時間など、敵が与えてくれるはずもなく。“デーモン・クラブ”が、その巨大なハサミを僕等めがけて再び振り下ろして――
「邪魔じゃ」
「え?」
不意に聞こえた声に、僕は呆けた声を上げてしまった。
いつの間にか、背後に隠れていたと思ったシャルが僕と“デーモン・クラブ”の間に割って入り――ダンプトラックが突っ込んでくるような幻覚すら与える巨大なハサミを、片手で受け止めていた。
「……え」
『!?』
“デーモン・クラブ”の飛び出した目が、驚いたように見開かれる。
が、それに構わずシャルは、片手でハサミを掴んで無造作に引く。それだけで、ブチブチッ! と筋繊維がまとめて切れる音と共に、ハサミが根元から引っこ抜かれた。
「たかが食料風情が、妾と旦那様の行く手を阻むでないわっ!」
叫ぶと同時に、シャルは空中へ飛び上がり。巨大な甲羅の真正面で勢いを付けて回転し、回し蹴りを叩き込んだ。
その瞬間、少女の細足が鋼鉄より硬いはずの甲羅をベコンとヘコませて、衝撃波が反対側へ突き抜ける。
それだけに留まらず、強烈な蹴りの勢いで“デーモン・クラブ”の身体は水平にカッ飛んでいき、あっという間に洞窟の奥へと吸い込まれていった。
「む。しまったな。残しておけば美味いカニが食えたやもしれぬ。あやつは火を通すと美味いからのう」
手をパンパンと叩きながら、こちらを振り返って満面の笑みを向けてくるシャル。
「さ、邪魔者は消えたし、ゆくぞ旦那様」
「…………」
「旦那様?」
呆気にとられて立ち尽くしている僕の前で、シャルはきょとんと可愛らしく首を傾げる。
――そりゃあさ。シャルは“最強種”だし、強いのも知ってるけどさ。
一応、僕昨日、コイツに殺されかけたんだよ?
ギルドの設定では、Aランクのモンスターはベテランの冒険者がパーティーを組んでようやく倒せるかどうかというレベルなのに。
それを、魔法も固有スキルも使わず、純粋な身体能力だけで一蹴するって……
「……バケモノ」
「ちょっと旦那様ぁ!? 妾も思い人にそんなこと言われたら流石に泣きたくなるのじゃぞ!?」
涙目で狼狽えるシャル。
だから、迫る死の気配に気付かなかったのかもしれない。
ボコりと、不意にシャルの背後の地面が盛り上がったかと思うと、次の瞬間巨大な青黒い影が現れる。
「っ! “デーモン・クラブ”! もう一匹いたのか!?」
「なっ!?」
振り向いたシャルの頭を狙い、突如として現れた“デーモン・クラブ”がハサミを振り下ろす。
「くっ!」
咄嗟にシャルの前に飛び出した僕は、今まさに彼女の頭を叩きつぶそうとしていたハサミを、思いっきり横方向に蹴り飛ばす。
『!』
軌道を強引に逸らされたハサミは、近くの壁に激突する。
それを好機と、僅かにバランスを崩した“デーモン・クラブ”の甲羅を駆け上り、妖しく光る飛び出した目を、根元から力任せに引っこ抜いた。シャルみたいな、片手で軽々腕を引っこ抜くような芸当はできないが、これでも基礎ステータスはチート級に上がっているのだ。
「遠くから魔法を撃つとシャルを巻き込むなら、ゼロ距離で撃てばそもそも関係ないだろう!!」
僕は、むき出しになった目と身体を繋ぐ筋肉に手を差し込み、魔法を起動した。
「《ファイア・ボール》!」
刹那、紅炎が“デーモン・クラブ”の全身を焼いた。
甲羅である程度の魔法は防げるのだろうが、内部から筋肉を焼き尽くせば関係ない。
“デーモン・クラブ”は、断末魔を上げる間もなく内部から焼き尽くされ――やがて、甲羅が綺麗な赤色に染まった“デーモン・クラブ”の直火焼きが出来上がった。
「よし。シャル、今度はちゃんと食べられるように残しておいたよ」
「…………」
「シャル?」
呆気にとられていたように立ち尽くしていたシャルは、やがて一言。
「……バケモノ」
「待ってくれ! なぜそうなる!?」
「いや、もう妾のこと言えんじゃろう。旦那様も大概じゃぞ」
ジト目でそう言ってくるシャルに対し、僕は思ってしまった。
なぜだ、解せぬ。
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