第11話 自称嫁には常識がない

「……疲れた」


 放課後の帰り道、僕はげっそりとしつつ呟いた。

 今までただの空気だったのに、今日はやけにいろんな人に絡まれた。


 具体的には、学校の先生達に「出席番号12番(※神結絆の出席番号)!」とやたら当てられたあげく、問題を答えさせられるのかと思いきや「いや、サインくれ!」と堂々と職権乱用されたり。


 僕にいろいろ話が聞きたい子達が、トイレにまでぞろぞろついて来たり(その中に女子が混ざっていた気がするが、僕は何も見ていない)。


 クラスのみんながお弁当の中身をわけてくれるから、即席フードファイターになったり。


 まあとにかく、さんざんな一日であった。


「――ただいまぁ」


 なんとかアパートに帰ってきた僕は、扉を開けて中に入る。


「お帰りなさいませなのじゃ旦那様~!」


 その瞬間、ドンッ! と重い衝撃が腹を突き抜けた。

 シャルが、僕に飛びついてきたのだ。


「ごふっ!」


 一瞬意識が飛びそうになったが、なんとか堪える。

 危うく勢いのままに後ろへ倒れるところだったが、閉めた扉が僕の身体を支えてくれた。


「しゃ、シャル……」

「うへへ~旦那様~」


 僕に抱きついたまま、すりすり頭を擦りつけてくるシャル。

 状況は癒やされるが、あえて言おう。角がゴリゴリ腹を抉って、メチャクチャ痛いと。


「寂しかったぞ、旦那様~……ん?」


 不意にシャルが、頭を擦りつけてくるのをやめて僕の服の臭いをかぐ。


「……旦那様。なんか変な臭いがせぬか?」

「うぇ!?」


 それで思いだしたが、そういえば今日九条さんにも同じようなことを言われた気がする。

 僕、そんなに悪臭がするんだろうか? 嫌だよ、齢17にして加齢臭とか。

 戦々恐々とする僕を差し置いて、シャルは何度も僕の服の臭いを嗅ぐ。


「う~ん、本当に微かじゃから自信はないが、やはり

「っ!?」

「何か心あたりはないかの、旦那様」

「…………」

「あるみたいじゃの」


 僕は、冷や汗をダラダラ流しながら頷いた。

 心当たり? ええ、ありまくりですとも。だって、ステータスに 種族:人間(?)とか書かれていたからなぁ!


 え、うそ。

 僕これからどうなるの? 人間やめちゃうの? マジで?


「まあ、そんなことはいいのじゃ。旦那様の帰りが遅くて、妾は寂しかったんじゃからな」

「それは……ごめん」

「寂しすぎて、時計の針が一周するたびに、空へ向かって「旦那様ぁああああああ!」と叫んでいたんじゃからな」

「…………え。それ、大丈夫なの? ドラゴンの叫び声とか、凄い攻撃性がありそうなんですが」

「ん? そういえば、射線上に入ったカラスが一匹気絶して落ちていったわ」

「もはや音響兵器じゃねぇか!!」


 龍の叫び《ドラゴン・シャウト》。恐るべしである。


「ああ、あと。チャイム? とやらがやたらと鳴らされたぞ? 旦那様嘘をついたな。宅配便? とやらはそんなに頻繁にやって来るものではないから、ピンポン鳴らされても出なくてよいと、今朝言っておったではないか」

「あー……うん、そうだね」


 なんて返すべきかわからず、僕は頭を抱える。

 それ、絶対宅配便じゃない。

 

「とりあえずシャル」

「ん? なんじゃ?」

「今から僕と共同作業だ」

「共同作業! なんと素敵な響きじゃ!? まさに、夫婦に相応しいイベント! それで、妾達は何をするんじゃ?」


 ワクワク。漫画だったら、そんなオノマトペが出てきて、目の中がキラキラしているエフェクトが付きそうな目で、僕を見上げるシャル。

 僕は努めて冷静に、シャルの肩をガッシリと掴んで逃げ出せないようにすると、満面の笑みで告げた。


「今から、ご近所さん全員に謝罪周りに行くよ」

「…………へ」


――。


 嫌がるシャルを連れ、騒音被害に遭われた方々にひたすら謝罪をして、アパートの部屋全てを周り超えた頃にはすっかり日が沈んでいた。


「はぁ~疲れた……」


 リビングの机にスライムのごとくしなだれかかり、大きなため息をつく。

 そんな僕を見つつ、シャルは切り出した。


「のう旦那様。妾、今夜少し野暮用があってダンジョンへ行くのじゃが、構わないかの?」

「え? ああ、別に構わないよ」


僕はそう答える。

しかし、僕の答えに反してシャルはあまり嬉しくなさそうな顔をしていた。


「その、あの……それで、なんじゃが」


 何かを言いたそうにしているシャル。

 シャルが言わんとしていることを悟った僕は、小さく息を吐いて告げた。


「それじゃあ、僕も今のうちに休んで体力を回復しておくよ」

「え」

「僕にも来て欲しいんでしょ?」


 それを聞いたシャルは、少し不安げに聞いてくる。


「よいのか? その……旦那様は、いろいろ疲れているんじゃ」

「疲れてるけど、まあシャルの頼みだし」


 あんな、遊園地で母親を見失った子どものような顔をされたら、ね。

 それを聞いたシャルは、目を輝かせて僕に飛びついてきた。


「ありがとうなのじゃ! 旦那様!」

「わかった! わかったからやめて! 角が痛い!!」


 妻というより、どちらかというと妹だ。

 そんな風に思っていた僕のお腹が、不意にぐぅと鳴った。


「そういえば、お腹空いたな」

「む? 旦那様、食事を所望か? であれば……妾の出番じゃな」


 ニヤリと笑ったドラゴン娘が、尻尾をふりふりと振りながら、八重歯を覗かせた。

 え、この子、料理できるの??



 

 

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