第10話 学校のマドンナ
学校の校門を潜ると、僕を見つけた生徒達がにわかにひそひそ話を始めた。
「おい、あの子だって!」
「え? 何が」
「だからアレだよ。レベル1で経験値取得ランキングのトップに立ったっていう――
「うっそマジで!? 全然見えない! もっと筋肉ダルマを想像してたのに、あれはなんか――」
遠巻きに話していた男女の2人組は、僕をまじまじと見つめ。
「……なんというか、小っこいよな」
「うん、小動物みたいで可愛い」
やめて! 割と気にしてるの!!
僕はなんだか耐えられなくなって、急ぎ足で教室に向かった。
――。
二年B組での僕の立場は、いじめられっ子・もしくは空気である。
ダンジョンで活躍できない臆病者には人権なんてないとされる腐った理論が蔓延する現代社会、僕のような者には世知辛いのだ。
とはいえ、苛められるなら無視される方が百倍マシ。
よって、僕の隠しステータス、
「おはようございま~す」
今日も今日とて、怪しまれないようさりげなく挨拶をして教室に入り――
「おぉい! 絆が来たぞ!」
「お! ホントだ! 遅ぇよ待ってたんだぜ!!」
――0.2秒で見つかった。
あれ、おかしいな。僕の隠密スキルは完璧なはずなのに。
そんな風に疑問に思う僕を差し置いて、クラスメイト達は僕を取り囲む。
「なあなあ、ニュース見たぞ!」
「あれマジなの!? レベル1からレベル20まで一晩で上げたって!」
「やべぇよ! どんな相手と戦ったらそんなレベルアップすんだよ!」
「ちょっと、男子ばっかズルい! あたしにも絆くんと話させてよ!」
「ねぇ、昨日のこと聞かせてよ! あ、お昼一緒に食べても良いかな!!」
「何したらそんなに経験値とれたの!? 気になる!!」
一気にまくし立てるクラスメイト達。
僕は聖徳太子じゃないから、一片に聞き取れないんだけどな。
とりあえず、なんとか聞き取れた最後の質問には答えるとしよう。
「え、えぇと……無我夢中でSランクモンスターと戦ったら、倒せて……それで」
「うっそマジで!? Sランクと戦ったの!?」
「どうだった? やっぱ怖かった?」
「低レベルで倒せるとかマジ英雄じゃん!」
ワッと盛り上がるクラスメイト達。
以前まで僕を無視していた相手だから、正直思うところもあるけれど、褒められて悪い気はしない。
昨日死にそうになったお陰で、クラスの輪に入れるようになったというのなら、万々歳だ。
そんな風に思っていると。
「はっ、くっだらねぇ!」
ガンッ! というイスを蹴飛ばす音がした。
そのあまりの音に、クラスメイト達は一気に静まり帰る。
音を出したのは――ケンちゃんこと、川端剣砥だった。
ケンちゃんは、こちらにズカズカと歩いてくる。
見るからにイライラした様子を悟っったのか、クラスメイト達はささっと道を避けて、ケンちゃんを僕のところへ通した。
「何がSランクを撃破だ。低レベルのテメェが、Sランクなんて倒せるわけねぇだろ! どんな手品を使いやがった! あぁ!?」
ガンッ! と、僕の机を蹴飛ばすケンちゃん。
「でもよ、剣砥。ダンジョンで不正に経験値を取得するなんて、事実上不可能だって、ギルドも言って――」
「ああ、テメェはコイツの肩を持つのか!」
「い、いや。そんなつもりは――」
不意に呟いた男子生徒を睨みつけて黙らせたケンちゃんは、つまらなそうに僕をみおろした。
「何をしたか知らねぇが、テメェみたいなEランクのモンスターを見て逃げ惑うザコが、Sランクモンスターなんて倒せるわけがねぇだろうが。お前、不正して強くなって、楽しいのかよ」
「っ!」
僕は、言い返そうとして――何も言い返せなかった。
悔しいけど、彼の言う通りな気がした。僕がSランクのモンスターを倒せたのは、シャルと《契約》したからだ。
僕自身の力じゃ、ない。システム的に防いで無くても、これは本当に、正々堂々と自分の力で掴んだ成果と呼べるものなのだろうか?
「はっ、そら見ろ。何も言い返せないのが答えだ。テメェは卑怯な手しか使えない、正真正銘ザコなんだよ!」
そう言って、ケンちゃんが拳を振り上げた――そのときだった。
「カッコ悪いね」
凜と通る声が、その場に響き渡った。
「あぁ!?」
拳を振り下ろそうとしていたケンちゃんは、苛立ちを隠そうともせず振り返る。
そんな状況にも臆せず、冷めた目を向けていたのは1人の少女だった。
肩で切りそろえた艶やかな金髪に、チャーミングな太めの眉。小動物めいた可愛らしい顔立ちを持つ少女の名は、
このクラスで、一番可愛いとかなんとか、男子の間で話題になっているクラスのマドンナである。
九条さんは、凜と澄ました雰囲気でケンちゃんに近寄った。
「カッコ悪い? は、何言ってんだテメェ。カッコ悪いのは、卑怯な手を使って経験値を盛ったコイツで――」
「じゃあ、卑怯な手を使ったって証拠はあるのかな?」
「は? そりゃあ、普通一晩でこんなにレベルアップするはずがないからで――」
「証拠はないんだよね? 実際に彼が卑怯な手を使っていたのなら、君の意見は最もだけど……もしそうでないとしたら君は、自分より下だと思って舐めてた人がいきなり人気者になったのが許せなくて言いがかりを付けただけの、ただの可哀想な子だよ?」
「なっ!」
仮にもクラスの女子に真正面から人格否定され、ケンちゃんは狼狽える。
それに追い打ちを掛けるように、周りからもクスクスという笑い声が上がった。
「く、くそ……!」
ケンちゃんは悪態をついてから、ズカズカと大股で教室を出ていく。
それと同時に、クラスの空気も元に戻っていった。
俯いて、思わず小さく安堵の息を吐く僕。
と、不意に甘い香りが鼻腔をくすぐった。
不思議に思って顔を上げた俺は――驚いてひっくり返るところだった。
サラサラの金髪を揺らしながら、九条さんが至近距離で僕の目を覗き込んでいたからだ。
黄金色の丸い目が、パチパチと瞬きしている。うわ、まつげ長い……じゃなくて!
「あ、あの! 九条、さん……!? 僕の顔に、何かついてる?」
思わず声が裏返ってしまう僕の前で、九条さんは目を瞑ると、すんすんと、鼻を動かして僕の臭いをかぎ始めた。
うぇえええええええ!? ちょ、ちょっと、マジで何してんのこの子!?
口をパクパクさせる僕の前で、ゆっくりと目を開いた九条さんは、一言。
「君……いつもと違って、なんか不思議な臭いがするね」
「……へっ?」
目を白黒させる僕の前で、九条さんはにっこりと微笑むと、もう用事が済んだのかそそくさと去って行く。
えぇ……不思議なのは君の方だよ。
ん? てか待って。いつもと違って? てことは、いつも臭いかがれてたの!? そんな素振りまったく見せなかったよね!?
「~~~~っ!」
僕は恥ずかしさで死んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます